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2006/4/30  7:31

真のブランドとカリスマとは?  スローライフ(エッセイ)
 ふとブランドとカリスマについて考えてみたくなりました。
 最近、「ブランドとカリスマ」をキーワードとして、いろいろな華のある人がもてはやされております。
 それ自体悪いことではありませんが、「美しい姿を一枚むけば何もなかった」ということが少なくなく、事件をおこし転落した人も少なくありません。
 ファウストのメフィストのような人達ですね。
 バブルは終わりあれだけ苦労しながらも、ブランド信仰だけは残ったと言われております。
 ブランド信仰は昔からありますが、今の世の中は少し異常なように思えます。
 やはり原因として社会不安であると思われます。
 「何を頼りにしてよいかわからない」、「何をめざしていけばわからない」、そういった不安の中で、新しい偶像として「ブランドとカリスマ」があるように思えるのです。
 ただ以前高級ブランド店の日本進出の中で、「狙いは30歳までのパラサイトシングル」というのを読んだことがあります。
 日本でいうパラサイトシングルの意味ではなく、30歳まで独身の小金を持っているOLの意味のようでした。
 ちょっと馬鹿にされている気もしました!
 海外においては高級ブランド店は伝統と一体化しており、日本でいえば「江戸時代、明治時代から続く老舗」のような意識のようで、日本人のやたらにブランドにすがる感覚は理解できないようなのですが、「ともかく売れる」ので日本進出をしているようです。
 ただ、海外では「親から大切にされ、家が豊かであることを示すブランド品」が、日本ではOLが自腹で買うことが多いというのも、何か悲しい現象なようにも思えました。
 先日、一澤帆布加工所でブランドをめぐる御家騒動がありました。
 ブランドに不勉強な私は、そのようなブランドがあることもはじめて知ったのですが、やはり「支えているのは地道に働く人達」だと思いました。
 「地道な職人が作ったブランド」はなかなかなくて、皆が求めていることだと思います。
 私のカバンも寿命がきて新しいものを購入したとき、いろいろ迷ったのですが結局まったく同じものを購入し二代目となっております。(一澤帆布ではありません念のため...)
 関西をあちこち出張し、丈夫で気に入ってしまったのです。
 今は出張の少ない仕事なので、「何でそんな大きなカバン持っているの?」と言われております。
 カバンは「ビジネスマンの友」ですよね、「OLにとってもバックは命よ!」と言われそうですが、皆に愛されるブランドやカリスマは必ずしも薄っぺらなものばかりではないと思います。
 トルストイの「イワンのばか」の中でも、悪魔は美しさと豊かさで誘惑します。
 最終的に残るものは表面的な薄っぺらなものではなく、地道に作られ皆に愛されるものだと思いました。

 http://www.ichizawashinzaburohanpu.co.jp/(一澤信三郎帆布)
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2006/4/28  6:53

船員の不足と少子化問題  社会的市場経済
 考えれば考えるほど難しい少子化ですが、最近船員の世界でも国際ネットワークの強化ということもあるのでしょうが、フィリピン船員の進出が続いております。
 フィリピンは島国ということもあるし人件費も安い、先日東京湾で衝突事故で船が沈みましたが、船員はほとんどフィリピン人でした。
 フィリピン、ロシアといったところに、日本の船会社が船員訓練施設を作ろうとしております。
 船の世界では、国際的な労働力の移動が活発なようです。
 アメリカなどでも、移民がベビーシッターをすることが多いようです。
 日本では看護士の世界において、外国人の活用が検討されているようです。
 労働力の国際移動は続きます!
 もし言語が同じであれば、日本でもあまり苦労することもないのでしょうが・・・
 日本語は外国人には難しいようなので...
 また日本は小国なのに人口密度が高いので、必ずしも移民や帰化人にとって住みよくもないようです。
 世界人口を抑制するには、世界全体が「ほどほどに豊かになる」ことが必要だと思います。
 貧しいとより子供への依存度が高くなるからです。
 医療も教育も悪ければ当然子沢山を求めます。
 貧困問題の解決と避妊具の普及が人口を抑制すると思います。
 一方今資源消費型の繁栄の限界が叫ばれており、それは真実だと思います。
 「ほどほどに世界全体が豊かになる」というのは難しいことですが、アフリカ、インド、中国という人口が増え続ける世界においてバランスのよい繁栄が定着すれば、世界人口はいずれ抑制されるような気がします。
 避妊具の普及は必要だと思います。人口が増え続ける地域はエイズや性病の拡大地域でもあるからです。
 色っぽい国際支援になるなあ(笑)!
 ちょっとヤバイ話になった...
 セクハラと言われてしまうー。
 そういった努力をする一方で日本が少子化問題に取り組めば、決して独善的なことではないと思います。
 子育て支援のためのボランティアネットの拡大もおもしろいかもしれません。
 インターネットによる子育ての情報交換は活発なようですから。
 それでは明るい社会になりますように
 少子化シリーズはこれで一段落します。
 あとは他のブロガーや専門家の方々が...疲れた難しかった。。。!
 この問題どなたも筆が進まないようなので必死に書いてみました。
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2006/4/27  6:07

