"Leo"という大きな一歩!  2018 "LEO"

今年は、上野雄次さんが彫られた木像との出会いがすべてでした。

まだ10月ですが、間違いないです。

≪動かないもの(木像)と血が通う肉体。そして、どちらにも宿る魂≫

さらにイメージを膨らませ、

≪儚く消えていく太鼓の音。ダンスの残像。それこそがライブ。いのちであること≫

このような世界観に創作の思いを向き合わせてくれた上野さんの作品群に感謝です。

そして、今回も私のイメージにダイブするが如く、アイデアを提供してくれて、仕込みから片付けまで完璧なまでの仕事っぷりの舞台監督、照明、音響のスタッフには頭が上がりません。

世界に誇れるチーム・レオの力が結集した "Leo"(赤坂BLITZ)

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共演してくれたダンサーやミュージシャンには、どうにかこうにか都合を付けて、これからも付き合ってもらいたいと思いますが、若ければ若いほど、明日からの新しい経験に影響を受けるでしょうし、私も人のこと言えないほどたくさんの影響を受けながら活動してきたので、それぞれの活動を尊重しながら引っ張りこめていけたらと思います。

京都公演メンバー

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ご来場いただいた方々もいろいろな感想やご意見があると思いますが、Yahoo!ニュースのインタビューに掲載された「新しいアートフォームの確立へと向かう大きな一歩」という書き出しの通り、そのスタートを見届けていただけたことが何よりです。

ありがとうございました。

公演翌日、脚本家の高階經啓(つねひろ)さんが感想を書いて下さいましたが、これぞレビューでございます。Facebookですが、ご一読いただけたらと思います。

台風の影響で機材が届くか分からないまま京都へ向かった朝。

結果、無事に公演をすることができましたが、リスクを最大限に抑えるため、演出も機材も絞り込んで京都公演に臨みました。

海外の公演ツアーでもないくらい神経をすり減らした経験を忘れることはないでしょう。

関係者一同が怪我することもなく、"Leo"京都&東京公演を終えられたこと。

守ってくれた大きな力に感謝します。

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次世代型祝祭パフォーマンス“Leo”  2018 "LEO"

Yahoo! ニュースにインタビューが掲載されました(記事はこちら)

今回は振付けと踊り手の視点と言うことで、前田新奈さんと田所いおりさんにも参加いただきましたが、このような場は日頃のリハーサルでは聞けない話も引き出され、作品を客観的に捉える上でも面白いなと思いました。

また、掲載にあたってネタばれ写真もありましたが、それはそれでご来場いただくまで想像を膨らませていただけたらと思っています。

自分で選択した写真が、インタビューとともにレイアウトされたページを見ながら思いました。

この公演に向けて数々のアフリカ体験が大きかったことは何度も書いてきましたが、これまで旅してきた体験を「体験していない人」と共有できるところまでそぎ落として、音楽や舞台という形にしていること。それが、自分のアートフォームなんだと改めて感じました。

分かりやすく言えば、影響されたことをそのまんま模倣して再現していないということですね。

このインタビューの最初に「新しいアートフォームの確立へと向かう大きな一歩」と書いて下さったことは本当に嬉しかったです(山崎さん、今回もありがとうございました!)。

さて、先の京都公演では台風の影響もあり、当日朝まで機材が到着するか分からないという状況の中、出演者の高い集中力で初演を飾ることができました。

そして、個性的なダンサー陣の踊りの幅に呼応するように太鼓の音もフルカラーになってきて、「踊りの中に出したい音があった」ことを実感しています。

太鼓奏者からの視点で作るから面白い!というのも決してマニアックな視点ではなく、本当にそう思っています。

口を開けていれば飴玉を放り込んでもらえるようなステージではありませんが、大騒ぎするだけではない「祝祭」の誕生をご覧いただきたいと思います。

ご来場をお待ちしております!

http://leoeto.com/news

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太鼓奏者の視点で作るから面白い!−"Leo"へ向けてのプロセス(4)  2018 "LEO"

