つまり、空間ゲージツなのだ。  ライブ国内編

ブレンドラムスの初日で両太ももを痛めてしまい、昨日今日は身体をメインテナンス中。

今回の2回のライブはここまで違うかというくらい、音の在り方が違う構成でした。

難しいことはこれから私が改善していくしかないのですが、改めて打楽器だけのブレンドラムスは空間作りなのだなと思いました。

スピーカーから出る音と違い、ドラムス&パーカッション&太鼓から「どど〜ん!」と放たれた音は「ふわ〜ん!」と空間に広がって混ざる。

この2年はダンスと共にその空間作りに夢中になっていたんだなあ(感銘)

およそ2年ぶりの兄・スティーヴとはその間も会話がなかった分、2000年の天河ライブを彷彿させる絶妙なバランスの即興演奏となりました。

とーめいたいこ(タグが付いたままのスティーヴセット・笑)

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そのスティーヴがtweetしていました(笑)

「うむ。やはり叩き手としてこの方に勝る相手はいないなと思った2年ぶりのライブでありました♪ ただ上手いとかではなくて、バランスとか、ツンデレとか、あまえとか、そういう感じ。あー楽しかったー♪♪♪」by Steve

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四男・アニー(笑)の突っ込みとボケ感も良い感じで、三兄弟「よくできました💮(ハナマル)」

さて、次のライブは5月のジュノ・リアクターとバジーとのブレンドラムス。

バジーは、2000年初めにスージー&ザ・バンシーズというバンドで来日。

その際、ホッピー神山(key.)さんから連絡があり、彼らのレコーディングに参加したのが、バジーとの最初の出会いです。

その後、スージー&ザ・バンシーズの全米ツアーやロンドン公演に私も参加したのですが、それが切っ掛けでドラムスとガツッ!と向き合ってみようと思い、Blendrums(混ざり太鼓)を立ち上げたのです。

これまでも何度か彼とのブレンドラムスを企画しようとしましたが、なかなか難しくて、ようやく実現となりました。

なので、「ああ、外国のドラマーとやるんだ」程度に思っては困りますよ(笑)

そもそも、彼は私が在籍していた頃の鼓童が好きでよく研究していました。

今では多くの太鼓叩きがドラムスとセッションをしているようですが、これほど長く、ブリティッシュ・ロックのドラマーと音を重ねている太鼓叩きもいないですし、彼のアプローチは独特のものがあります。

ひと言でいうと、パンチの質が違う感じ。私は殴り合いもボクシングもしたことはありませんが。

それと言語が違う。英語を話す彼は・・・じゃなくて、リズム言語が違うんです(笑)

これまでブレンドラムスに参加して下さったドラマーの方々も、そりゃもう素晴らしいので比べるものではありませんが、こればっかりは体感していただかないと分からないと思います。

「これぞ、コラボ!」

そこには太鼓やドラムス、伝統やロックという括りは一切なく、交流を続けてきた叩き手の「めっちゃ楽しい!」感に溢れるライブとなると思います。

5/20の京都はスティーヴが、5/23の東京はタップの宇川彩子さんが参加するブレンドラムス。

ここは、外してはいけませんよ。

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まるで新人のような夜  ライブ国内編

ブレンドラムス 2days初日。

正直、自分で驚きました。

鼓童から独立した頃にも感じたことないような、まるで新人のような感覚の夜でした。

太鼓や台類のメインテナンスを終えたばかりというコンディションだったので、本番前に自主練で追い込んでいた自分。

お一人様稽古初日

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慣れ親しんだカーボンと比べると重いぜ。

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お一人様稽古3日目

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文化交流使の時に出会ったユーグ・バンサンさん。18年ぶりの勝井祐二さん、そして、ブレンドラムスではおなじみの芳垣安洋さん。

自分ではしっかりイメージできていた音だった。

なのに、ライブでソロ演奏後に皆さんを迎えてからは足が地に着かない、自分のライブなのにバチが手につかない感じ。

いやはや、とにもかくにもこれがライブ。

ヨーロッパでの1年。それがどーした!?

今の自分が赤裸々までに出てしまった夜でした。

かなり格好悪かったけれど、新しい扉を開けたのだ。

52にして、図らずもリセットしてしまった私を見届けていただいた皆様に心から感謝します。

すごいチャンスをいただいたと思い、明日(いや、すでに今日だね)のライブは今の自分をもっとさらけ出してみたいと思います。

きっと前に行ける!

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ポスト交流使 その3  わくわく創作編

今年になり、文化交流使として訪れた国々でテロや大きな事故が相次いで起きました。

パリ、チュニジア、ドイツのジャーマン・ウィングス。

私にはあまりにリアルな出来事の連続でした。

チュニジアは、私が訪れた時もアルジェリアとの国境でテロがあり、公演が1本キャンセルになりました。

私がお世話になった大使館の方々の心労は、その時も今も大変なものだと思います。

5度目のアフリカ大陸。初めて船で上陸。

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チュニジア・カルタゴ・フェスティバル(ロクサン・バタフライ/タップ)

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何度か利用したジャーマン・ウイングスでは、荷物のことでカウンターと揉めたことがあります。

