災害関連輸送支援の依頼は今日で終了した
正確には荷物が熊本方面に正常に流れ始めたので一昨日あたりから荷物が減ったせいだ
福岡に一度集積する必要がなくなった結果私のトラックは本来に戻った
箱車からフリースタイル車に解体した
職業運転手から水稲栽培職になる
雑役夫と呼べば一言で終わる
話しのつながりが他国の人にはわかりにくいだろうが、私はこの土地を離れて暮らしたのは農業の勉強で福岡市の園芸試験場の研修生になった時だけだ
それが普通と思っていた
でも皆が皆生まれた土地しか知らないというのは少ないとあとで知った
旧御幸村と呼ばれた土地だから、御幸保育園・御幸小学校・御幸中学校を卒業している
昔々の天皇が行幸して訪れた記念らしい
不思議な縁を感じる
天皇が動く時に何時でもどこにいてもご用が下ればすぐさまに動かなければいけない人々がいたらしい
私はひょっとしたらそんな人々の子孫かも知れないと今日は思った
そんな人々は定職に就けず
かといって依頼された事は短時間で済ませなければいけない役目がある
日常的な事から危険な仕事
稲作のように一年を視野に入れた計画的な仕事を組み合わせて日々を送る
企業向けの性格ではないけど、いざの時に役目を果たせれば散々な職業遍歴も役に立つ
しばしの支援仕様の銀のトラックを見ながらお疲れ様と感謝した


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