ふと、今は亡き師匠のことを思い出した。
“満鉄のサブ”と異名をとった柔道家だ。
大学時代の師範である。
数々の武道家を輩出した京都の武専(武道専門学校)の出だ。
満州鉄道を経て、戦後は大阪府警の首席師範を務められた。
ご存命ならもう90歳ぐらいだろうか?
見かけ、普通の爺ちゃんだった。
身長は165cmぐらいだっけ。細くてメガネをかけて、電車で見かけたら席を譲りたくなるような、本当にどこにでもいるような爺ちゃんだった。
“酒仙”って言葉がぴったりの酒豪でね、正月三が日で一斗樽をペロリとあけてしまいはる。
ウイスキーなんざ、ビアジョッキで水割りにしてたっけ。
歴代、キャプテンは、遠征の際は、帰路、先生の隣に座って先生の酌をするのが慣わしで、僕も例に漏れずお相手を務めさせてもろたもんだ。
先輩方から、「先生も孫らは可愛いもんやな」と言われるほど、可愛がってもろた。
大学4年で四段を取ったときも、
「これからお前は“プロ”や。今までの柔道じゃいかん」
て言われて、もう大学での試合もないのに“指導者の柔道”を徹底的に教え込まれた。
稽古が終ってからは、たいてい、十三の縄のれんで御馳走になった。
「お前、もう現役ちゃうやろ。先生やろ。メシ食わんでええ。飲め」
と言われて御馳走になった。
この先生は寝技の達人だった。
それも、絞技ではなく、抑込で相手を落とす。
相手の頸と肩を極める「肩固(かたがため)」なんて技で落とすのは当たり前。
一見、相手に中途半端に乗っかってるだけの「横四方固(よこしほうがため)」で落としてしまう。
体重の重い人間ならともかく、細い体躯の先生に抑えられるだけで、なぜ落ちてまうんか、そのかけ方を知らん人間には全く分からんのやな。
摩訶不思議な抑え方。
だけどね。
僕、この技、教えてもろた最後の弟子なんですな。
試合で使ったこともあります。
“満鉄のサブ”仕込みのこの技。そろそろ誰かに伝授しなきゃね。
三郎先生、サボっててすんません。不肖の弟子です。

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