小津映画の視線とベビーブーム  文化国家
 小津安二郎といえば、誰もが御存知の日本映画の巨匠であります。
 ところで小津映画の最盛期は昭和二十年代、ベビーブームの時期と一致しております。
 「晩春」「東京物語」「麦秋」においても、戦争があったがゆえにの晩婚化、戦争未亡人のことなどがさりげなく織り込まれております。
 また麦秋などでは、「また子供が増えたようだなあ」と、老人が嘆息するような場面があったと思いますが、子供が平和に遊ぶ風景は、昔から平和と繁栄の象徴であると言われております。
 家族を大切にするということも、普遍的な価値観として当時の人々を感動させました。
 一見道徳的であり、話もシンプルでありながら、なぜか感動させられる小津映画はいまだに多くの映像芸術家がおよばないところであります。
 ところで最近「ノスタルジック」と言われる小津映画が、なぜノスタルジックなのだろうと考える中で、ふとローアングルについて考えてみました。
 小津映画のカメラワークは、下から上を見るローアングルによりほぼ統一されております。
 その位置なのですが、以前腹這いでカメラを構える写真を見て「何か陸軍の歩兵のようだなあ」と思い、その狙撃主のような姿に職人気質を感じましたが、撮ったカメラマンでさえ別の監督では真似できないカメラワークは独特なものであると言われます。
 私は「あれはひょっとすると子供か赤ん坊の視線なのではないか?」と、最近思うようになりました。
 真上からの視線は「神様の視線」であり、高いところから撮った映像は「大人っぽさ」を感じます。
 それに対しローアングルは「子供が大人を見る視線」であり、おそらく物心がついたとき最初に大人を見る視線だと思うのです。
 三島由紀夫の「産湯の記憶」ではありませんが、小津監督も子供のときに見たものの記憶はすごかったのではないか?そのように思いした。
 そうして見ると細かいコマ送りも、まばたきを多くする子供の視線そのものだとも思えてしまうのです。
 「なつかしさ」を小津映画には感じてしまうのは、「子供の視線」のゆえではないでしょうか?
 お硬い話をやわらげるために、狂言回しのような子役はよく使われますが、小津映画は監督の視線そのものが「大人っておもしろい」いうような、どこか悪戯っぱい「子供のおかしさ」感じながら演出していたのではないか?そのようにも思えてしまうのです。
 見ていて肩がこらないのはそのせいかもしれません。
 小津監督は好きな色も感情を凝縮する黒ではなく、開放的な情熱と神聖さをあらわす赤でした。
 朱色に近いような日本の伝統的な色の赤です。
 小津映画のベビーブームの風景は、今後の日本では二度とこないのかもしれませんが、
それゆえに今後の小津映画は「普遍的なものを捉えた映画」としてますます光ってくるように思えます。
 本当にベビーブームはもうこないのでしょうか?

