久しぶりのアメリカ  太鼓

先月、久しぶりにアメリカへ行ってきました。

アメリカ国籍でありながら、そのプライオリティを全く活かす気もなく、ヨーロッパやインドなどに足を運ぶことが多かった私。

理由はいろいろとあります。

でも、言わない(笑)

さて、今回の目的は、浅草・宮本卯之助商店のアメリカ法人kaDON(かどん)が展開する、ある映像コンテンツの収録とワークショップでした。

サンノゼ空港に到着後、直にワークショップの会場となるサンフランシスコ太鼓道場へ向かい、17個もの桶太鼓を一人で締め上げました。

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いきなりですよ、いきなり!

しかも、ほとんどが新しい太鼓なのでロープが硬くて痛い。

そんなこんなで始まったワークショップでしたが、開始早々、近所で水道管が破裂して一時中断。

いきなりですよ、いきなり!

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私に対するアメリカの歓迎ぶりが早くも最高潮に(笑)

ところで、海外ではレクチャー&デモを何度も経験している私ですが、ワークショップは初めてなのでした。

やはり、日本人ほど器用ではないし、大柄な人が多いので、身体全体を使って桶太鼓と一体感を持ちましょう!と言っても難しいかなと思っていました。

ところが、今回のワークショップを通じて、変わったなあと思いました。

とても皆さん素直。

バチを持つ腕の重さを「叩くエナジー」として感じながら、そのバチを皮に当てる。

桶太鼓は馬皮なのでそれで十分に音が出るわけですが、すんなりと受け止めてくれて、太鼓への理解=優しさが深まってきたのかなと。

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そして、もう一つの映像コンテンツに関しては、おそらく年内には発表があると思うので、それまでお楽しみなのですが、サンフランシスコという場所が場所だけにカメラクルーも元アップルのエンジニアであったり、シリコンバレーに勤めていたり。

センスもユーモアもあり、楽しい収録となりました。

そして、宮本のスタッフ(右からShojiくん、宮本社長、あやさん)とワイナリーへ!

こうでなくちゃ(笑)

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Take me higher!(アンサンブルクラス。なにしてんねんて?)

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大変お世話になったサンフランシスコ太鼓道場の田中先生。

ありがとうございました!

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俺、自慢。かつぎ桶太鼓編−その2  太鼓

かつぎ桶は、獅子踊(ししおどり)や韓国のチャンゴのように体に太鼓を固定させて叩くわけではないので、いかに太鼓をコントロールして身体との一体感を作るか。

よく訓練された中型犬のようにお散歩できるか(笑)

叩き方も正面に構える太鼓と異なり、左手の使い方が難しく、その稼働範囲も狭いので、アクセントや大きな音を出しにくい。

しかも、上から打面を見ても表面は薄いお皿のようにしか見えないし、裏面に至っては見えない(笑)

見えない面にバチを当てていくなんて普通じゃないよね。

体育会系のノリで裏面を叩き始めたけれど、次第に自分では付けているつもりのアクセントが弱いなどの理由から音楽的なアプローチへと変わっていった。

体を捻りながら左ももで太鼓をけり上げるように正面に持ってくると、裏面が引き寄せられ叩きやすくなる。

そして、左手の稼働範囲も格段に大きくなり、音だけでなく視覚的なアクセントも付けられるようになった。

自分が踊るように叩けば、太鼓も踊って見える。

な〜んて、言葉で説明しても分からないよね。

ガハハハハハハ!!!

そう、実はかつぎ桶がそれまでのパフォーマンスを激変させたのは、こういった奏法だけではないのだ。

叩き手の「表情」が加えられたのだ。

それまでは太鼓に向かって無心に叩くことが美徳とされていた和太鼓。

それを「叩くのが楽しい〜!」という歓びをそのまんま顔に出して、かつぎ桶を叩く奴が登場したのだ。

そう、お前だよ!お前!(俺だよ・笑)

‘80年代初め、これはちょっとした物議をかもした。

「笑うな!まじめに叩け!」とか、「お前の鼓童じゃない!どうなっているんだ、鼓童は!」とか。

昔から応援して下さっていた鼓童ファンや太鼓屋さんまでもが私を非難した。

その一方、昔から舞台を支えてくれていた外部スタッフは、「いやあ、アンコールがやっと祭りらしくなってきた。今までは葬式だよ・笑」とか、海外のお客さんからは「初めて笑うニホンジンを見ました」とか。

ぶっちゃけ、当の本人はあまり気にしていなかったんだけどね。

人を意識してそうしていた訳でなく、自然と笑って叩く自分がいて(笑)

要は、状況に応じてってことなんじゃないのって。

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Photo: Kazunori Hashimoto

俺、自慢。かつぎ桶太鼓編−その1  太鼓

シリーズも最終回(笑)かつぎ桶太鼓!

