ハードル爆上げの日々  22世紀に残る音

私は旅の視点で物事を考えることが多いのですが、旅という行為は楽しいことばかりではなく、リスクを伴うため、いかにそれを回避していくかが鍵になります。

ウイルスは金欲しさや人種差別的に攻撃してくるわけではないので、自分で防げる要素が多分にあります。また、専門家によると地球には無数のウイルスが存在し、その中には人間に有用なものもあり、むしろ、ウイルスと共存していく未来という見解がありました。もちろん、旅と今の状況は異なりますが、リスクとの共存という視点で参考になりました。

さて、太鼓を叩けない日々。

太鼓界の中でもいろいろと動きが出てきているようです。奏者らが仲間を募って共感を求める気持ち、アクションを起こそうとすることはとても理解できますし、否定しません。そもそも、私が太鼓を叩く上で大切にしていることはコミュニケーションなので、みんなと会いたいし、音を出したい♪

今後、不安や孤独感から漠然とコミュニティを欲して、「みんなで乗り切って感動をともに!」「ニッポンを元気に!」といったシンプルなメッセージが出てくると思います。でも、単純に流されていく同調の空気感には、いつもすごい警戒心をもっています。

こんなアイロニカル(皮肉)なコメントをすると、「なんで一生懸命やろうとする人がいるのにそんなことを言うのですか!」「一人ではできないことも、同じ思いを持つ人が集まればできる!」と熱く反応される方がいます。

以前、太鼓に求められているものとして、「みんな一緒」という同調性について書きました。譜面に記する「みんな一緒」を意味するユニゾンは使い方次第ですごく効果的ですが、音楽活動はそれぞれで良いと思うのです。

そもそも、感じ方や受け取り方は人それぞれ。演奏する側もお互いに存在は認めつつ、一緒にならずに共存することが大人だし、どれも似たような存在にならない個性につながると思っています。

Leoを探せ!東アフリカツアー(これはジブチだっけかな。まあ、好き勝手に音に反応してたガキんちょ・笑)
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実に個性的な出演者たち(森のダイナミズム / 2019)
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イタリアのスーパーに行けば、チーズだってあり得ない種類よ。
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自分はこの状況においてスマートに過ごす余裕はないですし、今を無事に乗り切ることが第一ですが、国から緊急時に「文化を救う気がない感」が示されたことを冷静に受け止め、次の展開のためにもイメージを深く模索をしているところです。

コミュニケーション能力が高く、行動を起こす人もいる中、私はこんな感じで日々品質向上のハードルを爆上げしていますが、世界が同時体験しているなんてすごいことだし、経済重視だった世界が変わっていくのではないかと思うとワクワクしてきます。

私はあくまでもミュージシャンとして、「みんな一緒」の心理がマイナスに働かないように、「人ぞれぞれ」の感性を大事にしていきたいと思っています。

終わりがないように見えた螺旋階段も登り切れば絶景(コモ湖)
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音楽のある生活  22世紀に残る音

先のブログでも書きましたが、アルバムを制作中です。本当は好評だったプライベートレッスンを継続しながら、音を出す環境を保持したかったのですが、今は活動を控えるべき時。

全世界が同時体験するかつてない事態となっている今、いろいろな価値観が問われているように思います。

コロナウイルスに関しては、森林伐採などの自然破壊によってウイルスが人類に乗り込んできたという考察があるそうです。私が森をテーマにダンスとの創作を始めたのも、元はと言えば、失われていく素材(木や皮)に対する思いでした。

マニアックな太鼓奏者のアルバムとは言え、自然の素材でできた太鼓と音楽を取り巻く環境。そして今、世界で起きていることをすべて同じテーブルに乗せて考えています。

まず、考えたのはリリース形態。できた音をどういう形にして世に放つかです。太鼓の音は極めてダイナミック・レンジが広く、体で感じる音なので、それを聴覚だけで感じる音に収めないとならないことから、太鼓をメインとしたアルバム作りは本当に難しいのです。

