ハードル爆上げの日々  22世紀に残る音

私は旅の視点で物事を考えることが多いのですが、旅という行為は楽しいことばかりではなく、リスクを伴うため、いかにそれを回避していくかが鍵になります。

ウイルスは金欲しさや人種差別的に攻撃してくるわけではないので、自分で防げる要素が多分にあります。また、専門家によると地球には無数のウイルスが存在し、その中には人間に有用なものもあり、むしろ、ウイルスと共存していく未来という見解がありました。もちろん、旅と今の状況は異なりますが、リスクとの共存という視点で参考になりました。

さて、太鼓を叩けない日々。

太鼓界の中でもいろいろと動きが出てきているようです。奏者らが仲間を募って共感を求める気持ち、アクションを起こそうとすることはとても理解できますし、否定しません。そもそも、私が太鼓を叩く上で大切にしていることはコミュニケーションなので、みんなと会いたいし、音を出したい♪

今後、不安や孤独感から漠然とコミュニティを欲して、「みんなで乗り切って感動をともに!」「ニッポンを元気に!」といったシンプルなメッセージが出てくると思います。でも、単純に流されていく同調の空気感には、いつもすごい警戒心をもっています。

こんなアイロニカル(皮肉)なコメントをすると、「なんで一生懸命やろうとする人がいるのにそんなことを言うのですか!」「一人ではできないことも、同じ思いを持つ人が集まればできる!」と熱く反応される方がいます。

以前、太鼓に求められているものとして、「みんな一緒」という同調性について書きました。譜面に記する「みんな一緒」を意味するユニゾンは使い方次第ですごく効果的ですが、音楽活動はそれぞれで良いと思うのです。

そもそも、感じ方や受け取り方は人それぞれ。演奏する側もお互いに存在は認めつつ、一緒にならずに共存することが大人だし、どれも似たような存在にならない個性につながると思っています。

Leoを探せ!東アフリカツアー(これはジブチだっけかな。まあ、好き勝手に音に反応してたガキんちょ・笑)
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実に個性的な出演者たち(森のダイナミズム / 2019)
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イタリアのスーパーに行けば、チーズだってあり得ない種類よ。
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自分はこの状況においてスマートに過ごす余裕はないですし、今を無事に乗り切ることが第一ですが、国から緊急時に「文化を救う気がない感」が示されたことを冷静に受け止め、次の展開のためにもイメージを深く模索をしているところです。

コミュニケーション能力が高く、行動を起こす人もいる中、私はこんな感じで日々品質向上のハードルを爆上げしていますが、世界が同時体験しているなんてすごいことだし、経済重視だった世界が変わっていくのではないかと思うとワクワクしてきます。

私はあくまでもミュージシャンとして、「みんな一緒」の心理がマイナスに働かないように、「人ぞれぞれ」の感性を大事にしていきたいと思っています。

終わりがないように見えた螺旋階段も登り切れば絶景(コモ湖)
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音楽のある生活  22世紀に残る音

先のブログでも書きましたが、アルバムを制作中です。本当は好評だったプライベートレッスンを継続しながら、音を出す環境を保持したかったのですが、今は活動を控えるべき時。

全世界が同時体験するかつてない事態となっている今、いろいろな価値観が問われているように思います。

コロナウイルスに関しては、森林伐採などの自然破壊によってウイルスが人類に乗り込んできたという考察があるそうです。私が森をテーマにダンスとの創作を始めたのも、元はと言えば、失われていく素材(木や皮)に対する思いでした。

マニアックな太鼓奏者のアルバムとは言え、自然の素材でできた太鼓と音楽を取り巻く環境。そして今、世界で起きていることをすべて同じテーブルに乗せて考えています。

まず、考えたのはリリース形態。できた音をどういう形にして世に放つかです。太鼓の音は極めてダイナミック・レンジが広く、体で感じる音なので、それを聴覚だけで感じる音に収めないとならないことから、太鼓をメインとしたアルバム作りは本当に難しいのです。

音のデジタル化で作業効率は格段にアップし、数値だけ見れば、フルレンジのデジタル配信もできるそうです。また、レンジは狭くなって、ノイズも多くなるのですが、レコードの音は耳障りが良く、何よりも「場」を作ってくれます。

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#kaDON デジタル太鼓

幸いアナログからデジタルへ移行していく過程で、≪音楽のある生活≫が変わっていったことを体験している世代です。生音が一番!いや、時代はデジタル!といった不毛なやり取りも経験しています。

≪音楽のある生活≫と言っても楽しみ方は人それぞれです。ならば、配信・CD・レコードのそれぞれの特性に合う曲を作ってみてはどうかという思いにたどり着きました。

例えば、お皿がいろいろあるならば、それらに相応しい料理(音楽)を作って盛り付けたい。映画ならば、アップリンクに相応しい作品と大きな映画館で観たい作品という感じ。

でも、製造費がすごく掛かってしまうので、商売としては愚策かも知れません。特に日本の音楽市場は同調性を伴う人気と売れるものが良いもの。それ以外はダメなものという評価が基準になっている傾向があります。

もちろん、欧米でも売れないものは冷遇されますが、ショックだったのは、コロナウイルス対策における欧米諸国の文化に対する愛情と、その救済のための底力を見せつけられたことでした。

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腹筋!屋台囃子(実はそんなに腹筋は使わないのだけれど)

日本は、表現活動を行う場として相応しい状況なのかを浮き彫りにしたかも知れません。国に対する残念な思いもありますが、そもそも、文化の下地を作ってきたのは私たち表現者とリスナーです。≪音楽のある生活≫に限っても私は無力感に包まれてしまいます。

だからといって、太鼓奏者の私が自然と共生する理想の社会を目指そう!ドコンコドン♪なんてやらないし、怪しい人になってしまいます。

レコーディングの話に戻りますが、自分が表現したいことの軸は変えず、生音・配信・CD・レコードのそれぞれに相応しい太鼓の音を探り、創作してみる。

自分の誕生日に「豊かさの上に乗っかっている音楽ではなく、どんな状況にでもそこに音楽がある日々を送りたい」とSNSに書き込んだのですが、その1週間後にドイツ政府が同じ趣旨の声明を出して、私は奮い立ちました。

でも・・・

クラウドファンディングについて勉強しないとダメだめだわ。。。
経済とは言いませんが、資金は必要。それが現実。

思いは内に秘め、イメージを爆発させる時が来ることを信じて。

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photo: Tadayuki Naitoh

やることないんか!?そこの君。
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