決してメジャーな太鼓シーンではありませんが、郷土芸能とは異なる’70年代から始まった太鼓の世界で颯爽と登場したのが、かつぎ桶太鼓といっても過言ではないでしょう。

元々は東北の太鼓。軽い杉の木を竹で編んだ「たが」で組み合わせた胴。それに馬皮をあて、麻縄で締めたのが一般的なかつぎ桶太鼓。

そのかつぎ桶と私の出会い。

‘80年代初め、鼓童の音楽監督だった山口幹文氏が、「三宅」太鼓以外にこれといってまだ演目のない新人の私にかつぎ桶をやってみないかと勧める。

「え〜やん、一緒にやろや〜。ガハハハ!」と「三宅」の看板プレーヤーだった富田和明氏が横で笑う。

クールな関東人とバリ関西人のやりとり。個人的には海外ツアーよりもインパクト大だった(笑)

そして、ちょうどその頃、韓国のキムドクス氏率いる「サムルノリ」が各界のミュージシャンたちを魅了し、国内外でパフォーマンスを展開していた。

今でも忘れない芝・増上寺での衝撃!

叩いて、唄って、踊って。

変拍子を自在に操り、予測できないスリリングな展開。そして、強烈なグルーヴ。

ただただ圧倒された。そして、影響を受けた。当然だよね。

でも、彼らが叩くチャンゴとかつぎ桶はコンセプトが違う。チャンゴの皮は犬と牛。バチも違う。

真似たところで意味がないし、そもそも真似ることを許せなかった私。

チャンゴと比べて滑舌の悪いかつぎ桶。良く言えば甘い音色。

もがく。

そんな時に事件は起きた。そのサムルノリとの共演だ。

フィナーレでサムルノリのグルーヴは全快!このままではいかん!ということで、若手のリーダー・斎藤栄一氏がまさかのまさか。

かつぎ桶を叩きながら、サムルノリのキムドクスの前で例の両面打ちを勢いでやっちまった。

飛んで火に入る夏の虫。結果、失笑され撃沈。とほほ。

「これじゃあ、運動だよね。(かつぎ桶に限らず)音楽にしたい。」

私の心に真っ赤な火が灯った。

そして、着眼点を変えて、俺のかつぎ桶と向き合うことになる。

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photo: Kazunori Hashimoto

つづく

俺、自慢。長バチ番外編  太鼓

しばらく空いてしまった自慢シリーズ(笑)

かつぎ太鼓の前に大太鼓で使用する長バチについて。

そもそも、この長バチや竹のバチなどは郷土芸能にもあるし、歌舞伎でも使われている。

で、私とこのバチの出会いは仙波清彦師匠。

師匠と共演する機会があり、「レオちゃん、これ覚えて。叩き方はこう。」

と言って、しなやかなバチさばきで「着倒(ちゃくとう」という古典の指導を受ける。

私、まるで叩けやしない(汗)まず、バチの構えが違う。

太鼓に向かって斜めに構えて、右バチは普通に打面に当てていくけれど、左バチは手の甲を打面に向けてそのまんまの角度で当てていく。

軽いタッチで逆スナップ!?できないって!

・・・もがく。

浅草の宮本スタジオで一人大太鼓に向かって、「育ち違うし」とか「小さい頃からやってないし」とか、自分に言い訳しながら練習していた時にひらめく。

大太鼓らしく太いバチで低い音を出しながら、左手のこの細いバチでアクセント入れたらどうよと。

韓国の打楽器・チャンゴ的なアプローチをして、「行けるじゃん!」と思ったのも束の間。

長いバチを打面全体に当てたら、「ジ〜〜〜〜〜〜ッ!」

あら大変!それまでにない凄まじいノイジーな音が生まれた。

リムショット(という言い方は正確ではないが、バチ全面を皮に当てるドラムの奏法)も強烈。

そこからはコンビネーション。ひと叩きで二度おいしい奏法が出来上がっていく。

この音とチャッパのミュートした音などは発音が言語に近くなるからか、海外のお客さんにとっては楽しくなるようだ。

コラボする時は共通の絵(イメージ)が作りやすくなるしね。

勇ましいだけが太鼓じゃなくってよ!

