正直、イギー・ポップはよくわからない。好きか嫌いかといわれれば、「う〜ん……好き、かな?」と答えてしまうくらい、昔からイギーは微妙なポジションにいる。
昔の映像を見るとかっこいいなとも思うし、いまだに現役なのもすごい事だと思う。80年代のルー・リードみたいに「なんだかなぁ」な迷走もなく、常に「パンクのゴッドファーザー」には、揺るぎのない存在感がある。それでも「イギー最高!」とはのめり込めないのだ。
個人的には、イギーのボーカル自体も、いわゆるシャウトしまくるような激情型でもないし、かといってクールっていう感じでもなくて、中途半端な印象のままでいる。シャウトしてないわけじゃないが、何ていうか、音量のことではなくて、内面的な衝動として音程も音量もコントロールできない叫びになる瞬間があるっていう意味で、演奏はどちらかっていうと激しいタイプの音だから、聴いていると100%入り込んで歌っていないような気がして、何となく物足りない気がしてしまうことが多いのだ。どうせなら、デビッド・ボウイみたいに徹底して演技している感があるなら、醒めていても逆に全然気にならないのだが。
実際、80年代以降のアルバムはちょっと聴いた程度で全然追いかけてもいないし、あまり興味もない。それでも俺にとってのイギーが「嫌い」にも「どうでもいい」にもならないのは、ストゥージーズの「FUN HOUSE」があるからだ。
ストゥージーズを聴いたのは中学生の頃で、ピストルズが「NO FUN」をやっていたから、元ネタのバンドを聴こうと思ったのがきっかけだったと思う。ところが、最初に聴いたアルバムはセカンドの「FUN HOUSE」だった。まあわざとセカンドから聴いたわけではなくて、たまたま店にファーストがなかったからだったと思う。タイトルが違ってて気がつかなかったが、ダムドの「I FEEL ALRIGHT」が入っていたりして「へぇ本当はサックスソロなんかあるんだ」と思った記憶がある。
「FUN HOUSE」を最初に聴いた時の、アルバム全体の印象は「地味」だった。頭の3曲は全部つながっているみたいで区別がつかなかったし、「DIRT」は長いし、「LABLUES」はフリーというよりめちゃくちゃやってるだけに聞こえた。バンド以外の音以外にはゲストのサックスがあるだけで、派手な展開もない。地味なんだが、ただ、何となく混沌とした雰囲気が気になって、何回も聴いていた。何度も繰り返し聴いているうちに、ベースのミニマルなリフレインは、強烈にサイケデリックな効果がある事に気がついた。後になって聴くようになるホークウィンドやアモン・デュールUとは違ってギミックがまるでない分、逆にベースラインとギターの絡みによるアシッド感は強烈だった。アメリカとヨーロッパのサイケ観というのは本当にまったく違うなぁと、こういうのを聴くと思う。そして、このメンツでもし3枚目を作れていたら、どんなにことになっていたかと思いながら聴くと、とても楽しい。
去年だったと思うが、突然ストゥージーズが単発の再結成をした。曲もストゥージーズの曲しかやらないという徹底ぶりで、来日することになってみんな周りは大騒ぎだった。見に行った人はみんな大絶賛で「よかった!」っていっていたが、俺は行かなかったし、あまり行きたいと思わなかった。30年も一緒に演奏していないバンドにマジックなんか生まれないし、現役のバンドが昔の曲をやるのと、昔のバンドが昔の曲をやるのは意味が全然違う。
バンドが活動している中で、そのバンドのピークというのが必ずいくつかあると思う。リアルタイムだと分かりにくいが、一度停止したバンドの場合はどれとどれがピークかわかるし、そのピークのときに音源や映像を残すことができたバンドは、本当にラッキーだ。ストゥージーズのピークはこのセカンドの時期1970年しかないし、単発ライブでの再結成などピークに及ぶはずがない。
懐メロロックなら、マザーズ・オブ・インベンションの残党で作ったGRAND MOTHERSとか、キング・クリムゾンの残党でやってる21TH CENTURY SCHIZOID BANDとかと変わらない気がする。まあ要するに俺にとっては「どうでもいい」のかもしれない。あれ?じゃあやっぱりイギーも「どうでもいい」のか?う〜ん。

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