K林H美さんと話してた。
先の北京五輪にシンクロナイズドスイミングの代表として出場した彼女は、僕の今の勤め先であるOCUの卒業生で、現在勤務するH和K業の人事担当として、母校にもちょくちょくやってくる。
決勝の演技終了後、失神したあの選手と言えば記憶に残っている人も多いだろう。
色んな話をしてた中で、何となく彼女が何か言いたそうな表情を見せたので僕はちょっと話に間をおいて彼女の目を見た。
「現役、引退されたときって、どんな気持ちでした?」
と意を決したように押し殺した声で彼女は僕に尋ねた。
「よく引退会見で『選手生活に悔いはありません』ってみんな言うよね。俺、あれ絶対ウソやと思てた。少なくとも僕は悔いばっかりやったからね」
彼女の目が輝いた。
「やっぱりそうですか。私もあの人たち、顔では笑ってても心の中で色んな葛藤があって、悔いが残ってるはずやわ、って思うんです」
今まで辛抱していただろうことが堰を切って彼女の中から次々とでてきた。
「何歳になってもできる限り競技続ける人いるじゃないですか。一般の人は『もう見苦しいから引退すればいいのに』って思うじゃないですか。私も以前はそう思ってたんですけどね。だけど、今は若い子が自分のピークで競技する姿よりも私感動するんですよ。そう感じるようになりましたね。だけど、私は、まだ身体が動くじゃないですか。なのに、引退した。ものすごく悔いが残ってるんですよ」
笑顔で話しながら、彼女の大きな目は潤み始めてた。
なるほど。色んな思いを自分一人の中でこの子は抑えてたんやな、そう思った。
「いつまでも足掻くのもいいと思うよ。その中でいろんな新しいものが見えてくるさ。少なくとも俺はまだ足掻いてるしね。だけど、だからこそ、新しいやりたいこととやらなあかんことが生まれてきて、どんどん楽しくなってきてるんやな」
「それとね・・・」
僕は続けた。
「これは僕の持論だけど、アスリートでもビジネスマンでも、一流になる奴は、『頑固さ』と『素直さ』が共存してる奴だよ。君なら色んなことで一流になれるさ」
いろんな話をした。
彼女は、今まで抑え続けてたことを少しは吐き出せたのか、少し明るい表情になった。
しばしたって、彼女が帰るときもう一度声をかけた。
「そうそう、俺、今でも試合に負けた夢みるよ。悪夢の類やな、あれは」
「えー、そんなに引き摺らなきゃなんないんですかぁ?」
「俺が執念深いだけかもしれないけどね」
彼女は満面一杯に悪戯っぽい可愛い笑顔を返してきた。
うん、君なら大丈夫だよ。

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