やま「て、てーへんだ、てーへんだ!」
家主「どうした、やまさん、またかみさんに逃げられたかい?」
やま「女房はこのあいだ逃げたまんまだ。それより、これ見てくださいよ!」
家主「岐阜国際音楽祭コンクール、本選審査員のご依頼・・・
なんでこんなもんが、やまさんのところに来るんだい?」
やま「それがあっしにもわからねえんで・・・」
家主「28日/弦・管・打・声楽、29日/ピアノ・・・こりゃあ本格的だ。
ここでやまさんに何を審査させようってのかねえ」
やま「なんでも専門の審査員が10何人かいて、
あっしには“しもじもの耳”でいいなあとおもったものに、
〇つけてくれりゃあいいってんです」
家主「そうかいそうかい、いわゆる“文化人枠”ってやつだな。
で、やまさんのほかには誰が?」
やま「国会議員さんとか県知事さんとか市長さんとか・・・」
家主「そりゃあたいしたもんだ。そんなところによくもまあやまさんを・・・
いや、こっちのはなしだ」
やま「で、あっしはどうすりゃあいいんです? しもじもの耳ったって、
クラシックなんてものはとんとわからねえ」
家主「いや、やまさん、おまえさんはうまい物を食ったり飲んだりすると、
正直に涙が浮かぶって言ってたろう? あれでいいんだよ」
やま「クラシックも酒や食い物とおんなじですかねえ。
でもひとっつも涙が出なかったらどうすりゃあいいんで」
家主「そのときは全部×でいいんだよ」
やま「へえ、そんなもんですかねえ。でも全部×ってのはおもしろそうだ!」
家主「そうそう、その意気で引き受けておやんなさいよ」
というわけでやまさん、会場の「じゅうろくプラザ」にやってまいりました。
「おいおい長屋の花見とは雰囲気ってものが違うよ。気高いね、こっちは」
どこに行ったらいいものやら、うろうろ探し回っていたら呼び止められました。
「もしもし、あなた、お名前は?」
「へえ、やまってんですがね」
「やまさん・・・あ、文化人審査員の先生! こちらでございます!」
係員について行くうちにだんだん気後れしてくるやまさん。
家主さんが言ってたことを思い出だします。
「足元を見られちゃあいけないから、ちゃんとして行くんだよ」
やまさん、改めて自分の足元を見ます。
「ざまあみろ、めったに履かねえ靴、無理して履いてきたんだ」
3階に上がります。
「先生方はこちらでございます」
「・・・せ、せんせいって、あっしもですかい?」
「そうでございますよ、どうぞ」
この後、やまさんはこの部屋の中でずーっと肩身の狭い思いをするのですが、その様子は次回・・・

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