音のデジタル化で作業効率は格段にアップし、数値だけ見れば、フルレンジのデジタル配信もできるそうです。また、レンジは狭くなって、ノイズも多くなるのですが、レコードの音は耳障りが良く、何よりも「場」を作ってくれます。

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#kaDON デジタル太鼓

幸いアナログからデジタルへ移行していく過程で、≪音楽のある生活≫が変わっていったことを体験している世代です。生音が一番!いや、時代はデジタル!といった不毛なやり取りも経験しています。

≪音楽のある生活≫と言っても楽しみ方は人それぞれです。ならば、配信・CD・レコードのそれぞれの特性に合う曲を作ってみてはどうかという思いにたどり着きました。

例えば、お皿がいろいろあるならば、それらに相応しい料理(音楽)を作って盛り付けたい。映画ならば、アップリンクに相応しい作品と大きな映画館で観たい作品という感じ。

でも、製造費がすごく掛かってしまうので、商売としては愚策かも知れません。特に日本の音楽市場は同調性を伴う人気と売れるものが良いもの。それ以外はダメなものという評価が基準になっている傾向があります。

もちろん、欧米でも売れないものは冷遇されますが、ショックだったのは、コロナウイルス対策における欧米諸国の文化に対する愛情と、その救済のための底力を見せつけられたことでした。

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腹筋!屋台囃子(実はそんなに腹筋は使わないのだけれど)

日本は、表現活動を行う場として相応しい状況なのかを浮き彫りにしたかも知れません。国に対する残念な思いもありますが、そもそも、文化の下地を作ってきたのは私たち表現者とリスナーです。≪音楽のある生活≫に限っても私は無力感に包まれてしまいます。

だからといって、太鼓奏者の私が自然と共生する理想の社会を目指そう!ドコンコドン♪なんてやらないし、怪しい人になってしまいます。

レコーディングの話に戻りますが、自分が表現したいことの軸は変えず、生音・配信・CD・レコードのそれぞれに相応しい太鼓の音を探り、創作してみる。

自分の誕生日に「豊かさの上に乗っかっている音楽ではなく、どんな状況にでもそこに音楽がある日々を送りたい」とSNSに書き込んだのですが、その1週間後にドイツ政府が同じ趣旨の声明を出して、私は奮い立ちました。

でも・・・

クラウドファンディングについて勉強しないとダメだめだわ。。。
経済とは言いませんが、資金は必要。それが現実。

思いは内に秘め、イメージを爆発させる時が来ることを信じて。

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photo: Tadayuki Naitoh

やることないんか!?そこの君。
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コミュニティとドヤ顔  22世紀に残る音

コロナが世界で吹き荒れる今、海外ひとり旅で身に着けた習性がこの状況で役に立っているような気がします。それは、しんどい時こそ見えてくるものがあるということです。

1年間ひとり旅を続けた時、突然、強烈な孤独感に襲われることがありました。原因はコミュニケーションの欠如です。人との会話がないだけでなく、例え、会話があったとしても、何気ない日常の風景だったり、街のリズムから疎外されてしまう錯覚に陥ったのでした。

このような感覚は、おそらく皆さんの日常にもあるのではないかと思います。私の場合、その状況を打破する唯一の方法は、音楽の現場であり、音楽について考え、創造することでした。時を忘れ、代謝血行も良くなり、蘇ることができました。

ヨーロッパは今、コミュニケーションが断たれる状況に余儀なくされています。前回のブログで「ここ数年の活動と表現したいことの価値に自信を持てるようになってきた」と書いたばかりですが、私も公演やリハーサルが飛んでしまい、音楽活動で生活をするという基盤が簡単にふっ飛んでしまいました。

春以降の生活がどうなるのか心中は穏やかではありませんが、一人で考える時間を作れています。次の創造や新しいライフスタイルのアイデアが見つかりそうな気がするのです。

只今、ニューアルバムの制作中。やはり、至福の時。
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今までの時代、そして、今も太鼓に求められているものは何なのかを考えています。多面的に書き出し、噛み砕いて、そぎ落として残ったものは「コミュニティとドヤ顔」でした。

