そうないよね。この蜜月の関係(2/4)  Earth Celebration 2015

私もグループに在籍していた時に経験しましたが、公演活動が続くと「自分の音」と向き合う時間が失われていくのが分かっていながらも、その流れに飲まれてしまうことがありました。

また、当たり前と思っていた習慣がいつしかその本質から逸脱し、思わしくない状況に陥っていることもありました。

私が8月に佐渡へ乗りこんだ時、同じ太鼓叩きとして悲しくなるある状況を見て、僭越ながら、新旧問わずメンバー全員に雷を落とさせてもらいました。

それは音に直結することでしたので、その日から改善してもらうことで明確に音は変わっていきました。もどかしい書き方ですいません。具体的には書けないので(冷笑)

私らしいアツい思いから始まった鼓童との創作の日々。

朝10時から夜10時まで稽古できる環境をフル活用。

音やリズムのこだわりといった基本的なことを中心に据え、そこから曲に込めたメッセージやイメージを具現化して行く作業を思う存分に・・・幸せなことです。

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例えば、ECで生まれた「族」という曲。

この曲は大地を彷彿させる骨太なビートそのものがテーマです。パターンとか構成とか重要ではないのです。

稽古では私が叩いている後ろでひとりずつ基本のリズムを叩いてもらい、目視せずにニュアンスを確認させてもらいました。1時間近く掛かった・・・。

時系列は飛びますが、その音の追及は会場となる野外ステージのマイク・アレンジにまで波及していきました。

初日の公演を見させてもらい、2日目からはマイクの種類を変えて、ポジションも変えました。

そのため、音響スタッフの転換が大変なことになってしまいましたが、おかげでECらしい鼓童の音が蘇りました。

長い年月に渡って、それが当たり前と思っていることを検証し直すことが難しいことは良く分かりますが、その意識を持ち続けていなければ、「自分の音」どころではなく、「鼓童の音」も変容していってしまうと思うのです。

変わらぬ音。威風堂々・・・なんてね。

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太鼓に対する愛情や鼓童に対するメッセージが雷になってしまいましたが、その後の創作の核になっていったと思います。

次回はより踏み込んだ創作現場の全貌を(笑)

追記:
「族」に関するそれはそれはアツいメッセージを沢山頂戴しており、少し追記させていただきました。むしろ、追記の方が長い(笑)

この曲こそがECの申し子なのですが、曲の着想は実は痛いものでした。第1回のブルンジに吹っ飛ばされた我ら鼓童。

第2回のゲスト・近藤等則さんの元へ資料を持ってごあいさつ。

「なんだこれ!?太鼓の祭りなのにだれも踊ってないじゃん!」

「・・・・・」

それまでの鼓童は「自己燃焼型」のパフォーマンスが売りでしたので、人を躍らす音なんてありませんでした。

大太鼓、屋台囃子という屈指の構成。選ばれた者がクライマックスを作っていました。

太鼓が好きで集まったのに、みんなで叩ける曲がない。

世代ギャップも広がる中、みんなで叩けるリズムと言えば、そう「ドンドコ」でした。

でも、稽古で叩いていた「ドンドコ」では人を鼓舞しても踊れないので、近藤氏とのリハを通じてハーフテンポ、いや、スローの「ドンドコ」に取り組んだのでした。

さらに、私はフルボディの大太鼓より鉄枠に吊るされていた平胴大太鼓に魅力を感じていました。

そこで、佐渡の職人である故・西須さんに「これを木の切り株かなんかに載せて大地のイメージを作りたいんです」と新しい台の製作を依頼。

数週間後、見事な切り株をくり抜いた大太鼓台が納品されました。

さらに、当時のリーダー近藤克次氏が「レオ、こんなバチあるで〜」と言ってバットバチを。

音楽的な挑戦もいろいろありましたが、とにかく、今やスタンダードとなったこのスタイルとともに「族」は誕生し、みんなでグルーヴを作りだすというそれまでにない世界を打ち出したのでした。

と、自分で言うか・・・(笑)

EC2015「族」あっつい写真が届きました。
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photo: Maiko Miyagawa
タグ: EC KODO 鼓童

そうないよね。蜜月の関係(1/4)  Earth Celebration 2015

アースセレブレーション2015にご来場いただいた皆様、どうもありがとうございました。

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アツい愛と情熱の夏が終わりました。

これから、ゆっくり4回に渡って、今まで、今、これからについて書いていこうと思います。

昨年、文化交流使としてヨーロッパを飛び回って、ダンスカンパニーと公演をしていた頃に鼓童から連絡が入り、来年のアースセレブレーション(EC)を一つの区切りとして私を呼びたいとのお話をいただきました。