 
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2006/4/26  6:10

少子化に対する社会保障について!  社会的市場経済
 少子化は先進国共通の現象でしたが、特に旧ソ連とドイツにおいて顕著でした。
 ソ連の場合「親子の関係」「大家族」で伝統的におこなってきたことが、「国と個人」との関係に置き換わってしまったことによる原因が、特に顕著ではないかと思います。。
 ドイツの場合も、きわめて水準の高い福祉国家でしたので、家族意識が希薄になってしまった・・・ そのように思われます。
 世界でもっともはやく少子化問題が発生したのはフランスでした。
 フランスは革命後、急激に少子化が進みました。
 理由は「革命とナポレオン戦争による若者の犠牲者が多かったため」「個人主義がすすんだため」「避妊方法の進歩のため」等いろいろ言われておりますが、はっきりしたことはわかりません。
 社会構造、個人の意識変化によるものであることははっきりしているのですが、わからないことだらけなのです。
 ただ少しずつ少子化を回避する政策はわかってきました。
 カナダ等では一時出産手当をはじめとして、出産と子育てへの社会保障を充実させた結果出生率があがりました。
 北欧でも似たような現象があったと思います。
 これらの方法は効果が認められる反面、「女を子供を産む道具扱いしている」という批判も多いことも事実です。
 しかし、それをやめたら出生率が下がってしまった例も聞かれます。
 フランスでは育児休暇の充実をおこなっております。
 少子化で世界大戦を苦戦したフランスにとって、「出生率を増やすためには国民全体で団結すべきだ!」ということのようで、「社会全体で協力するしかない」という考え方のようです。
 いずれにしても、社会保障の充実が当座の焦点になるように思います。
 少子化問題はフリーター、ニート問題と同じく大きな社会問題だと思います。
 世界の経済戦争が厳しくなる中、どの国も国家総動員体制で戦っている雰囲気で、なかなか少子化問題に目を向けづらいこともあると思います。
 世界の人口問題と、先進国の少子化問題については、「議論が人種主義的になる」という考え方を超越して、国際的にゆっくり議論していくべきではないでしょうか?
 アフリカなどでは、エイズによる人口減少に苦しむ国もあるのですから・・・
 日本も他人事ではないと思います!
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2006/4/25  6:04

世界の人口増、日本の少子化  社会的市場経済
 少子化についてのブログがありいつか記事を書こうと考えていたのですが、なかなか難しくここまできてしまいました。
 日本の少子化がなぜ問題なのか?いくつか理由は考えられますが、やはり国が気にしているのは、「家族が解体し・・・国力が低下し・・・日本が没落する」ということだと思います。
 しかしながら世界人口は低下傾向になく、発展途上国による資源の消費も増え、クリーンエネルギーの実用化を進めないと、今後は資源の奪い合いになることが懸念されております。
 世界人口は歯止めをかけねばならず、先進国は少子化対策をとらねばならない。
 ここに難しさがあります!
 普通国が豊かであれば少子化問題は起きないというのは、経済から見た考え方ですが、例外なく少子化はおこっています。
 逆にセーフティネットや福祉の不足から、未来にむかい不安のある発展途上国は子供への依存度が高く、共同体意識の高さからも出生率は下がりません。
 先進国の少子化はいくつか理由がありそうですが、核家族化と豊かさによる共同体意識の低下ではないでしょうか?
 人口が増えるために夫婦は普通二人ですから、三人以上の子供がいる家庭が増えないと人口増はありえないことになります。
 ところが子供いずれ独立するので、自分の面倒は自分で見るし、経済的にも年金や介護保険等の福祉により、自分の子供に生活を守ってもらう必要がない!失業等があったとき子育ては逆に重たい義務となる・・・理由はいろいろありますが、子供への依存度が低くなること、もしくは社会全体で支えられているので、若者に支えられる自覚が低くなるこも、少子化に拍車をかけることになります。
 最近、二世帯住宅、三世帯住宅が増えているのは少子化を防ぐためには、より自然な姿であり、老人の生きがいという点からも全体的にはよい傾向なのではないでしょうか?
 疲れそうですけど・・・
 一番の問題としては、出産や子育てを他の福祉同様に、社会全体で支援する仕組みを作る必要があると思います。
 それは個人主義と共同体意識の融合ではないでしょうか?
 「万人の万人に対する闘争」を国全体で演出する必要は何もないと思います。
 「居心地のよい都会的なスマートな共同体」を考えてみるとおもしろいと思います。
 結局は福祉も国と共同体を支えるためのものですから、共同体意識の低下は社会の衰退を招き少子化に拍車を招くと思います。
  それは福祉制度の崩壊へとつながりかねません!
 「子育てを社会全体で支える意識」が大切なように思います。
 仕事をするのに道徳が必要なように、、家族を作っていくにも道徳があるように思います。
 子育てをしていない私が言うことでもありませんが・・・
 道徳がないと事件に多いように好きな人に背中からグッサリ!おお嫌だ嫌だ!
 
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