久しぶりのEGOゑぶろぐ、前の記事が5月でかれこれ5ヶ月、日本全国に放射性廃棄物がいきわたり、フクイチは相変わらず放射性物質を封じ込められずにいる。
フランスの調査では東電調査の20倍の放射性物質が海に流れ出したというし、関東のNHKでは夕方のニュースで毎日、天気予報の前に関東地方の放射能測定値が流れるのだけれど、常に北茨城は年間1mSvを上回る線量が淡々と放送されている。
3.11以前では半ばフィクションだった事態が、まさに現実として今も進行中だ。にもかかわらず、徐々にそれが当然のこととして、逆にリアリティは薄れていく。
日常化することによって、リアリティというものが失われるという実に逆説的な事態が起きている。
もちろん、出荷制限によって農産物や漁獲物を出荷できない人びとや、産地によってものが売れなくて困っている人たち、あるいは子どもたちに水や弁当を持参させたことで学校と対立せざるを得なくなってしまった親、あるいはマスクなしには登校できない学校、除染や瓦礫の処理、はたまた避難した人たち、避難できずにいる人たち、そこに残ることを決意した人たち、そしてそれぞれを支えようとする多くの人たちの上に、単なる放射能汚染以上の様々な問題が降りかかっている。
彼らにとって、そしてそんな彼らの苦悩にちょっとでも心を寄せる人にとって、この深刻な「現実」はリアル以外の何ものでもない。
ただ、申し訳ないことに私は、その「深刻さ」から離れていることができてしまうし、そうした途端、放射能の脅威や生活の困難も、どこか上滑りな「事実」の羅列にすぎなくなる。
しかし──。
ニューヨークで始まり世界中で同時多発的に行われたOCCUPY、反格差、反貧困の行動は、日本でも3.11以降の反/脱・原発行動と重なる形で、人びとが直接行動によって意思を示す新たな動きを作りつつある。
それ自体、3.11以前には考えられなかったような数の人びとが、ネットを利用しながら呼びかけ合い、繋がりあって、世界を変えようと行動している。
それが多くの人にとって他人事の、リアリティのない「現実」であったとしても、単なる「情報」にすぎなくとも、「行動」が世界を少しずつ変化させていることは間違いのない「事実」だ。
「We are the 99%」というキャッチフレーズは、1%が富を独占していることを端的に示したスローガンだ。もちろんそこには、圧倒的な多数派である、という示威も含まれている。
しかし、私がそのスローガンに強い共感を覚えるのは、残りの99%が立場や人種や階層を超えて、共に「弱い」側にあるという認識を生み出したことにあると思うからだ。
「We are the 99%」は小異を捨てて大同に立つことで、ともすれば、蔑み、やっかみ、差別し、逆差別することによって見えなくなっていた、より大きな構造を浮かび上がらせる。
差異について語れば、キリがない。すぐに対立点は見つかるし、そのことで異を唱えるのは簡単だ。
だから「We are the 99%」は、ある意味フィクションといってもいい。
しかし、このフィクションは、リアリティを喪失し緩慢な死が迫るこの世界、あるいは今後確実に健康を害する者が増えていくこの日本で、それでも痛みを共有しなんとか生きていくための大きな希望であるように思えてならない。
今や私たちの多くが、深い傷と負の遺産を背負っている。
そして、その傷と負の遺産が、「正気」を保ち「価値」を生み出すきっかけになると私は思う。
3.11以降、世界は変った。
東京電力福島第一原子力発電所の破壊された1号機〜4号機は最先端の現代アートとして、すでに完成し、そしてゆっくりとその表情を変えていく。
5年後はまだ石棺にすらなっていないかもしれない。
しかし、いずれはチェルノブイリ以上の、巨大なコンクリートのモニュメントと化すだろう。
その時が来たら、ぜひその石棺を見てみたいと思うのだ。
それまでは死ねない。
私は生きて、人がいなくなり世代交代の早い動物たちの楽園となったレディオ・アクティブ・サンクチュアリと、その中心に佇む現代文明の象徴たる巨大なオブジェをこの目に焼き付けたいと願っている。
3.11以降、私の人生も変わった。
けれど変わっていないこともある。
たとえば、私の両手は汚れているが、それは3.11以前も以降も一切変らない。
その汚れた手で、これからも時にはリアリティの感じられない事実を、そしてできるだけリアルなフィクションを語っていきたい。

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