太鼓を通じたコミュニティ。
昔も今もこのコミュニティの形成が音楽性よりも太鼓のパワーになっていると思います。

1980年代に私が所属していた鼓童。
当時は強烈な個性の集まりでした。2時間の舞台の間だけは奇跡的にまとまっていましたが、それ以外はてんでバラバラでした。でも、そのような集団は追い出されることもなければ、去るもの追わずというキャパシティがありました。

たくさんの太鼓グループが存在している今、同調性が強い集団において考え方やタイプが異なると、それが舞台に活かされることなく、同調する者からの圧力で弾かれるというケースを良く見聞きします。

確かに、私は鼓童時代に世代を超えて一緒に叩ける曲を作ろうと思って「族」を書きました。けれど、同調性が目的ではなく、太鼓アンサンブルとしての音楽の可能性を追求した先にたどり着いた答えがそれでした。

2000年ニューヨーク・ジョイスシアター(The New York Times)
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アメリカのダンスカンパニー・ピロボラスとの創作の現場では、白人と黒人のリアルな人種差別を体験しましたが、ステージでは全くと言って良いほど影響はなく、むしろ個性として光を放っていました。

そして、ドヤ顔(1980年代)

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(写真:鼓童)

太鼓がお祭りだけでなく、国内外の公演やイベントで演奏されるようになりましたが、その人気の根強さに太鼓演奏特有の「ドヤ顔で頑張っている感」があります。

1970年代後半に太鼓が祭りから離れ、エンタテインメントに切り込んでいった経緯がありました。分かりやすく、単純なストーリーとお客さん受けの良い表現。一定の評価を得ることで動員に繋がりました。

プロアマ問わず、パフォーマンスとして占める割合が多い「ドヤ顔」ですが、それらを表現の自由とか多様性、エンタテインメントという言葉で括るには違和感を感じます。

先のコミュニティと同様、そこには音楽性が問われないのです。

今の時代、エンタテインメントの要素は大切ですし、私自身、エンタテインメントで育ってきました。太鼓界においては、その扉を開けた一人だと思っています。

おい、そこの君!ドヤ顔(2015年)

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(写真:鼓童)

これまでの自分の活動を冷静に見極める作業はしんどいのですが、太鼓文化を担ってきた者として、太鼓の価値を再考する時が来ているのだと思います。

今は一刻も早いウイルスの終息を願うばかりですが、平穏な日常に戻った時には音楽やダンス、アートが表現を通じていろいろな価値観を世に放ち、多様性をリードする役割があると思っています。そして、その質を問われたいと思います。

良い音を知ることで深まっていく音楽の魅力。どんな舞台やアートも同じだと思います。

みんな一緒!の心理から生まれるコミュニティ(同調性)とドヤ顔は、今の時代も求められて、それなりの経済効果があるかもしれません。

けれど、本質的なものに触れる機会を遠ざける危険性があり、表現活動の場として相応しくない土壌を広げてしまうことになるかもしれません。

しんどい時こそ、自戒の念を込めて。

見えてきたこと。  22世紀に残る音

数年前からダンスとの創作やワークショップのプログラムを通じて、自分の活動や表現したいことの価値に自信を持てるようになってきていました。そう言えるのは、小さいながらも海外ツアーや国内の自主公演などで成果を上げてきたからだと思います。

でも、決して経済的に回ってきたということではないです。世間で支持されているものとの明らかなギャップに苦しみつつ、むしろ、その違和感が「自分の世界」を推進させてきたように思います。

「深き森」ケルン公演
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写真:ケルン日本文化会館

そして、57にして自分がどうありたいか見えてきたようです。

ダンスとの創作が面白いのは、シーンごとに太鼓奏者の在り方が変わるところにあります。昨今、取り組んでいる「森」をテーマにしたステージでは、私がその森を描写する。また、ストーリーテラーのように進行役となることもあれば、森の化身のごとくパワフルに叩き、ダンサーを鼓舞することもある。

