音楽のある生活  22世紀に残る音

先のブログでも書きましたが、アルバムを制作中です。本当は好評だったプライベートレッスンを継続しながら、音を出す環境を保持したかったのですが、今は活動を控えるべき時。

全世界が同時体験するかつてない事態となっている今、いろいろな価値観が問われているように思います。

コロナウイルスに関しては、森林伐採などの自然破壊によってウイルスが人類に乗り込んできたという考察があるそうです。私が森をテーマにダンスとの創作を始めたのも、元はと言えば、失われていく素材(木や皮)に対する思いでした。

マニアックな太鼓奏者のアルバムとは言え、自然の素材でできた太鼓と音楽を取り巻く環境。そして今、世界で起きていることをすべて同じテーブルに乗せて考えています。

まず、考えたのはリリース形態。できた音をどういう形にして世に放つかです。太鼓の音は極めてダイナミック・レンジが広く、体で感じる音なので、それを聴覚だけで感じる音に収めないとならないことから、太鼓をメインとしたアルバム作りは本当に難しいのです。

音のデジタル化で作業効率は格段にアップし、数値だけ見れば、フルレンジのデジタル配信もできるそうです。また、レンジは狭くなって、ノイズも多くなるのですが、レコードの音は耳障りが良く、何よりも「場」を作ってくれます。

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#kaDON デジタル太鼓

幸いアナログからデジタルへ移行していく過程で、≪音楽のある生活≫が変わっていったことを体験している世代です。生音が一番!いや、時代はデジタル!といった不毛なやり取りも経験しています。

≪音楽のある生活≫と言っても楽しみ方は人それぞれです。ならば、配信・CD・レコードのそれぞれの特性に合う曲を作ってみてはどうかという思いにたどり着きました。

例えば、お皿がいろいろあるならば、それらに相応しい料理(音楽)を作って盛り付けたい。映画ならば、アップリンクに相応しい作品と大きな映画館で観たい作品という感じ。

でも、製造費がすごく掛かってしまうので、商売としては愚策かも知れません。特に日本の音楽市場は同調性を伴う人気と売れるものが良いもの。それ以外はダメなものという評価が基準になっている傾向があります。

もちろん、欧米でも売れないものは冷遇されますが、ショックだったのは、コロナウイルス対策における欧米諸国の文化に対する愛情と、その救済のための底力を見せつけられたことでした。

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腹筋!屋台囃子(実はそんなに腹筋は使わないのだけれど)

日本は、表現活動を行う場として相応しい状況なのかを浮き彫りにしたかも知れません。国に対する残念な思いもありますが、そもそも、文化の下地を作ってきたのは私たち表現者とリスナーです。≪音楽のある生活≫に限っても私は無力感に包まれてしまいます。

だからといって、太鼓奏者の私が自然と共生する理想の社会を目指そう!ドコンコドン♪なんてやらないし、怪しい人になってしまいます。

レコーディングの話に戻りますが、自分が表現したいことの軸は変えず、生音・配信・CD・レコードのそれぞれに相応しい太鼓の音を探り、創作してみる。

自分の誕生日に「豊かさの上に乗っかっている音楽ではなく、どんな状況にでもそこに音楽がある日々を送りたい」とSNSに書き込んだのですが、その1週間後にドイツ政府が同じ趣旨の声明を出して、私は奮い立ちました。

でも・・・

クラウドファンディングについて勉強しないとダメだめだわ。。。
経済とは言いませんが、資金は必要。それが現実。

思いは内に秘め、イメージを爆発させる時が来ることを信じて。

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photo: Tadayuki Naitoh

やることないんか!?そこの君。
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