この日の前の晩も私は 胸がざわついて なかなか眠りにつけずにいた。
まるでばぁちゃんが倒れる前のあの夜のように・・・
必死で心の中で祈り続けていた。 大丈夫・・・大丈夫・・・と
でも、前回の手術日のときに感じた不安とは明らかに違う不安が拭えずにいた。
それでも信じて ただひたすら祈り続けていた・・・
弟家族とじぃは朝から麻由の病院に向かっていた。
でも、あまりの凄まじさにじぃは見るに耐えかねて帰ってきた。
家で祈りながら吉報を待っているからと。
すでに呼吸困難になっていた体は息をするのもやっとで、
その苦しさからマスクさえぬぐい去ろうともがいていたらしい。
それでも小さい体で 今から手術を受けるという現実に立ち向かおうとしていた。
私達に出来ること・・・それは祈りながら待つことだけ。
そして、午後4時半・・・一通のメールが私に届いた。
『麻由が 4時23分 永眠しました。』
一瞬頭が真っ白になって、体がくらぁ〜となった。
え!!永眠?! 麻由が??
全身が震えそうになった。
でも・・・私はその時病院で母親の付き添いをしていた
だから必死で涙を堪え、気持ちを落ち着かせ、
まだここで悟られたらいけない!と 抜けそうになる力をぐっと持ちこたえて耐えた。
手術は上手くいかなかったのか?
私はどうすればいいの?
ばぁが夕食のためナースに連れて行かれて、部屋に一人になった時、
涙が溢れそうになった。
でも、今はまだ泣いていられない!しっかりしなきゃ!!
これからのことを考えなくてはいけない。
弟からまたメールが・・・今から連れて帰るからと。
自宅に帰って用意をしなければいけない。麻由を迎えるための準備。
そして、その前には辛い告知をじぃにしなければいけない。
電話で言おうか?と弟が言ったが、私は直接話した方がいいと思い、自分が話すから と伝えた。
あまりに辛すぎるから・・・じぃの体も心配だったから
ばぁのことは仕事帰りの姉に任せ、婦長に話しに言った。
病院には伝えて置かねばいけないから。
でも、話そうとするのに言葉に詰まって話せない。
やっとのことで 事情を伝え、私は家に帰った。
玄関の戸が重く感じた。 なんて話そう・・・
部屋に入ると 待ってたかのように『麻由はどうやった!?』と
私は一生懸命落ち着こうとしたのだけど、声が・・・言葉が・・・なかなか出てこない
やっと 麻由が・・・と言えただけで 声が続かなくなってしまった。
声のかわりに出た物は涙・・・涙・・・・涙・・・・・・・・・
一瞬に悟ったじぃは 『あかなんだんか〜〜〜』と泣き崩れた。
それから必死で堪えながら震える足で立ち上がり、 あぁぁ準備してやらなあかん と動き出した。
数ヶ月の間、ろくに掃除も出来なかった部屋の中はほこりで一杯だった。
麻由の為に此処を綺麗にしてあげなければいけない。
しっかりしなきゃ!!
じぃは半泣き状態で片づけだした。私も片手であちこちメールを打ちながら掃除機をかけた。
とにかく帰ってくるまでに・・・と
でも、こちらの病院では まだ何も知らされていない者が居る。
7時頃旦那が来てくれた。てきぱきと手伝ってくれた。
そして午後、7時半。ようやく家族に連れられ やっと帰りたかった家に麻由が帰ってきた。
雨の中、車からお父さんに抱きかかえられて玄関に入る。
号泣していた。
妹の百合香も立ちすくんだまま声を上げて泣いていた。
『おかえりぃ!』 そう声をかけたけど、麻由からの返事がない。
いつも笑顔で答えてくれる麻由の顔は目を開こうとしなかった。
本当に?本当にもう目を覚まさないの? まるで眠っているような顔なのに
弟は大きな体を震わせながら声を立てて泣いている。
ここまで、必死で車を運転してきたんだね。本当なら病院から車が出るのだが、
あえて自分で連れて帰ると言ったらしい。
もちろん、きちんと書類をもらい許可を貰って。
私はてっきり家族が送られてくるものと思っていた。
どんな気持ちで遠い道のりを走ってきただろうか。涙を此処まで堪えてきたんだね。
それでも自分で連れて帰りたかった。 きっと退院して帰宅できるからね と言い続けてきたから。
でも、それは悲しい帰宅となってしまった。
涙に包まれるなか、私は何をどうするのか必死で考えていた。
しっかりしなきゃ! とそればかり考えて・・・
電話しなきゃ!葬儀を手配しなきゃ!市役所は??
何も手に付かない弟のかわりに私と旦那が翻弄した。
これからすべきことが山のようにある。決めていかねばならないことが沢山ある。
セレモニーの人が来てからも弟はたった一枚の写真を選ぶことすらままならず、泣きながら選んでいた。
でも、泣いてばかりいられないよ。ちゃんと送り出してあげなきゃね!