ところで、長バチで叩いている写真がないんだわ。

なので、手で叩いている写真をば。これも海外の方には愛を感じるそうです(love)

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photo: Hashimoto Kazunori

俺、自慢。チャッパ・ゴーゴー(笑)  太鼓

またまた、鼓童時代の古いお話。

当時の音楽監督的存在だった山口幹文氏から「鳴り物のスペシャリストを育てたい」という話を聞き、「(金子)竜太郎でしょ」というやり取りがあった。

竜太郎本人もチャッパの新たな奏法を考えている最中、南米ツアーがあり、ブラジルのサンパウロでワークショップが開かれた際、インド人からそれまでにないシンバルの奏法が伝授された。

例の「チ〜ヤッチャ、チ〜ヤッチャ」サウンドだ。

もう、メンバー一同、ハマったね(笑)

稽古に身が入らない時とか、チャッパは楽しかった。

そして、私はチャッパソロをフィーチャーした「燎原の火」という曲を書く。

ここでギターがミュートしながら刻む感じとか、イメージを竜太郎に伝えたりしながら、さらに音を開拓。

そこから、ツイン・チャッパになり、バトルというか掛け合い漫才風やり取りが出来上がる。

その頃、鼓童はロンドンのサドラーズ・ウェルズというダンスの殿堂で2週間公演を行なっていて、「スレッジ・ハンマー」や「ビッグタイム」といったヒットを連発していたピーター・ガブリエルやストリート・パフォーマンスで人気があったSTOMPが見に来ていた。

そして、数年後。STOMPの公演を観る。

ゴミ箱のふたでやり合ってる二人のパフォーマンスを観て、「あっ、どこかで見たような」(笑)

後に、STOMPは’80年代の鼓童に影響を受けたとドキュメンタリーで賛美してくれていたけれど、私らが稽古場であ〜だこ〜だやりながら作り上げた「チャッパ・パフォーマンス」がエンタテインメントという仕掛けに昇華していく様を目の当たりにしたのだ。

別にパクリだ!とか、そんな小さな感情は起きなかった。

むしろ、郷土芸能という下地がなかった私にしてみれば、自分達の着眼点や感性を信じてやって行こうぜ!GO!GO!と。

このときめき。「俺、自慢」
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photo: Kazunori Hashimoto

さて、「俺、自慢」シリーズの最後はかつぎ桶太鼓。

お楽しみに。

ところで、タイトルのchappagogoは昔の私のメルアド(笑)

俺、自慢。象足(笑)  太鼓

生誕ウィークからのシアターブレンドラムス!

特にシアターブレンドラムスという企画をテーブルに載せた途端、制作工程が今までとは劇的に変わってきている。

まあ、50という節目もあるのかな。

これまで30年をどう過ごし、ものを創ってきたか。

そして、これからの5年、10年をどう過ごし、どんなものを創っていきたいのか。

そんな思いでステージを作っている。

ちょっと古い話。

25年前、私は鼓童というグループにいた。その鼓童がスタートした頃、いわゆるフルボディの大太鼓はなかった。

代わりに平胴大太鼓というものが3台稽古場にあった。

私がグループに入った頃はすでにフルボディの大太鼓は存在していて、平胴大太鼓は稽古用として鉄枠にぶら下がっていた。

そして、拠点の佐渡島で「アースセレブレーション」という祭りを立ち上げた頃、私はその大地の祭りに相応しいテーマ曲になるような曲を書きたいと思っていた。

そこで、前から平胴大太鼓の音の方が好きだった私は、この太鼓を鉄枠から降ろし、伏せてはどうかと考えた。

そして、大地の祭りらしく「木の切り株」みたいな台に載せてさ、低音カーペットみたいなのってどう!?ってね(笑)

イメージしたものを描いて、佐渡の職人、故・西須さんに手渡す。

数週間後、本当に切り株で台が納品された。マジで驚いた。

さらに、稽古を進めていく中で「レオ!これええやろ!」と当時のリーダー&エンタテイナー、近藤克次氏が郷土芸能で使うバットのようなバチを持ってきて振りかぶる。

「ど、ど〜〜〜ん!」

イメージが形に、形が表現に。

そして、「族」という曲が完成した。

この当時の鼓童の創成期こそがすべての原点であり、「俺、自慢」

「シアターブレンドラムス」の創成期・・・来る・・・(笑)

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次回の「俺、自慢」はチャッパ。

Workshop 番外編(デカイ音)   太鼓

学生時代、デカイ音を浴びに銭湯のような感覚で武道館へ通っていた私(笑)

デカイ音と言うのは、ま、デカイ音だ(笑)

