ヨーロッパの光と影  カテゴリーなし

マルセイユ国立バレエ団とミュンヘンでパフォーマンスして帰国したのが2週間前。

文化交流使の活動を終えて、すでに2か月!

ようやく、いろいろと取り組み始めましたが、いまだに鮮烈に浮かんでくるのはヨーロッパで感じた「光と影」。

どこまでも青い空。燦々と降り注ぐ太陽。

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その光が力強く華やかであればあるほど、影が濃くなります。

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クッキリとした影。それは、ステージにも如実に現れます。ヨーロッパのアーティストの作品は特にね。

写真はマルセイユで行われた公演のリハの模様。

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Photo: Akiko Kodama

抽象的であれ、哲学的であれ、人間や社会のダークな側面をいろいろな視点から掘り下げていく。

自己中心的な解釈で痛かったり、訳わからん作品もありますが、そういった解釈や表現行為を受け入れる土壌があるのだと思います。

ところで、ヨーロッパではダンサーと創作する時もスタッフと仕事する時もすごく感覚的。

プランも紙1枚。ざっとイメージを伝えるだけで、作業に入っていくことが多かったと思います。

でも、創作の要となる人(私)のイメージの質が非常に大切で、それをメンバーがつかめてくると、そもそも強い意志を持っている人たちですから(笑)グイグイと事が進んで行きます。

もちろん、日本でもそういう傾向はありましたが、スタッフにはできる限り「紙資料」を用意して作業の効率化に努めてきました。

アメリカや日本では生産性や効率が優先されてしまうので、創るというよりも「こなす」という状態になってしまっていたように思います。

ヨーロッパはアフリカや中東と近いということもあり、日常からしていろいろな民族がそのまんま行き来しています。

ダンスカンパニーのメンバー構成もバラバラ。言葉も入り乱れています。

いろいろな視点があることを痛感させられますが、同時に自分もいろいろな視点にさらされます。

ストレスも溜まります。でも、その多様性によって自分が磨かれていく?鍛えられていく?ような気がしました。

東京にいてもストレスは溜まりますが、磨かれている感じはしない。

でも、日本にはヨーロッパのような長い冬と短い夏とは違う、美しい四季があります。

日本人は、その自然から多様性を感じ取っていたんだろうと思うのです・・・昔は。

「光と影」から脱線してしまったように見えますが、自分の中では繋がっています(笑)

多様性を人から学ぶヨーロッパと自然から学ぶ日本。

その辺りをもう少し詰めろ!と自分に言い聞かせる今日この頃。

悶々。

さて、来週はスタジオに入るぞ!って、この先は海(笑)

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351日間、世界を旅して-4  文化交流使

この1年、長くても2週間滞在しては移動という生活でしたので、体調維持は難しかったです。

短期集中型で強烈だったのが年末のインド。食あたり(油あたり)ですね。

パフォーマンスを終えて乾杯した頃は良かった。

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この数時間後です。上も下も波状攻撃が続き、三日三晩、もがき苦しみました。

幸いすべてを出し尽くしてからは快方に向かいましたが、同じアジアの日本から入るよりもヨーロッパから入るインドの方が衝撃が強かったかも。

ところで、旅先で水は基本中の基本ですが、ヨーロッパはミネラルウオーターだから安心とはいきません。

日本は軟水。ヨーロッパは硬水。

ここでまた下ネタになります(笑)