自分が振り付けて踊れるわけではないので、自分の作った音がダンスという目に見える表現になっていくプロセスは楽しいものです。

創作にはいろいろなプロセスがありますが、私がダンスと創作する時は音と身体表現のエナジーの行方=ベクトルにすごく着目します。

大太鼓が象徴的ですが、力強いパフォーマンスとその音のベクトルは下へ向かうイメージが似合います。大地ですよね。

あくまでもイメージなので「似合う」という言い方をしましたが、全く決まりはありませんし、大太鼓はいろいろな音のベクトルを引き出せる素材だと思っています。

ダンサーのベクトルが下へ向かう2番プリエ💦



また、音だけでなく、叩くという行為によってもベクトルを変えられるので、私もいろいろと試行錯誤しながら太鼓と向き合い直しているところです。

ところで、ダンサーに振りを渡すという作業は、スコアを見て音を出す音楽とは違って手間のかかる作業です。

その作業に立ち会っていると、ダンサーの動きを見ながらいつの間にかイメージの再構築を始めてしまい、振り付けられたダンスに触発され、音楽を変えてしまうということもあります。

ダンサーたちは黙っていますが、折角、振りが身体に入ってきたのに〜〜〜!と思っているはずです💦

でも、その衝動は抑えたくないですし、これこそ自分で音を作って、自分で演奏する者の視点で作る面白さだと思っています。

そんなこんなで即興の要素も多くなってきて、イメージを作る作品性とライブ感が良い緊張感を醸し出してきました。

今回、初めて男性のダンス・アンサンブルも加わる東京公演。



海外はもちろん、国内でも振付家が音楽家と組んで創作するケースが増えてきましたが、現状は振付家がイメージに合う音を探して、探して、振り付けていることが多いと思われます。

しかも、生音で踊る機会もまだまだ少ないです。

京都公演まであとわずかとなりましたが、リハーサルの度に音と身体表現がひとつになってきています。

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太鼓叩きの視点で作るから面白い!−“Leo”へ向けてのプロセス(3)  2018 "LEO"

ダンスとの作品で一番難しいのが、どこにどのように太鼓を設置するかです。

簡単に言えば、場所取り。

もちろん、作品性や何を表現するかによりますが、太鼓が端っこに追いやられて、視覚的にも音楽的にも太鼓らしさが活かされていないパフォーマンスは寂しいものです。

しかも、太鼓演奏は大きな動きを伴うので、それがダンスの動きと重なるとガチャガチャしてしまいます。

個人的には音楽性を伴っていない視覚的な要素だけで構成されたステージが苦手なので、まずは音楽の流れをきちんと作って、それからシーンごとに太鼓の配置を何度も練り直しています。

また、振付はできませんが、ダンサーの動きの質やフォーメーション、動線のアイデアを出して、踊るスペースに制約が生まれるとしても「そこに太鼓がある」意味づけをしていっています。

太鼓と踊りが一つになる(写真:ミラノ)

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今はやりの映像を駆使することもなく、実にアナログなのですが、「あ、それあり!」というアイデアによって、重々しい太鼓たちがいろいろな表情を見せてくれると思っています。

実は、盆踊りの「櫓の太鼓と踊り」の構図ってすごい装置だなと思っていて、天と地が繋がり、太鼓の波動がセンターから全方向に広がり、その波動の中に踊りの輪ができる。

もう完璧です!

私の公演を「次世代型祝祭パフォーマンス」と銘打っているのも、負けられないぜ!という思いから発したのでした。

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"Leo"チケット絶賛発売中! http://leoeto.com/news

酷暑の夏。叩いて踊って乗り切ろう!

旅は大事だ!んだんだ。−“Leo”へ向けてのプロセス(2)  2018 "LEO"

ダンスと創作していて、振り覚えが早いことは頭と身体の連動が良く、空間を捉える感覚が長けているのだと思います。私も、一先ず、シーンの輪郭を作りたい時は助かります。

でも、先のブログでご紹介した勅使川原さんがキューバでの創作の報告会で仰っていました。

「視覚からの伝承ではなく、言葉による伝達によって、受け取る側が再構築することになる。」

単なる振りの受け渡しではなく、まずは言葉で踊り手に伝えてイメージを創造させるというプロセス。これはとても根気がいることですし、国が違えばより膨大な時間が掛かります。

