交流使記録映像(本当の)裏話  文化交流使

今回は本当に裏の話(笑)

ご覧いただいた方々からパイプオルガンとの共演について、いろいろ感想をいただいています。

ま、そりゃそうだよね。

建物、楽器、歴史などのあらゆる面でスケールがありました。

そもそも、300年の歴史ある建築物のオルガンも老朽化して、修理が必要ということであのライブとなりました。

そして、収益の一部もその修理に充てられました。

今回は、あの巨大なパイプオルガンの裏側をご紹介します。

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もうヘロヘロで素人目でもお疲れのご様子は分かりました。

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このペダルは巨大装置の一番下にあり、今でこそ機械で空気を送り込んでいるようですが、昔は人力で踏みまくっていたそうです。男性がグッと足を開いて、ふたつのペダルに立つ感じ。

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ところで、ご覧の通りにオルガン奏者は表にいなくて中にいます。

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当然、アイコンタクトはできませんでした。楽譜は一切なく即興でしたので、お互いに耳だけが頼り。

ポイントは「大きなリズムで行こう」と。共演のヤコブ氏からも「間を開けたリズムで叩いてほしい」と。

なので、いつも以上に「聴く耳」と「自分が行きたいところ」の混ぜ合わせが肝だと。

で、それを即興でやり切れたこと。

あまりにうまくいったので制作関係者からもまたやりましょう!というお話をいただいていますが、ん〜、これが人間という生き物の難しいところ。

欲が出てしまうんですね。それと、経験したことでお互いの出方を探ってしまう。

クラシック音楽のような「再現芸術」の素晴らしさもあるので追求していきたいと思いますが、「その瞬間、その場所で」が音楽の生命線であることを改めて感じたのです。

今の音楽シーンが失っているものは、実はこのような時空間なのかもと思いました。

聴きたい曲が再現され、それに心が動く。

これはこれで健全なことです。

でも、私は表現者として、新しい出会いとその瞬間に反応できるかどうかの高揚感が好きです。

思えば、旅という行為がその連続なんですね。

帰国して4か月。ようやく、自分の中で落としどころが見えてきたような気がしています。

相変わらず大変だけど(汗)

こんな私ですけれど、誰か私を生産ラインに乗せて〜〜〜!

ふわ〜〜〜っとね(笑)

文化交流使記録映像はこちら

交流使記録映像裏話 その1  文化交流使

1年間の文化交流使としての活動をわずか12分にまとめた映像が公開されました。

旅のスケジュールもそうですが、アムステルダム教会のライブ映像以外は自分で手配アレンジしました。

冒頭のスイスの山との共演。

そもそも、日本の太鼓は人に向けて叩いていたわけでなく、大きな力=自然=神さまへの祈りでした。

なので、これからの1年と日本のみんなの無事を願って、真剣に取り組みました。

ところが、早速のハプニング!

仕込みをしていたところ、遠くからカウベル音。

放牧中の牛がまさかのご来場(笑)

試しで叩いてみたら、どんどん寄ってきて・・・立ち止まる。

そして、ガン見(笑)

地元の人も初めての光景に驚くやら、慌ててシャッター切るわで、究極のインプロでした。

太鼓を吊るした山頂は2500m超でしたので、天候はめまぐるしく変わるし、夕日を待っていると一気に冷え込んできてマジでやばかった・・・活動を始めて1週間でこれです(笑)

ライブ・パフォーマンスの撮影も普通ではありませんでした。

通常のライブでは、打ち合わせ〜アングルを決め〜リハーサルでカメラを回しつつ〜、といった段取りが最低限あります。

正直、時間と経費が掛けられなかったこともありますが、どの現場も作品の流れとアングル確認だけでほぼぶっつけ。

ミュージシャンは演奏しているので、ある程度は予測できますが、ダンサーは人数も多く、動きまわるし、インプロのパートも多いので予測不能。

本当はもっと丁寧な柔らかなシーンを入れたかったのですが、概ねそういったシーンは照明が暗く、音のダイナミックレンジが広い太鼓は録音も難しい。

どこもクルー泣かせでした。

でも、大事なことは作品としての価値よりも「共演者と過ごした創作の時間。もどかしくもお互いに理解しようとした時間」を残したかったのです。

今やヨーロッパにたくさんいる「日本通」ではない表現者に音を届けられたことが、私らしかったと思います。

牛含め(笑)

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