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2006/4/17  6:04

神功皇后を見直しましょう!  文化国家(Kulturstaat)
 最近、日本各地で九州、近畿を中心に新発見が続いております。 
 そこで最近感じていることは、「津田史観は限界にきているのではないか?」ということです。
 戦前、特に神代について歴史学は疑問を持つことを禁じられていました。
 戦後、「歴史は実証的、科学的であるべきだ」ということでしょうか?神代の時代において不自然と思われる記述の多いものについて、否定が行われました。
 代表的なものは、神武以降、崇神天皇前までの天皇については、不自然と思われる寿命であるためいなかった、特に成務、仲哀天皇については、記述のつじつまをあわすための架空人物である。ということでした・・・
 私は歴史を実証的、科学的に見ることを否定しません。
 しかしながら神功皇后も架空としてしまったため、「母がいなければ子はいない」ということでしょうか?日本人の間に多くの伝承を残している応神天皇まで架空となってしまったことです。
 最近、聖徳太子も架空という説が唱えられております。
 少し無理がありすぎる気がします。
 そこで感じることですが、津田左右吉先生の本来の科学性とかけ離れ、津田史観そのものが権威を持ちすぎてしまい、「津田史観を肯定するためならどんな奇説を唱えてもよい」という考え方、また功名心にはやる歴史学者が、文献的にも考古学的にも肯定の材料のないものを、無理に定説にしようという雰囲気があります。
 最近私は、「あえて不自然な話でも口承として伝えた」古事記の記述に誠実さを感じているのです。
 いくつかの神話をつなげたようなところもあるのですが、神代の雰囲気を伝えるものとして古事記は最良だと思います。
 また、神代においては「1年を2年として数えていた」等、魅力的な説があります。
 それと九州の豊かな出土品から大和中心を否定する説もありますが、経済力のある豊かな地域が軍事的に強いわけではないことは、モンゴルと漢族、ゲルマンとラテンとの関係に見られるように数多くあります。
 神功皇后については、「神代女は強かった(今もとことんそうですが・・・トホホ・・・)」ことを雄弁に物語った記述だと思うのです。
 騎馬民族征服説においても応神天皇は中心になりますが、神功皇后、応神天皇は架空というには、あまりにも口承、伝承が多く残されすぎている気がするのです。
 また、和国が高麗(高句麗)と戦ったことは、広開土王碑を見ても明らかです。
 また最近、日本の神代の金属技術は出雲の豊富な出土品からも韓国と比べて劣るものでないこともわかってきました。
 私は津田先生の学問に対する態度は否定しませんが、奇説が横行する原因とまでなってしまった今、あらためて本当の意味で記紀、特に古事記を中心に冷静に歴史を見直すことも必要な気がするのです。
 あまりに「絶対権威」となりすぎてしまった気もし、津田先生も「当時は勇気のいる発言だったのに、自分がもっとも嫌う権威となってしまった」と思っているような気がしてならないのです。
 特に神功皇后については「女があんなすごいことをできるわけがない」という雰囲気も見られますが、日本女性はとことん強いし、皇太子妃も神功皇后みたいに強くあって欲しい、皇室に応神天皇のような強い男の子が産まれてほしいと願う、ちょっとミーハー的な国民一人としての気持ちもあり、ちょっと挑戦してみたいと思いました。
 古事記に出てくる女性で、神功皇后はもっとも魅力的な女性なのに、なぜ彼女だけムキになって否定するのでしょうか?
 その考え方そのものに、道徳的、政治的なものを私は感じてしまうのです。
 私の動機は「強い神代の女性を見直したい」という動機ですが、歴史の専門家の先生方はどのようにお考えなのでしょうか?硬直化し行き詰まった古代史研究のポイントの位置に神功皇后、応神天皇がいることだけは間違いありません。
 変な方向に行ってはなりませんが、こういう時ですからちょっと書いてみました。
 ああいう女性って魅力的じゃないですか?
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