ある日「前回出演した人は全員オーディションを受けてください」という案内が、岩倉市民ミュージカル実行委員会から送られてきた。
前回私は、能楽の世界をミュージカル化した『求め塚』という大胆な公演に参加した。
その舞台では主人公の霊を慰める老齢の高僧という、ま、実におあつらえ向きの役を演じた。
今回は『リトゥル・マーメイド』、人魚姫である。さて、あのお話の中に私にとっての「適役」はあるのか?
よく知らないけど、人魚姫があこがれる人間の王子様と、そのお父さんの役があるはずだ。
68歳の王子様というのはちょっと無理があるから、お父さんの役などどうだろうと思いながらオーディションに参加した。
台本をもらう前に、前回もお世話になった演出さんに
「年寄りの役はありますか?」
とたずねたら、
「なければ海がめでも何でも年寄りの役を作りますよ」
というお答えだった。
読み合わせがはじまると、お父さんは実は「海の王様ポセイドン」で、ギリシャの昔から世界の海を支配するすごい役だということが分かった。
なにしろ王様が激怒すると「大津波」が起こって、たこでも鯨でも海亀でもみーんな打ち上げられてしまうという、すごい力を持っているのだ。
一読してふと思った。もし私がこの役をやることができたら、私費を投じて(!)保育園のこどもたちを公演に招待しよう!
私のことを「ほんとはウルトラマンかもしれない」と思っている園児たちは、いっそう私の神秘的とも言えるパワーを信じることになるだろう。これはおもしろい!
でも私は何事にも控え目なので、自分から「何々がやりたい」「何々をやらせてください」ということは決して言わないから、黙々と読み合わせに加わった。
しばらくしてあることに気がついた。演出さんは私には王様の役をちっとも読ませてくれないのだ。
その代わり、年齢は私の半分ぐらいなのに身体の大きさは私の50%増しくらいあるという、すごい体躯の青年が指名されて読んでいく。
そのうち、演出さんの頭の中にはもう一定の構想があるんだと思えるようになったねえ。ひょっとしたら、その青年もまた岩倉ミュージカルの常連だから、オーディション以前から想定されていたのかもしれない。
そしてそのうち「年寄りの役」があることに気がついた。演出さんもその役のセリフを盛んに読ませてくれる。
その役は人間の王子様の家来、役名は「侍従長」・・・つまり人間の年寄りの役だ。これはもう、私以外にないという役どころだ。なんせ参加者の中で私がずば抜けて高齢だからだ。
そうだなあ、もう私が激怒したくらいでは海は荒れない。津波なんて起こらない。せいぜい夜光虫やホタルイカがびっくりして光るくらいだろう。
この人なら嵐が起せる! これをみれば分かる。
左の女性は普通サイズ、すれ違いざま風が起こってよろけてしまった瞬間である。前の女性なぞ隠れて見えない。
彼は身体が大きいだけでなく、声にも張りがあり、全身にエネルギーが満ち溢れているから、演出の目は確かだったというほかないだろう。
だから言ったじゃないか。68歳ともなれば、なんでもお呼びに応じて少しでもお役に立たせてもらうという姿勢が大切になるのだ。
それにしてもこどもたちよ、じいちゃんが「年寄りの家来」つまり“じいちゃんそのもの”を演じているのをみたら、もう「ほんとはウルトラマン」なんて思えなくなってしまうだろうな・・・
でもじいちゃんは、それはそれで立派に演じて、じいちゃんでなきゃできないような「侍従長」をつくり上げて見せるよ!
バスでご招待というのはもう少し考えてみる。

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