また、こうも仰っていました。

「知識に対して疑いを持つこと。自分の身体を通すことで過去がある。」

私はこれについては、知識を「情報」、身体を「体験」だとすれば、まんま自分の音楽人生だと思いました。

旅が良い例ですが、いくら訪れる国の情報や国際情勢を頭に入れておいても、私が現地に入ってからは直観や本能的なもので動いていたように思います。

先のイタリア滞在中、最も直観が働いたのがこれ!オレンジと燻製したお魚のマリネ。

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南イタリアではオレンジがお料理に使われますが、これはシーズンだったこともあり、衝撃的なおいしさでした。

事前に得た知識(言葉)と実体験(感性・本能)。このギャップが旅の醍醐味であり、その後の再構築が私の創作そのものだなと改めて感じました。

その旅の中でもアフリカだけで12か国旅した体験が私には強烈だったわけですが、10月の”Leo”では、単にアフリカン・ダンスを太鼓でやりたいということではありません。

太鼓のリズム言語とダンスが一体となった祭り(儀式)をアフリカで体験してしまったことで、自分の太鼓からはどういった身体表現と空間が作れるだろうか。

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”Leo”に向けてリハだけでなく、こうして書き留めていくことで自分のイメージをより鮮明にしていきたいと思います。しばし、お付き合いを(*^^)v

王道!

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ミラノでアフリカン−“Leo”へ向けてのプロセス(1)  2018 "LEO"

6月末から7月頭に掛けて、1年半ぶりにミラノへ行ってきました。今回はカメルーンのダンサーと出会うことが目的の一つでした。

実は、イタリアへ行く前に東京で勅使川原三郎さんがキューバのダンスカンパニー「アコスタ・ダンサ」とコラボを行った報告会があり、そこで伺った話がとても印象に残っていて、勅使川原さんの言葉を何度も思い起こしながらミラノで過ごしていました。

「価値が保証されていないものをやる」

もうこれだけで、勅使川原さんのアーティストとしての生き方を感じさせるメッセージとして受け取りました。

私がミラノまで飛んでアフリカのダンサーと作業したからと言って、公演が企画される保証はないのですが、私にはタイミング良くこの言葉がど真ん中にあったので、そのプロセスからたくさんのイメージを獲得できました。

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事実、彼らはこれまでに出会ったアフリカのダンサーとは違う印象やスキルを持っていて、これからどう転ぶか分かりませんが、今の私のフィーリングと音に合っているなと感じました。

アフリカのダンサーというとアグレッシブでリズムに強い動きをイメージされるかもしれませんが、彼らはとてもナイーヴな一面があり、日本の『間』とは違いますが、時間と空間の使い方に柔らかなスペースを感じました。

もちろん、リズムに乗った時(オンビート)の身体の躍動感は「キターーー!」って感じで無条件に興奮します。でも、競ったらあかん!と自分に言い聞かせながら叩いていました。

まさに、”Power and Patience(パワー・アンド・ペイシェンス)”

「俺が太鼓を叩けば、女は踊る。そのうち女は遠くへ行ってしまう(トランスしてしまう)けれど、(一緒に盛り上がってはだめだ。)戻ってくるまで辛抱強く叩き続けなければいけない。」

これは私の亡き友人であり、シャーマンであるガーナのパーカッショニスト、アジャ・アディが教えてくれたメッセージですが、初めて聞いた時は、私自身が人を踊らせるほどのリズムを叩き出せなかったし、若さゆえに自己燃焼に喜びを感じていました。

太鼓は祭り。力強く、日本男児ここにあり。そして、ドヤ顔(笑)

こういったイメージは確かに保証された価値ではあります。自己燃焼系パフォーマンスは観ているお客さんが同調できれば良いのですが、太鼓の(音の)豊かさと音楽的な可能性を知れば知るほど、その狭義な解釈ではあかんなと思っていました。

もうこの迫力はどうよ!?まともにいったら足元を救われますよ💦

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ちなみにこれはドヤ顔ではありません。ドヤ顔はカメラ目線が基本(爆)チケット絶賛発売中!

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私はアフリカから太鼓におけるパワーの質を教えてもらったように思います。パワーはしなやかさであり、しなやかでないとパワーは生まれてこないと思っています。

W杯を観ても海外のプレーヤーのボールタッチが柔らかいこと。足元にスポッとボールが収まりますよね。あれは、足首を柔らかくしていないと衝撃を吸収できないと思う。専門じゃないけど・・・。

数年前におしゃれに入居者募集していたミラノの高層マンション。あっという間にモッサリしとる。これもある意味、価値が保証されていなかった!?(笑)

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