少子化に伴って大学がサバイバル時代になって久しい。各大学は生き残りを賭けて様々な付加価値を求める施策を講じているが、その中でも入試広報面での重要なファクターとなっているのが、
「就職に強い」という価値観だ。1980年代の後半から各大学が目指してきた付加価値であり、1990年代に日本型雇用慣行が見直され始めた後も現在に至るまで「いい就職」を目指す価値観は根強く残っている。経済誌などでも
「就職率で選ぶ『本当に強い大学』ランキング」(東洋経済オンライン 2016年8月5日)といった記事は毎年のように特集される。
一方で、わが国の経済政策に影響を与える要職に就く竹中平蔵氏は、テレビ番組で「正社員をなくせばいい」(2015年1月1日 テレビ朝日「朝まで生テレビ」)と発言するなど、非正規社員であっても正社員と同じ賃金や待遇を得られる「同一労働・同一賃金」の制度化の必要性を主張している。これは彼が取締役会長を務めるパソナグループ代表の南部靖之氏が主張してきた「オーディション型雇用」(2005年10月21日 日本経済新聞)や「これからは『雇用する』『雇用される』という言葉すら消えていく」(2003年1月9日 毎日新聞)という発言と方向性を一にしているものだ。わが国の労働者の約4割が非正規雇用である現状、さらには、ハローワークの業務をパソナグループが受託し代行している現状を鑑みたとき、正社員としての雇用を大学の付加価値とすることに疑問が生まれたとしても不思議なことではない。
さらに、2016年8月の内閣改造で新たに世耕弘成氏が経済産業大臣に就任。4日に行われたNHKなどのインタビューで新卒一括採用に触れ、「学生にとっても企業にとっても負担」とし、「採用の在り方を見直すことは、働き方改革にもつながる」と新卒一括採用の見直しを促していきたいとの見解を示した。新卒一括採用の是非はともかく、今後、わが国の経済政策として、「在学中に就職活動を行い、卒業後の4月1日から正社員として雇用される」状況が変化を余儀なくされることも十分に考えられる。
たとえば、国立大学や有力大学が「在学中の就職活動を制限し、就学に専念させ、就職活動は卒業後に行わせる」ことを申し合わせ、これに合わせて人事院が、国家公務員の採用を卒業後の4月以降としたならばどのような影響が出るだろうか。企業にとっては、4月1日に入社した新入社員がわずか数ヵ月後に公務員試験合格を理由に退職するといったケースも出るだろう。ただでさえ、現状、学部3年次からスタートする就職環境が、海外留学の機会をなくすなど、優秀な人材育成を阻害する大きな要因であると指摘されていることを考えると、この流れは急速に広がることも十分に考えられる。各大学のキャリアセンターなど就職支援部門は、何十年にわたる支援方針を根底から見直さざるを得ない状況となる。
一見、大義もあり、抗い難い流れのように思えるが、大きな問題を孕んでいることを看過できない。「格差」の問題だ。
2015年2月、教育社会学者の舞田敏彦博士が自身のツイッターで「東大生の家庭の年収分布」と題したグラフを投稿し話題を呼んだ。世帯主が40〜50歳で世帯年収が950万円以上ある家庭の割合は、一般世帯の22.6%に対し、東大生の家庭では57.0%を占めているという。幼少期からの塾通いや早期受験などの長期間での教育投資が可能な経済的に恵まれた家庭の子女が、いわゆる偏差値高位の大学に有利だという指摘だ。この傾向は1990年代後半からの「学級崩壊」問題と無縁ではないものと考えられる。経済的に恵まれた家庭の子女は、おそらくは親の意思で、地元の公立学校に進学せず、中高一貫教育を実施している私学等に進学することで、劣悪な学習環境を回避したのであろう。
一方で、大学全入時代は、学力の劣る高校生にも大学進学の道を開いた。偏差値低位の大学、とりわけ私立大学は、無試験に近い形での学生募集を拡大した。大学には進学したものの、経済的に恵まれない家庭では奨学金――とりわけ、ハードルの低い日本学生支援機構の貸与型有利子の第二種奨学金に依存せざるを得ない。この第二種奨学金、機構の前身である日本育成会時代の2000年に導入された「きぼう21プラン」から、“改悪”との内部告発文書が各大学の奨学金担当部署に郵送された経緯がある。案の定、卒業後の返還滞納額は膨れ上がり、社会問題化している。奨学金とは名ばかりの“官製学生ローン”が、本来、奨学金が救うべき、経済的に困難な苦学生を締め付けている。自らのキャリアを借金返済からスタートする苦学生たちにとっては、卒業後、すぐにでも収入を確保する必要が生じる。「卒業してから就職活動」などといった経済的余裕はないのだ。
大義と現実――。この国の施策はますます“弱い者苛め”を強化していく。

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