ベルギー公演
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写真:8g8o8

メロディーもハーモニーもない(と思われてしまう)太鼓で表現していく面白さ。なんとマニアックな作業かと思いますが、全能の太鼓ならば、なんでも表現できる!(笑)

さて、コロナ。
全世界がこのような事態に直面していることは記憶にありません。そんな状況下、私は久しぶりにアルバム作りのためにレコーディングをしています。偶然とはいえ、制作中にこのような大事変が起きることは実は3回目なのです。

2001年にNYテロが起きた時は、CD“Duets”とDVD“Presence”を制作していました。そして、2011年3月の震災の時は、CD“Power and Patience”とDVD“Power of Blendrums”を制作中でした。おかげでアルバムのコンセプトが揺らぐわ、タイトル変わるわ。

「ゆらぎ」アムステルダムにて
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そして、いずれも制作中にこみ上げてきたコアな部分は、コミュニケーションでした。

震災の時もそうですが、トイレットペーパーに始まり、モノやお金が手に入らないこと以上に人を不安にさせてしまうのは、まともなコミュニケーションが取れないことではないかと。

歴史上で起きたことを比べるわけではありませんが、災害や戦争、人種差別などもっと厳しく理不尽な境遇において、素晴らしい音楽やダンスを創造してきた先人がいます。

人とのコミュニケーション、神と自然とのコミュニケーション。その創造力に圧倒されながら日々を過ごし、スタジオに入る日に備えています。

コモ湖にて「見えてきた!?」
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失われていく音  22世紀に残る音

私が大切にしている音の表現に「タッチ」があります。

音色や強弱だけでは言い表せない音の要素。心地良いなあと思うリズムには、うねるようなグルーヴとこのタッチがあります。食事に例えると食感(texture)みたいなもの。

料理のテクニックと素材に対する愛情によって生まれる食感は、太鼓の演奏においても重要な音の成分として存在していると思います。

先日、オランダへ飛んだ際、音の在り方についていろいろと思うことがありました。

1980年代に交流があったサークル・パーカッションというグループとその生徒さんとでワークショップを行い、ジャパン・フェスティバルに出演し、彼らのレパートリーにもなっている私の「族」を共演しました。

まあ、彼らの稽古場環境の素晴らしいこと!

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そして、’90年代頃に揃えたと思われる太鼓群。その木目の美しさや叩きこんだ皮から当時の太鼓の素材の素晴らしさを見て、懐かしさを覚えました。

「ああ、いい太鼓だなあ。」

もちろん、私の太鼓もそうです。’90年代までに作った太鼓は皮もボディも素晴らしくメインテナンスの必要がないくらいです。くり抜いたボディに狂いが生じないし(太鼓は製品となってからも動く=変容します)、皮の張替えもしていません。

とは言え、オランダの太鼓は日本と環境が違いますし、所有している彼らはメインテナンスをしたくても輸送費が掛かるし、簡単ではないと話していました。

それだけでなく、彼らは私がかつぎ桶太鼓や他の太鼓の演奏を発展させていったその背景と哲学を知りたいと常々聞いてきました。

太鼓がポピュラーになり、大量生産されることで材料がなくなっていくことは仕方がないことだと思います。

でも、私が昨今の太鼓シーンでとても胸を痛めることは、そのメインテナンスと太鼓との向き合い方なのかな。

例えば、かつぎ桶太鼓の馬皮。

牛皮と比べてとてもデリケートなため、力任せに叩いたら汚い音どころか、簡単に破れてしまいます。それを知らずにドカドカやるものだから、「こんな皮はうちのグループでは使えない!」とか言って、太鼓屋さんにクレームを出す奴らがいるそうです。

正直、何もわかっていないのです。

単なる手段としてマッチョな二の腕で太鼓をぶっ叩くうちに、貴重な素材がどんどんなくなっていくわけです。

マッチョなエダムチーズ
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柔らかなタッチの豊かな音が失われていく。

