木を見て森を見る  22世紀に残る音

この1〜2年、ライブのイメージは「森」。

何か具体的なイメージが最初にあったわけではありませんでしたが、太鼓の一音一音とじっくり向き合っていたら、その先に森が見えてきたという感じです。

100年単位の時間をかけて森で生きてきた木を切り出して作られた太鼓ですから、辿っていったら森だったというのも自然な流れなのかも知れません。

「木を見て森を見ず」ではなくて、木(太鼓)を見てたら森が見えてきた(笑)

でも、湧いてきたイメージは人の手によって整えられた美しく、「空気がおいしいねえ」という感じではなく、一歩足を踏み入れたら、大なり小なり生きる力がウジャウジャしている森。

森に君臨するかのような大木もいつかは朽ちていき、それを糧として新たな生命が生まれる。そういったダイナミックな、でも、とても繊細な世界を表現したいなと思った時、太鼓アンサンブルが最も相応しいじゃないかと。

しかも、トリオ。

11/13のLeo "Dynamism"(森のダイナミズム)では、私の創作に欠かせない山内利一君はもちろんですが、ドド〜ン!と打ち放てる叩き手がほしいと思い、鼓童の大太鼓打ち・中込健太君にオファーとなった次第です。

彼がまだ高校生の時、私が太鼓界では初めてオーディションでアンサンブルのメンバーを募集した時に選んだメンバーでもあります。その後、彼は鼓童に入って大活躍。

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手前から健太、私、利一

目に見えるほどの大きな音。見えそうで見えない音。踏んづけたらおしまいの音。ふわふわしてつかめそうでつかめない音。どこまでも伸びていく音。

森で生まれる様々な世界を太鼓の音で全部視覚化する!

そんな思いで創作を続けています。

もう5〜6年前になりますが、文化庁文化交流使として1年間ヨーロッパで活動していた時も、これに近いイメージをダンサーと共有して創作していたように思います。

変わらないなぁと思うところもありますが、森というテーマは深くて簡単ではないですね。でも、自分もそれなりのキャリアを積むことで、このテーマに出会えたのかも知れません。

スピードとパワーは年とともに衰えていきますが、音色とグルーヴ(リズムのうねり)はキャリアを積むほど豊かになると思います。私が憧れたミュージシャンや諸先輩方を観てもそう思います。

とは言いつつ、デモ音源を作るために久しぶりにうりゃ〜〜!
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特に太鼓は熟成が必要なので、世代交代してはダメ。むしろ、幅広くオール世代で取り組んでこそ「太鼓」なんだなと。

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後で気づいたのですが、私が50代、利一君が40代、健太君が30代。ダンサーのご紹介は次回のブログで(-_-;)

これからオランダに向かいますが、向こうの空気を吸うことでまた覚醒すると思います。
だから、超久しぶりに書き留めておいた。

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