祭り体験がないゆえに(4)  祭り体験がないゆえに

日本もそうですが、村や街も成長、もしくは退廃していきます。なので、私が体験したアフリカの村や街の原風景がすでになくなってしまったとしても想像できます。

再び機会があって、アフリカを訪れた時に素晴らしい出会いや体験があるかもしれませんが、ありのままの自然やその当時のままを期待するのは、私のような旅人の勝手だと思っています。

実は、1991年に初めて訪れたアフリカ・ツアーでは写真家が同行しましたが、撮られた写真をまともに見たことがないのです。

アフリカで体験したことが自分の表現や生きて行く糧となっている今、人の記憶は都合よく刷新されるものとは言え、お気に入りに保存しておく今日的な消化では単に凄い思い出にしかならなかったと思います。

ある意味、アフリカ体験を蘇らせてくれた54体の木像たち(花道家・上野雄次作)

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残るものと儚く消えていくもの。

昨年の暮れから膨らましているイメージですが、経済の下で急速に自然界の生態系が破壊されていくアフリカ大陸。それこそ儚く消えてしまったら、人類はおしまい。

「祭り体験がないゆえに」と始めたブログですが、アフリカ体験が自然と人間の営みを気づかせてくれました。

良い意味で地域性や慣習に囚われることのない、私なりの祝祭を創造していくことができたらと思う今日この頃。と言うか、太鼓を始めてからずっとそこにフォーカスしてるやん(笑)

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