嫁さんは気丈に頑張っていた。
ずっと麻由を見てきたから。見るに耐えられない状況をずっと側で見てきたから。
今日の3回目の手術は結局行われることなく、麻酔をかけた状態で眠るように逝ってしまったらしい。
突然の心停止、それから45分、医師による心臓マッサージ。
そして奇跡的に再び動き出して、家族の元に返ってきた。
でも、血圧はドンドン下がり、家族の見守るなかで静かに息をひきとった。
その時に、初めて 麻由は一筋の涙をこぼしたそうだ。
どんなに辛くても痛くても、決して涙は見せなかった子が 初めて流した涙。
それは何を意味したのだろう。嫁さんはどんな気持ちで受け止めただろう。
手術室から家族の元に戻ってきて、逝き際を見守られながら・・・10年の人生を生き抜いた。
そんな麻由を送り出す。それが今の私らの役目。
明日はお通夜で、明後日が葬儀。
きっと今、ここに居てみんなを見てるね。
(別れの日)
今日も朝から雨だった。前日は深夜まで打ち合わせや決めごとで、みなほとんど寝ていない。
麻由の蝋燭番もしなきゃいけないしね。
早朝からセレモニーの人がみえて最終確認。慌ただしく時間が過ぎていく。
その間も 別れを惜しみ次々と知人が会いに来てくれた。
そのたびに弟夫婦は涙に暮れる。
そして、昼になり・・・私はいよいよばぁに話さなきゃいけない時間。
頭の中で言葉を色々組み合わせ考えて、どう話せば一番ショックを与えずにすむかと
そればかりぐるぐる思いが巡っていた。
病院では付き添いなしで一人家族の来るのを待っている。
どう話をきりだそう・・・・
泣かずにちゃんと伝えられるだろうか。
刺激を極力抑えて話ができるだろうか。
そんなことを思いながら病室に向かった。
部屋にはいり、ばぁの顔を見た。普通にいつものように 来たよ〜と声をかけた。
でも心臓はバクバクしていた。
そんな私の気持ちを知る由もないばぁは、顔を見るなり私に質問してきた。
『麻由は?どうしてる?元気か?』と。
いきなりのフェイントだ! もちろん昨日 手術受けることも話してなかった。
少し様子を見るつもりが予定外の質問にうろたえてしまった。
血圧・熱・ともに今日は正常とナースに確認済みだったが、いきなりだ。
でも決心した私はベッド脇にしゃがみ、目を見て・・・ゆっくり話し出した。
『あのね、麻由ね、ここ数日すごく体調が悪くて、どうしようもなくなって昨日手術することになったの』
ここまで話すと、ばぁは え?!と言う顔をしてそんなに悪かったんか?と聞いた。
私は大きく息を吸い ゆっくり話した。
『それでね、麻由 昼から手術に向かったけど・・・すごく辛くて、痛くて、早く楽になりたくて、ずっと眠れなかったからそのまま、本当に楽になってんて、目を覚まさなくなってんたの。』
私は話しながら 涙が頬をつたっていた。
ばぁは え?!という顔をして・・・目を大きく見開き もう一度 ええぇ!?と聞き返した。
私は何も言わず、うん とうなずくだけだった。
『麻由・・・・しんだ?? うそぉ〜〜!!』
そういって顔をくしゃくしゃにして倒れそうになった。
私はもう何も言えず、ただうなずくだけで精一杯だった。
麻由にあわせて〜〜!とばぁが泣き叫ぶ。私は うん今から会いに行くよ。と 準備を始めた。
帰るためには とろみ茶をもち、予備の”つるりんこ”ももって、なにより暖かくしなければいけない。
車椅子に乗り、車まで運び、泣き震えるばぁを乗せる。
この後どうなるかわからないけど、納棺の前に会わせてあげたかったから・・・
家に着き 麻由の前に連れて行った。ばぁは倒れ込むようにしゃがみ、その場に泣き崩れた。
『なんで〜〜なんでやぁ この前は元気やったがぁ』と
そう、あの時は一番元気だったね。だから二人を会わすことが出来た。唯一の面会だった。
そして、納棺の時間。
セレモニーの女性の方が来て、麻由を綺麗にしてくれた。
着物は まだ一度しか袖を通していない振り袖。ばぁが去年作ってくれたもの。
帯も締めて、髪にしぼりのリボン付けて、薄化粧をした。
まるで生きているかのよう。すごく可愛い。口元がほんのり笑っているように見えた。
なんて穏やかな寝顔なんだろう・・・と
妹の百合香が横に来て髪をなでていた。お兄ちゃんの祐司は重ねた手にキスをした。
まだ4歳と12歳だというのに その悲しみに耐えていた。
そして、運び込まれた大きすぎる棺に、涙の中で思い出の品物と一緒に納められた。
尽きぬ思いを抱きながら 通夜の会場へと私たちは出かけた。