正直、1年にも及ぶ活動がとてつもなく充実していたので、帰国してからの活動が厳しくなるなあと思っていたところでした。

なので、お話をいただいた時は「原点深く戻れ!」とお告げをいただいたような気持ちでした。

打合せの最中からイメージが湧いてきて、いつものように短いリズムの断片を書き溜めていたのですが、2月に行なった18年ぶりの佐渡での稽古以降、落とし込んで行く過程でいろいろな視点で鼓童との再会を見極める必要がありました。

少し話が遡りますが、私が鼓童にいた'80年代にECが始まりました。

バブリーな日本でしたから、海外から産地直送のアーティストが毎年来島され、圧倒的なパワーと表現力、テクニックで技術も経験もない私たちを完膚なきまでに翻弄してくれました。

でも、私たちは体当たりで行くしかなかったからこそ得られたものは計り知れなくて、今の私を形成しているといっても過言ではありません。

そんなECの申し子である私ですが、長い年月に渡り開催していれば、その在り方も関わり方も変わっていくものなので、今のメンバーの感覚との修正がまず必要でした。

そして、一番慎重かつ大胆に向き合わなければならなかったのは、そのECで生まれた自分の楽曲たちでした。

私が演奏していた頃と異なり、とっくに独り歩きしている子たち。

答えが出せたのは、今年6月にスアールアグンとのリハでバリ島へ行った際、同行された鼓童財団の島崎先生のお言葉でした。

「レオ君さ、な?あれだけ愛され続けた曲なんだからやらないわけにはいかんだろ。自分の思いとは違う形で演奏されていることもよく分かる。だからさ、な?これが正調なんだという演奏を聞かせてくれよ。頼むよ。」

バリ、バグース!
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鼓童時代に発表してきた曲の初演は賛否両論でしたので、非難中傷には慣れっこでしたが、これからの鼓童や自分の活動を考える上で、僭越ながら「俺のクラシック」という腹がその時に決まりました。

バリの朝食
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タグ: EC kodo 鼓童

真夏の夜は終わらない。  ライブ国内編

渋谷の大和田伝承ホールで行なわれた「真夏の夜のブレンドラムス」にご来場いただいた皆様。

改めて、ありがとうございました。

初めてのお客さんも多く見受けられ、最後まで楽しんでいただけて本当に嬉しく思います。

ヨーロッパに行く前と後。この2年を集約した濃密な時間でした。

時節柄、酔ったおっさんが叩く盆太鼓も楽しいですが(笑)、真夏の夜に私なりの「太鼓と踊り」を再構築。

タップの浦上雄次君とのリズム・コミュニケーション。マルセイユ国立バレエ団の遠藤康行さんとの光と影。

そのどちらの世界にも絶妙な音で色付けしてくれたギターの鬼怒無月さん。

公演を支えて下さった公演スタッフや舞台スタッフの皆さんはもちろん、舞台監督の制止を振り切りバラシを手伝ってくれた太鼓仲間(笑)

たくさんの思いが寄せられた幸せな時間。

どうもありがとうございました。

今回、創作における新しい試みを「今の日本」の現状と照らし合わせながら、慎重に構成していきました。

一番踏み込んだのは照明。ヨーロッパ仕込みのかなりダークな世界にしました。

作品にはどうしても必要な闇でしたが、観る人によっては見えづらいというストレスが生じたかも知れません。

でも、人間は視覚的な情報が少なくなることで、別の感覚が冴えてくるという機能を持っています。生音で構成する上でとても大切な演出でした。

パフォーマンスとしては、カチッと決めるところと解放されるインプロとのバランス。

しかも、全員が揃ってできるリハが前日1日だけでしたし、スコアを書いてダンスとやり取りできるわけではないので、創作過程においてもひと工夫。

あまり詳しくは書けないのですが、聴くだけでしゃべれる英語的な「聴くだけで構成が分かるデモ」を制作。

これはメンバーには大好評でした。この後に控えている鼓童との創作もその作戦です(笑)

本番での素敵な写真が手に入り次第、改めて今回のクリエーションについてご報告したいと思います。

とにかく、自分がぶれずにやり通せたことと、まだまだ創作の夏が続くこと。

厳しい暑さですが、感謝いっぱいで次に進みます!

大騒ぎの打ち上げ(あいにく、鬼怒さんは1杯だけ。雄次君は参加できず)

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