このところ、日本において伝統とかレガシー(文化的遺産)と声高に言われていますが、とても違和感があって、本質とずれているなと感じることがあります。

要は経済を回すことが根本なんだと思います。それについては、全く否定しません。私も常に、非常に、切実にお金に困っています。

でも、それ以上に「失いたくない音」がある限り、少々経済効率が悪くても表現し続けていきたいと思っています。

燃やせ、消費カロリー!
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オランダから帰って、自分が表現していきたい音楽の立ち位置を自問自答しています。

そういう意味で、11月のライブ「Leo Dynamism−森のダイナミズム」は、一つのターニングポイントになると思っています。

己に対して書き記しておきます。

「54の国を旅してきて、それがどうしたん!?そんな体験は一度チャラにして、改めて大きな視野を持って進め!」

これから続くライブやワークショップに向けて、ベストを尽くしていきたいと思います。
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木を見て森を見る  22世紀に残る音

この1〜2年、ライブのイメージは「森」。

何か具体的なイメージが最初にあったわけではありませんでしたが、太鼓の一音一音とじっくり向き合っていたら、その先に森が見えてきたという感じです。

100年単位の時間をかけて森で生きてきた木を切り出して作られた太鼓ですから、辿っていったら森だったというのも自然な流れなのかも知れません。

「木を見て森を見ず」ではなくて、木(太鼓)を見てたら森が見えてきた(笑)

でも、湧いてきたイメージは人の手によって整えられた美しく、「空気がおいしいねえ」という感じではなく、一歩足を踏み入れたら、大なり小なり生きる力がウジャウジャしている森。

森に君臨するかのような大木もいつかは朽ちていき、それを糧として新たな生命が生まれる。そういったダイナミックな、でも、とても繊細な世界を表現したいなと思った時、太鼓アンサンブルが最も相応しいじゃないかと。

しかも、トリオ。

11/13のLeo "Dynamism"(森のダイナミズム)では、私の創作に欠かせない山内利一君はもちろんですが、ドド〜ン!と打ち放てる叩き手がほしいと思い、鼓童の大太鼓打ち・中込健太君にオファーとなった次第です。

彼がまだ高校生の時、私が太鼓界では初めてオーディションでアンサンブルのメンバーを募集した時に選んだメンバーでもあります。その後、彼は鼓童に入って大活躍。

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手前から健太、私、利一

目に見えるほどの大きな音。見えそうで見えない音。踏んづけたらおしまいの音。ふわふわしてつかめそうでつかめない音。どこまでも伸びていく音。

森で生まれる様々な世界を太鼓の音で全部視覚化する!

そんな思いで創作を続けています。

もう5〜6年前になりますが、文化庁文化交流使として1年間ヨーロッパで活動していた時も、これに近いイメージをダンサーと共有して創作していたように思います。

変わらないなぁと思うところもありますが、森というテーマは深くて簡単ではないですね。でも、自分もそれなりのキャリアを積むことで、このテーマに出会えたのかも知れません。

スピードとパワーは年とともに衰えていきますが、音色とグルーヴ(リズムのうねり)はキャリアを積むほど豊かになると思います。私が憧れたミュージシャンや諸先輩方を観てもそう思います。

とは言いつつ、デモ音源を作るために久しぶりにうりゃ〜〜!
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特に太鼓は熟成が必要なので、世代交代してはダメ。むしろ、幅広くオール世代で取り組んでこそ「太鼓」なんだなと。

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後で気づいたのですが、私が50代、利一君が40代、健太君が30代。ダンサーのご紹介は次回のブログで(-_-;)

これからオランダに向かいますが、向こうの空気を吸うことでまた覚醒すると思います。
だから、超久しぶりに書き留めておいた。

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バリ島からのメッセージ  22世紀に残る音

また、ひとりの偉大なアーティストが亡くなられました。

スウェントラさん。

インドネシア・バリ島でジェゴグという巨大な竹で作られたアンサンブル、スアルアグン(Suar Agung)の創始者。その重低音から醸し出されるリズムのうねりを体感された方も多いかと思います。

