昨夜、携帯がなった。
自宅近所に住まう青年、S君だった。
電車に乗っていたので、出ずにいると、LINEが来た。
ハンガリー赴任が決まったという。
S君との出会いは全くひょんなことだった。
当時、自動車部品メーカーの人事を担当していたH部長は、実は現在の住まいも近所で、育った所も隣町だった。年齢も僕の1つ下。
僕が大阪市大の就職担当をしていた時に会ったんだけど、何となく話をしているとそんな共通点が出てきた。
まあ、酔いつぶれても大丈夫なように近所で飲もうかという話になって、数年前の年末、たまたま入った焼き鳥屋にいたのがS君だ。
テキパキとアルバイトに指示を出し、店を仕切る様に、「年齢の割にはしっかりしとるよな」って話になった。
アルバイトが帰り、他の酔客も帰ったところでH部長がS君に声を掛けた。
「君、若いけど、ここのオーナーなんか?」
「いや、僕、バイトです。オーナーが病気してるんで、僕が店を任されてるんです」
「ほな、学生なんか?」
S君は、関西の某大学の外国語学部の4年生であることを告げた。
「4年ってことは、もう就職は決まっとるの?」
僕が尋ねると、内定は貰ってるが自分が希望している海外勤務の可能性がないため迷っているとのこと。
思わずH部長と顔を見合わせた。こりゃおもろい、と。
聞けば、彼は地元の公立中学の卒業生。当時、この中学は学級崩壊を起こしていて授業が成り立ってないということは知っていた。
受験勉強ができる環境じゃないから、彼はキャプテンを務めていたバドミントンで、スポーツ推薦を受け、大阪府でも決して偏差値の高くない、むしろ低い高校に進学した。
高校でもバドミントンを続け、キャプテン。今の大学には一芸入試で入学したという。
外国語を勉強するうちに海外での仕事に興味がわき、TOEICも700点近くを取っていた。
H部長に尋ねた。
「自分とこ、もう(採用活動は)終わってるやろ?」
「そりゃ、この時期やから終わってますけど…」と言いながら、H部長はS君の方を向いて、
「君、うち受ける気あるか? うちならミシガンもあるし、ヨーロッパや東南アジア、中国もあるんやけどな」
S君の目が輝いたのを今でも覚えている。
年明け早々、H部長は社長に掛け合い、僕がS君を市大に呼び寄せて指導した。
S君の就職活動は、卒業間近なその2〜3週間で大転換した。
このエピソードは様々な講演で紹介した。
大学全入時代と学級崩壊は、偏差値下位校にもダイヤモンドの原石を増殖させた、と。
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そのS君からの一報である。
どうやら僕らが見つけたダイヤモンドの原石は、徐々に磨かれ、輝きを見せ始めたようだ。
今は、人事担当から異動しているH部長に連絡を入れた。
ハンガリー赴任は急遽決まり、来週早々には赴任予定とのこと。
「あの子が、偉くなったものです」
「社長に掛け合った甲斐があったね(笑)」
「二人して、騙したようなものですヨ」
「結果オーライ(笑)」
「同感です」
「本来は人事担当と大学の就職担当はこれができなあかんねんけどね(笑)」
「時代が変わったのでしょうか? それとも私達が特別なのかもしれません」
「化石?(笑)」
「天然記念物です」
S君の赴任までに壮行会でもできればええねんけどね。
あの焼き鳥屋でね。

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