受け止められない自由  ヨーロッパ

ミラノから日本に帰る便でのこと。

経由したフランクフルトの空港でカバンを落としてしまい(しかも2回!)、中に入れてあったPCが見事に崩壊。

気を取り直して、日本行きの機内に乗りましたが、しばらくして異常に気付く。

「臭い!」

誰か足の臭いがきつい乗客がいる。しかも、強烈。。。

このままでは食事もできないと思い、意を決して、フライトアテンダントにメモを渡しました。

「申し上げにくいことなのですが、足の臭いがきつい方がいるようで、このままでは食事ができそうにありません。消臭剤か香水のようなものはないでしょうか。」

フライトアテンダントは即座に対応してくれて、私の席周辺にさりげなく、アルコールを含んだ何かを撒いてくださった。

その際、フライトアテンダントが「実は、他のエリアもかなり臭っておりまして、複数いらっしゃるようなんです」。

こりゃ大変だわ。

海外を旅していて本能的に「きたーっ!」と感じるのは、視覚的なことはもちろんですが、実はグッとくるのは匂いなんですね。

南国の香りってあるでしょ!?あれは素敵ですけど、アフリカとか強烈です。鼻腔が崩壊しそうになったことがありました。

でも、こればかりは仕方がないのです。体臭ですから。

日本のフライトアテンダントの対応は素晴らしく、空いている席に移らないかご提案いただいたり、ファーストクラスを担当されているチーフまで謝罪に来たり。

別に飛行機会社が悪いわけでもないのにね。ここが日本の会社の素晴らしいところ。

残念ながら、その対応に甘えて、横柄な態度をとる乗客もいます。特におっさん。

フライトアテンダントに対して、「おい!」とか。

以前、ファーストクラスに乗ったことがあるのですが、私の隣に座っていたどこぞの社長か会長さん風のおじさんが、アテンダントに「和食になさいますか?洋食になさいますか?」と聞かれ、

「わっ!」

ありえないでしょ。いい大人が。昭和初期の映画かと思いましたよ。

もう一つ、臭いにまつわる出来事を。

韓国から日本に帰る便でのこと。

すでに着陸態勢に入りますというアナウンスの時、通路を挟んで2つ隣にいた韓国のおばちゃんが、ど〜しても食べたくなったんでしょうね。キムチ。

自分で漬け込んだキムチを入れた容器をビニールから取り出して食べようとしました。

当然、ビニールから出しただけで辺りにキムチ臭が漂いました。

悲劇は、その直後に起きたのです。

「ポン!」という音がしたと思ったら、何かが飛んできた。

おばちゃんが容器を開けた途端、気圧で中のキムチが暴発したのです。

私のシャツにもペチャ!と来ましたが、おばちゃんの隣にいたビジネスマンはスーツが台無し。

起爆したおばちゃんの顔はキムチで覆われていました。

でも、その時のフライトアテンダントの対応も素晴らしく、まず、被害にあった人たちに対して「申し訳ありません!」

「え、なんで!?」と思いますよね。でも、徹底してその姿勢。クリーニング代まで出していただきました。

狭い機内に立ち込める足の臭い。キムチの臭い。

この自由をあなたは受け止められますか。

これも種類によっては強烈よね。

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いつ何時も迅速に対応してくれたフライトアテンダント。

今回のフライトもありがとうございました。快適な旅となりました。

また、来るね!ミラ〜ノ!

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ミラノで思う  ヨーロッパ

2年ぶりにミラノへ来ています。

文化庁文化交流使として活動した1年は、ここを拠点にヨーロッパからアフリカ、インドまで縦横無尽に飛び回っていました。

それまで月を往復するほどの距離を旅してきた自分の経験が、文化庁の絶大なるサポートを得ることで開花した1年でした。

しかし、強烈な「孤独」と自分の自由以上に人の自由を受け入れる、受け止める難しさを学んだ1年でもありました。

あるダンスカンパニーとコラボしていた時、私の作品に参加していたダンサーが感情を露わにわめき散らしていたことがありました。

状況が分からなかった私は、私とのコラボで何かストレスがあったのか呆然としていました。

その時、ある日本人の方から「彼らにとって感情を出すことは当たり前のこと。もし、それが出来なくなったらそれこそおかしくなってしまう。」といったことを言われました。

結局、作品とは全く関係ないことで納得いかないことがあり、それについて周囲に熱く訴えていたとのこと。

激しいです。男性も女性も。

でも、思ったのです。

「私に自由を!」は言えるようになっても、人の自由に対して寛容であることは難しいなあと。

日本は感情を露わにしないことが美徳ですし、なにかおかしいと感じることがあっても率先して問題提起はしません。

何となく大人な感じがしますが、要は事なかれ主義。

結局、悶々とした空気の中、声が大きい人の意見が通ってしまうという現場があちこちあります。どんな事象においても。

太鼓に目を向けても、叩くという行為は感情を露わにしたパフォーマンスが受け入れられがちですが、「お客さんに喜んでもらうため(感動させるため)」という何か対価を求めた途端にその感情表現は美しくなくなります。

その表現が自然な感情のほとばしりなのか。

表現の自由とは大きな隔たりを感じます。

あのアメリカですら、自由という概念が内向きになってきた今。

街のカフェでいろいろと思うミラノ滞在です。

カフェちゃうけど〜。

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太鼓も新しいお部屋にお引越し(笑)

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トゥルーズでピーン♪&キーン!  ヨーロッパ

およそ、2年ぶりのヨーロッパ。

経由したパリに着いた時点で感じましたが、とにかく気持ちが良い。

と言うか、気分がいい。

身体のどこかでピーン♪とスイッチが入るのが分かります。

今回は、文化交流使として活動していた2014年にアムステルダムのOude Kerk(旧教会)で共演したパイプオルガンのJacob(ヤコブ)さんとオルガン・フェスティバルに参加するため、フランスの南西に位置するトゥルーズへ。

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文化交流使の時にもよく利用したアパートメント・ホテルのベッドは、深い海にぐ〜んと沈み込むような、少し抵抗があって、とても寝心地が良いもので朝まで爆睡でした。

文化交流使の時は、1年間一人旅。しかも、長く滞在しても2週間という移動の連続でしたので、後半4か月はイタリアのミラノを拠点にして、そこから地中海を縦横無尽に飛び回っていました。

なので、ミラノへ帰る度に(ベッドは違うけれど)グーンとゆっくり沈み込むように休めるベッド。それは、もう至福の時でした。

でも、やはりそこは1年の長旅。

ベッドに沈み込んでも、さらに深いところではキーンと張り詰めた、触れたらスッと切れそうな線があって、日本に帰るまでそのキーンとした線がなくなることはありませんでした。

この張り詰めた線って、空港に着いた時にピーン♪と入るスイッチとどこが違うのだろう。

このピーンでもキーンでもない、荘厳な佇まい。穏やかな気持ちになります。

Saint Sernin(サンセルナン教会)もちろん、世界遺産。

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リハが何時に始まり、自分たちの演奏がいつなのかも直前まで分からないという、「ったく、も〜〜」というフェスティバルでしたが(笑)、この場で演奏できることに感謝。

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そして、なんやかんや、本番には帳尻を合わせてくる感じ。日本とはプロセスが違うと言えばそれまでですが。まいっか(笑)

スクリーンには、パイプオルガンの中で演奏するヤコブさんや私が映し出されました。

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教会なのでお手洗いも楽屋もありませんでしたが、スタッフや出演者の食事を提供する場は、なんとポンコツなバスを改造した移動レストラン。

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こういうところが、また素敵で憎いのです。

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