スウェントラさんとは、1980年代から間隔が空きながらも何度か共演させていただきました。

ヨーロッパ・ツアーをご一緒した時は小編成でしたが、「レオさん、僕らはお米を食べないとパワーが出ない」と、本当に寂しそうに訴えるスウェントラさんやメンバーに応えねばと、スーパーにお米を買いに行き、劇場のキッチンをお借りしてご飯を炊いてあげました。

その甲斐あってか、その晩の演奏はあまりに凄くて、プロデューサーが「なにかスピリチュアルなおこないをしたのか!?」とビビッていたのを覚えています。

何のことはない、お米を食べただけだよと伝えましたが、まだまだ、アジアの音楽が物珍しい時代に白い米で神がかり的な演奏をする彼らをヨーロッパの人には理解できなかったと思います。

アジャ・アディ(ガーナ)、ドゥドゥ・ンジャエローズ(セネガル)、ミルトン・カルドーナ(プエルトリコ)、フェラ・クティ(ナイジェリア)、スウェントラさん(バリ島)、そして、衛藤公雄(父・筝曲家)。

僕に本物の音楽の素晴らしさ、豊かさを教えてくれた偉大なアーティストたち。

みなさん星になってしまいましたが、旅をし、共演をし、ご飯を食べ、彼らから受け取ったメッセージはあまりに大きいのです。

例え、自分がネガティヴな状況でも「自分の音楽を信じなさい」という鍵だけはなくさないようにしたいです。どこの扉が開くのか分からないし、開けても誰も、何もないかもしれないけれど。

先人が切り開いてきた道は、もっともっと偏見と差別の中で切り拓かれてきたはず。

来週、5月16日にスウェントラさんの葬儀が行われるとのことです。

まさにその日から16年ぶりにステファン・ケントを招聘してライブが始まります。なので、16日の南青山マンダラは僕の大太鼓で奉納演奏から始めようと思います。

かわいい後輩が「託されちゃいましたね」と言ってくれたけれど、タイミングというものは確かに感じます。

3年前の夏、19年ぶりに佐渡のフェスティバルで鼓童とスウェントラさん率いるスアルアグンと共演する前夜、ドゥドゥ・ンジャエローズさんの訃報が入りました。

演出を担当していた僕は再会を祝う舞を小島千絵子さんに託しましたが、同時にドゥドゥへの奉納の舞になりました。

来週からのブレンドラムス・ツアー。これまでになくスピリチュアルで大切な時間を過ごすことになります。

スウェントラさん、ありがとうございました。

合掌

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目覚めちゃいました。  22世紀に残る音

生誕記念3daysライブが終わりました。

ご来場いただいた皆さま、心から感謝いたします。

どうもありがとうございました。

昨年、花道家・上野雄次さんの個展で木像と出会い、直観的に企画したライブ。

私を入れて55体という無茶なオファーを圧倒的な美しさで具現化して下さいました。

私の誕生の地、ニューヨークを彷彿させる摩天楼のような木像たち。

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そして、もう25年以上のお付き合いとなる小宮康生さんの照明によって物語がより鮮明になりました。

東大寺の八角燈篭のようなイメージが実現!

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さらに、キリロラ☆さんのヴォイスをスタジオ編集した音源とKeeda Oikawaさんによる衣装が見事にマッチング☆

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ライブを通じて私が獲得した鋭利な感覚。それは、出演者だけでなく、素晴らしいクリエーターの皆さんによって引き出されました。本当に感謝です!