結局、その親会社のルフトハンザを利用するようになったのですが、ついこの間のことのように覚えています。

これまでに月を往復するほどの距離を旅してきていますが、改めて、危険な目に合わなかったことは奇跡だと思っています。

私を守って下さっているすべての力に感謝し、本当に悔いなく生きたいと思っています。

そういう思いもあって、この4月から交流使で出会ったアーティストが来日して、共演する機会を持てることが本当にうれしいのです。

カルタゴ遺跡

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民族が混然と行き交うヨーロッパ。

言葉はもちろん、考え方や感じ方。自然観や宗教観など、お互いの感覚や主張にズレがあって当然でした。

そんな状況において、私が「太鼓と踊り」という原初的な、でも、新しいコミュニケーションの方法で創作を続けてこられたこと。

それは、文化庁から与えられた経済的な側面を抜きには成り立ちませんでした。

ひとつ感じたことがあります。

ヨーロッパは多くの問題を抱えていて深刻な状況ですが、だからと言って、創作する活力と希望が失われている現場はどこにもありませんでした。

厳しい状況ゆえに、本質を問う作品が作られるのかもしれません。

そして、どんな場にも観て、評価し、時には熱く語り、表現の自由を見守るお客さんがいました。

日本も厳しい状況ですが、あまりにコマーシャルなものに影響され、ミーハーなものへ流されていませんかね。

あは、今日はちょっと激しいな(笑)

本当のこと言うと、文化交流使を終えてどうにも埋められないのが、私が日本にいながらにして感じる「世界の動きと日本」のギャップなんです。

あと10日と迫ったライブ。

リアルな世界を生きる共演者とともに、どど〜ん!と自分を開け放つことから始めたいと思っています。

そして、たくさんのことを学び、感じ取っていたヨーロッパのように新しい表現を獲得したい。

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アラブ建築とアンダルシア建築が融合したカルタゴ近郊の町、シディ・ブ・サイド。

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ポスト交流使 その2  わくわく創作編

前回のブログで帰国後の反動が長く大きいということを書きました。

ヨーロッパの環境で持ちこたえて、私を支えてくれた太鼓たちもここに来てバラつきが出始めていました。

なので、楽器やケース類のメインテナンスをひとつずつやっているところ。

超個人的な話ですが、この20年で全く変えていない太鼓セットの高さを1cm〜1.5cm低くしてもらっています。

これ、実はかなり大きな出来事なのです。背中が丸くなったわけではありません(笑)

例えば、靴のヒールが1cm高くなったら大変ざましょ!?

やはり、音を出す環境が変わったことで身体の使い方が変わったのだと思います。

バチを皮に当てるアプローチも変わるので、これから音が変わってくると思われます。

外に向けていた意識がグンと内側に向いている今、こういう変化も今後の方向性を示しているのではないかと。

ところで、先日開通したての新幹線に乗って石川県の浅野太鼓店に伺いました。

全国にいろいろな太鼓店がありますが、地域性やお店によって特徴がしっかりとあります。

木や皮といった素材はもちろん、太鼓にはその町の歴史が吹き込まれ、受け継がれる職人さんの創意工夫が施されています。

浅野さんとは、太鼓界が賑やかになりだした'80年代からのお付き合いです。

久しぶりにあんなこと、こんなこと、これからのこと。たくさんお話をさせていただきました。

浅野さんもブログに書いて下さっています。

嬉しいものです。ありがとうございます。

金沢・・・うまいもんだらけ。住みたい!

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今はいろいろな太鼓グループが存在していますが、チャラついた演出で目先を変えるのは単なる「エンタメ憧れコピー」。

私も費用対効果が見込めれば、マイケルの斜め立ちするし。

マイケル冗談はさておき、私らしさは「あっ!」というアイデアと「お〜!」という曲作りなんだと思っています。

シーンを切り拓くのは俺52。予感はあります。まだ先だけど。

ツラの皮もKISSフェイスパックでお手入れ。ってこりゃひどい。

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覆面レスラー(笑)Keedaさんが描いて下さった絵の前で。

最新情報はリニューアルしたサイトで。まずは、4月21日!

ポスト交流使 その1  わくわく創作編

さて、さくらも満開となり、この4月から文化交流使の活動で出会ったミュージシャンやダンサーが月ごとに来日します。

ヨーロッパの活動で得たものをひとつずつ形にしていくライブがいよいよ始まります!

早いもので、昨年の今頃は体調も復活して、毎週末ごとにミラノ→パリ→ミラノ→パリ→アムステルダムと飛び回り、活動もノリに乗っていました。

結局、その勢いのままに帰国まで駆け抜けていったのでした。

「日本でやれないことをやりたい!」

こう断言してしまうと良くないのですが、日本ではなかなかやれないことをやっている充実感はそれまでの経験にはないものでした。

なので、その反動もおーきい、おーきい。

正直、壁にぶち当たっているわけでもないのに厳しい日々が続いています。

充実した経験をこれからいかに活かしていくか。特に日本ではどうする!?

これは、やっぱり壁か・・・(笑)

幸い、いろいろな方々とお会いしてお話することで、自分がやりたいことを少しずつスケッチできるようになってきました。

そうそう、こんなことがありました。

再来週、15年ぶり!?に共演するバイオリンの勝井さんと共作した「真っ赤な大地」('97)を聴いていたら、2002年にKeedaさんが描いて下さった絵から目が離せなくなりました。

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「ラジカルな自分を失っていないか!?」

これは振り返るのではなく、これからの自分を描くうえでとても重要な発見(再会)だなと思いました。

この10年、やってきた状況とは明らかに違う流れを感じているのですが、それがどういったものなのか。

今は描き切れないもどかしさでパンパンです(笑)

答えなのかヒントなのか分かりませんが、これからのライブの一音一音に「あっ!!!」てな感じで見つけていくのでしょうか。

そう思うとワクワクしてきます。

ラジカルに原点回帰。

これが文化交流使後の自分の第一歩であることを、帰国して8か月経過した今、実感しています。

とは言え、これは戻り過ぎでしょ(笑)推定26歳前後。

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写真:「入破(じゅは)」鼓童。石井真木作曲の超ラジカルな現代太鼓音楽。この曲で私は何枚も手の皮をむき、太鼓叩きとしても「ひと皮むけた」のでした。おそらく、ニューヨーク・タイムズの記事だったと思います。

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