もうひとつ、似た解釈の言葉で「鳴る音」ってのがある。

これは、楽器のボディ全体が良く響いて音が発せられている状態。音楽性と技術が伴う。

で、和太鼓。人類史上最大のデカイ生音を出す道具なり(笑)

WSでも言ったけれど、叩き手が単にデカイ音を発しているだけならば、それは音楽<運動になっちゃう(汗)

そこに大きく感じさせる音楽性があるかどうか。

例えば、静寂で突然鳴り響く携帯の着メロ。あれって物理的な音量は大きくなくても、けたたましいっ!と感じる。

つまり、デカイ(と感じる)音はプロセスによって作り出される。

それを踏まえて曲を作ると、太鼓はまさに最強の道具になる。

ということで、デカイ音!の取り扱いはとっても難しいのだ。

Workshop 番外編(響き)  太鼓

やらねばならぬことが「ドドン!」と音を立ててやってきたんで、ちょいと間が空きました(汗)

さて、4月の京都は久しぶりに太鼓アンサンブルにフォーカスを当てようと思っています。

ワークショップでも言ったけれど、太鼓演奏の多くが「一糸乱れず系超ユニゾン」。

もちろん、それはそれで太鼓の魅力の一つなんだけれど、あくま〜でも要素のひとつ。

また、よく太鼓の響きが云々と言われるわりには、その響きが重なり合う「響き」に着目していないのはどうよ!?

太鼓の響きの基本は、皮が厚く低い方が打面。皮が薄めで高い方が裏面。

もちろん、太鼓や皮の特性もありますが・・・。

鼓童在籍時、ピッチが分かるように太鼓に番号をつけていた。

「1号と2号は響きが合わないから、1号と3号とでテーマを叩こう。で、2号は外して、4号でソロ!」なんてね。

メロディ楽器のハーモニーとは違うけれど、それぞれの太鼓が持っている響きをつかんでおくと、全員で叩く「ドン!」が全然変わってくる。

京都は4人。ダイナミクスレンジも大編成とは違う。

次回は、そこら(デカイ音!?)について書いてみます。

Workshop 番外編  太鼓

鼻炎な〜れ(爆)と闘いながらワークショップを終えて、まさに創作に入っている時だけにいろいろと感じることがあった。

すでに過去のWSでも言っていたことだけれど、太鼓には2つの練習がある。

音に向き合う練習と人前で演奏するための練習。

音に向き合う練習とは、まさに良い音とリズムの追及。

人前で演奏するための練習とは、演奏すること自体でそこそこ受ける太鼓演奏の在り方と立ち振る舞いや所作の追及。

これは、ビジュアル系でない限り(笑)あまり定義されることがないことかもしれない。

でも、この2つは意識的に分けて行われるべきで、残念ながら、かなりの叩き手が一緒くたにして、日々汗をかいて、やった!感に満たされている。

例えば、リズムにアクセントをつけるには「力」でアクセントをつけるのではなく、同じ力で叩く場所やバチが皮に当たる角度(=バチ先が皮に当たる面積)を変えることでアクセント(音色、響き)を変えることができる。

もし、絵的(=劇的)なアクセントをつけたいのであれば、腕の振りや表情といった要素に工夫が必要になるわけだけれど、それらはそれぞれが所属する太鼓グループの美意識によって判断が異なる(と、皮肉っぽく言ってみる・笑)

受け取り方によっては、いろいろな解釈が生まれてしまうかもしれないけれど、叩くというシンプルな行為はとても奥深いものがあり、先のWSでも魑魅魍魎とした人間像が垣間見えてきたものだ。

明日はこういったことも含め、叩きまくり、蹴りまくり、踏みまくる「ブレンドラムス」の新たな挑戦について書いてみたいと思う。

とにもかくにも、4/20@京都のメールオーダーは受け付け開始してるし(笑)

おやすみ〜。

WSのQ&A-2  太鼓

WSで最も多かった感想がこれ。

「跳ねるリズムは難しい・・・」

ですね。確かに難しいし、大勢でドッカドッカ叩いたところで何も生まれない。

通称ドンドコ系と言われるリズムよりも、歌うということが問われるのかもしれないね。

正直、自分が太鼓を始めた頃、和太鼓の跳ねるリズムに対して、世間的にある種シニカルな評価があったので手を付けなかった時期もありました。

ところが、自分が学生の頃、盛んに聴いていたドラマー、ジェフ・ポーカロのビートに活路を見出したのでした。

彼のグルーヴは最高(TOTOとかマイケルのアルバムで聴けるよ)

具体的なアドバイスとしては、タッチは軽く・・・でしょうか。

脱・気合(爆)

あははは、これが一番むずいでしょ!?(笑)




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