前回書いたような内容で2日間講演を行った。
オーディエンスには、就職媒体の担当者もいて、そのうちの一人が僕に耳打ちをした。
「あの、採用中止ってK社のことですか?」
「いや、B社だけど、K社も何かあったの?」
「あの、学生向けの就職説明会をドタキャンしたって話があったもんで…」
「なるほど。あり得るね。だけど、B社も営業職採用だけが中止で、研究職は採用してるんやで」
そう。依然、技術系、もっと幅広く理数系に強い学生に対する採用ニーズは、まだまだ旺盛だ。巷間、子供たちの理数系離れが問題視されているけど、これは様々な要因がある。
1990年代。18歳人口急減による経営危機が大学で問題視され始めた頃、まー、それでも大学に勤めてる連中てのは、“茹で蛙”の譬えの如くほんまに茹り上がるまで危機感ってのは感じないもんなんだけど、大学以上に危機感を持ったのは予備校だった。大学受験が“戦争”に例えられた時代ならまだしも、“大学全入”なんて時代には、大半の予備校はその存在意義すら失う。
大学以上に危機感を募らせた予備校は何をしたか。
当然、進学実績って奴を向上させる必要が出る。
そこで、本来は理工系に進学していた受験生に文系学部の受験を勧めたんやな。
国語や社会って科目は、できる奴でも100点が取りにくいけど、0点もない。
逆に数学や物理ってのは、100点か、0点かって世界だ。
私学みたいに選択科目で受験できるところで点取り合戦をやるには、国語や社会で受けるより物理や数学で受験した方が、できる奴には有利になる。
巷に偏差値で言われる産近甲龍(京都産業大・近畿大・甲南大・龍谷大)の理工系学部に通る学力があれば、関関同立(関西大・関西学院大・同志社大・立命館大)の文系学部に通るってことやね。
大学サイドにも思惑がある。
受験生に人気のある学部を作って受験生集めに精を出し始めたんだけど、新設された学部や学科のほとんどは文系だ。
理由は簡単。文系は、教室と教員と図書があれば開設できる。授業料は安くても利益率は高いのだ。
20年ほど前、附置研究所の広報担当をやってた時ですら、動物実験のマウスは1匹数万円もした。犬は必ずビーグル犬で1頭20万円。20万円の消耗品ってわけだ。
文系よりは授業料が高いとはいえ、これだけ経費がかかれば、利益率はかなり低い。教員や助手の人件費も馬鹿にならんのですな。
理工系は授業料が高い。文系学生がバイトだコンパだと浮かれてる間も、実験実習で授業もさぼれない。
挙句の果てに東洋経済あたりが、“事務系と技術系では生涯賃金に5千万の差がある”なんてレポートを出した日にゃ、親や学生としても「なんでしんどい目ぇして理工系にいかなあかんねん」ってことになる。
現在でも各都道府県に必ず1校は、工業高等専門学校がある。中卒後、5年課程のこの学校が各都道府県に設置されたのは、加工技術立国を目したこの国が、地域での中堅技術者の養成を行うため、国策として行ったものだ。
本来、この国の経済力を維持するためには、例えば、理工系学部に優先して補助金を回すなどの施策が必要なのかもしれない。
今年になって経済産業省は、外国人留学生の職業インターンシップの導入をテコ入れ始めた。我が国で学んだんだのなら、我が国の企業に就職してくれ、ということやね。
かつての中曽根内閣が留学生受け入れを奨励した頃は、留学しても就職は母国でって流れやったけど、それとはえらい違いだ。
日本のガキどもは、あてにならんから、優秀な外国人を抱え込め、ってことだ。
ついにここまで来たか、って感じやな。
技術系社員が必要な民間企業にとって、「危機」はそんなことだけじゃない。
これはまだ誰も声高に警鐘を鳴らしてないことなんだけどね。
実際、何人かの人事担当者にこの話を説明すると、顔が青ざめ、「すぐに社内会議で対策を検討します」と口を揃えたっけ。
どんな話かって言うとね…。
バブル期と比較された今回の「売り手市場」は、根本的に原因が違う。
労働経済白書にも指摘されたとおり、景気回復が雇用の回復につながるメカニズムはすでに機能していない。
にも、関わらず売り手市場が生まれたのは、雇用における2007年問題――団塊世代の大量定年に他ならない。だから、バブル期と比べて何が違うか。民間企業だけでなく、「官」の採用意欲も旺盛なのだ。
以前から国家2種については、地方公務員の希望の方が多いから危機感を持ってたけど、最近は国家1種も危機感を募らせてる。どうやら、キャリア官僚の不祥事が相次ぎ、天下りが規制されたために、中堅どころのキャリア連中が退職し始めてるのも影響してるようだ。公務員ってのは初任給は安いんけど、将来おいしい思いができるぜ、ってきたものが、おいしい思いの道を塞がれたもんで、辞めだしやがったようだ。くだらん奴らだぜいっ!
まー、それはさておき、「官」の中でもとりわけ警察や自衛隊なんて組織は、「はじめに組織ありき」だ。人が退職しても、民間の場合なら“兼務”なんて形で人に組織をフレキシブルに合わせることは日常茶飯事だけど、「官」の場合はそうはいかない。おまけに警察や自衛隊は、外国人を使うこともできないし、アウトソーシングにも限界がある。特にサイバーテロ対策などについては、ニッポン人の自前の技術者を育成することが死活問題なのだ。ある意味、民間企業以上に求人に必死になってる様子がうかがえる。
このような背景で、今年の10月1日。ある法改正が行われた。
雇用にかかる年齢制限が撤廃されたのだ。
これはシルバー人材の活用を促進するために成立した法律なんだけど、これが実はクセもんなんやな。
実際ね、民間企業の求人で年齢制限のあるものってほとんどなかったんやな。
年齢制限ってのは、ほとんど「官」の求人。年金の計算に影響するからね。警察は28歳まで、なんてのが決まってた。
ところが、これが撤廃されるとどうなるか?
民間企業得でバリバリ働いてた30代のエンジニアが、故郷の親御さんの容体が悪くなって、転職を考えたとき、今までは、民間企業しか選択肢はなかったのやな。
ところが、年齢制限が撤廃されたことで、官がこの選択肢に加わる。
警察の人事制度は、巡査から巡査長、巡査部長、警部補…と上がってく職階制度は知られてるけど、技術系は別ラインなんやな。
派出所勤務をやることを彼らの業界用語で「本官(ホンカン)する」って言うけど、技術系は本官しなくて済むんやな。
たとえば、機動隊の特練って言われる連中――柔道や剣道ばかりやってたりする連中ね、――彼らは現役が終わると各所轄の柔道師範になれれば、技術系にラインが変わる。だけど、師範になれない場合は、本官を一からやらなきゃならんわけだ。
技術系は別ライン。つまり、情報通信系の技術者として大阪府警に採用されたなら、勤務場所は黒川某の遺作となった馬場町の府警本部で、倒産はしない。よっぽど悪さをしなけりゃクビにもならないし、退職後は恩給が出る、ってことだ。転職者にとって、ある意味、これほど魅力的な転職先はない。特に今、金融機関の統合などで、システムエンジニアは過酷な労働を強いられている。そんな状況で、こんなおいしい転職話に民間の技術者が乗ると、ますます民から官に優秀な技術者が流出することになる。この国の経済を支えた技術力は…。て懸念だ。
これ、技術系企業にとっては、かなり死活問題なんだけど、このことを指摘する声はまだ聞いたことがない。

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