実は2月に体調を崩しまして、少しずつ体力と気力を取り戻しながら初日を迎えましたが、ここまで心も身体も浄化されるとは思いませんでした。

その回復とともに出会うべくして出会った『森』という深いテーマ。

叩き出す音や創り出すステージだけでなく、社会的なテーマとしてもじっくりと表現していきたいと思います。

もはや、ライブハウスのイメージを覆すマンダラ美術館。秘境の寺院マンダラ。

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WS展開中(復習やで〜)  22世紀に残る音

今年から私が日本各地に出向く形でワークショップを開催していますが、1月と2月だけという期間限定とは言え、7か所10クラスが組まれて現在進行中です。

やはり、子供たちには目が行きますね。可能性に満ちています。

まもなく55になるおっさんとしては、そのまま成長してくれと願ってしまいます。現実的には大人の事情に振り回されて、疲れてしまうのであるマーニ(笑)

とは言え、大人も子供も受講者に忘れてほしくないこと。それは3つの音色。

「ドン(テン)」、「ツ」、「ヌ」

バチが皮に当たる角度を変えて、皮に当たるバチの面積を変えることで音色を使い分けるという話をしました。

かつぎ桶太鼓を担いだ時の打面の高さも、リーチがある人は低くしても叩くことができますが、限られた角度でしかバチを皮に当てられません(=単一の音色)。

身体を使って桶太鼓をコントロールすることで、太鼓の方から迎えにいってあげる(=打ちやすい高さに打面を持っていく)。そのことで選択肢のあるバチのコントロールというものを実演しました。

簡単ではないですし、太鼓を叩いていない人には何のことだか分からないと思います。

でも、ダンスをされている方ならば、脚を地面にどう着地させるかとか、目には見えない空気をどう切っていくか。

手足をどういう角度で動かすことで空間を立ち上げていくかというイメージに置き換えれば、その重要性をお分かりいただけるかと思います。

食べることに置き換えれば、掻っ込むごはんもおいしいですが、食感とかも大事にしたいですよね。ちょっとした手間で素朴だけれどおいしいごはんが作れること。

ワークショップで旅することでそれぞれの土地の風土や食(food)を楽しみながら、そんなことも書き留めておきたくなりました。

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今年も1年、ありがとうございました♡  22世紀に残る音

今年ラストのパフォーマンスは、三宅太鼓「津村明男太鼓道40周年記念公演」でした。

演出も担当させていただきましたが、自分の公演よりも演奏に集中できる環境でしたので、率直に楽しかったです。

そして、鼓童時代にはなかった藤本吉利さんと楽屋一緒(笑)

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京都のレオクラシックス公演もそうでしたが、今回も吉利さんには私の3尺平胴大太鼓をぶっ叩いていただきました。ミスター太鼓打ち!

さて、ここからはマニアックなお話。

ご存知の方も多いと思いますが、私は大太鼓の打面を少し傾けてセットしています。

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Photo: フランス・トゥールースのパイプオルガン・フェスにて

垂直にセットした方がアタックも出て、パンチ力も増します。傾けた場合、バチに一番パワーが乗るポイントを通り過ぎてから、(バチ先が)打面に当たるのでアタックが弱くなる分、響きが強調されます。

ゆえに、長バチが有効的なのです。また、腕に掛かる衝撃が軽減されます。もちろん、吉利さんが叩く時は垂直にセットし直しました。

私はいろいろな楽器と演奏するので、アタックよりも響きを重視。でも、久々に吉利さんの大太鼓を浴びることで「このタッチだよなぁ」。

その場、その場で対応した音を心がけていますが、大太鼓は小さな太鼓と違って、手首の角度を変えたりすると怪我に繋がるため、打面の角度を変えるか変えないかの二者択一になります。

ということで、全くもってマニアックでごめんなさい(笑)

また、今年は太鼓の演奏を見るのが初めてという方の意見を多く聞くことができました。そこで思ったこと。

観る側はストイックな生き方とか、頑張っているといった人間性やドラマに感情移入しがちですが、私が表現者としてステージに立つ限り、あくまでも「その音」によって描かれる物語を魅力的なものにしていきたいと思いました。

50か国以上で演奏してきたミュージシャンはそういないと思いますが、見てきた景色や体験してきたこと。そこで動いた心の部分。それらの体験に匹敵するような音を舞台で表現できたらと思います。

ということで、来年もそんな感じで進んでいくと思います。

では、皆さま。良い年をお迎え下さい。




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