日本を旅したことがある外国人で話題になるのがウォシュレット。帰国後も自宅に取り付けたいという方が多いそうですが、ヨーロッパでは故障してしまうそうです。

硬水は乾いたコップの底やシンクが真っ白になりますが、それによって、あのデリケートな洗浄口が目詰まりを起こしてしまうそうです。

そういう水がお腹に入るわけですから胃腸も大変です。

短期間ならば問題ありませんが、長期となるとボディーブローのように効いてくるのです。

私にとって、3か月と2週間がそれまでの最長の旅でしたので、インドを乗り切って、6か月目に入ったヨーロッパでの生活はかなり堪えていたんだと思います。

2月から3月にかけて、徐々に体調を崩していったときは一時帰国も考えました。

さらに、体の変調は水だけではありませんでした。

地中海沿いは日射しが強くても乾燥しているので気持ち良い。でも、汗をかきません。

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そこに落とし穴があったのです。

日本は湿度があるので、日差しに関係なく汗をかきますが、地中海はその爽やかさと見た目のインパクトに気持ちが持って行かれて、代謝が悪くなっていることに気付かなかったんですね。

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顔はむくむし、身体は熱っぽい。日頃から体を動かしている方なので、その分、毒素を溜め込んでしまったのかもしれません。

長旅で得た貴重な体験でした。

そして、最後は睡眠。

どこにでも寝られる体質なのですが、今回はTOKYO西川さんからマット"AiR"をご提供いただき、主にミラノ滞在中に使用していました。

このマットに即効性があるとは断言できないのですが、ベッドの上に敷くだけで同じコンディションで眠れたことは大きかったかも。

水と同様に当たり前の日常を改めて考える良い機会でしたし、1年間支えてくれて、本当にありがとう!

写真はチューリッヒのアパートメント

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351日間、世界を旅して-3  文化交流使

アメリカのパスポートを持ち続けて51年。

文化交流使は自分で国を選択できるので、私の場合、ニューヨークに1年とかワイハに1年もありだったわけです。

でも、なにすんの!?(笑)

創作の初期段階はすべてが生産性のあるものに結びつかないですし、作っては壊していますから、無駄な時間(と思われること)がたくさん生まれます。

アメリカは合理的。生産性が上がらないものには価値が与えられない思考が働きます。

言ってしまえば、儲かるか儲からないか。

ここで、ちょっとイタリアのあるワイナリーを訪ねた時のこと。

そのワイナリーではブドウの品質を維持するために生産量を抑えて、決められた以上のワインを生産しないとのことでした。

質を落としてまでも生産しない。

なので・・・儲からない(笑)

ワイン作りは副業だって(マジ!?)
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最近、サンフランシスコ辺りでも食の安全と健康志向で大量生産しない農家が出てきているようですが、この消費社会で「売らない努力」ってかなりの覚悟が必要だと思います。

でも、これって表現者にも当てはまるように思います。

公演回数や動員数を誇らしげにアピールするエンタメを目指すならともかく、踊りと向き合うことで自分の音の質を高めていきたかった私。

この時点で金の匂いがしないのですが(笑)、実際に自分の音=オリジナルの音がダンサーや振付家の感性と響きあっている「その時」は例えようのない至福の時でした。

ミュージシャンとのコラボが会話だとすると、ダンサーとのコラボはよりフィジカルなので言葉にできない!

言葉はいらない(笑)
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そのためにもコンディションを保つことは大切なことですが、太鼓はもちろん、1年ともなると体調の管理が実に難しかったです。

次回は、思いもよらぬ体の変調について。

351日間、世界を旅して-2  文化交流使

今年の2月中旬以降は、毎日毎日ダンサーと時間を過ごしていました。

もちろん、ダンサーは私との創作だけに時間を割くわけにはいかないので、2〜3時間やっては別の作品の振付で隣のスタジオへ移動。

私は片づけを済ませたら打ち合わせ。そして、晩ご飯のお買いものというサイクルでした(笑)

ミラノの創作風景より
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こちらはマルセイユでの一コマ(休憩時間でこれだもん・笑)
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また、活動の後半は移動コストを抑えるために、ミラノをホームにしてあちこち回ってはミラノに戻るという動きを取っていました。

帰るという意識が持てる場所ができたことは大きな励みになりましたが、非日常的な1年に「新たに非日常的な旅と日常」が混じりあう、劇中劇のような生活でした。

そのような生活ではネットだけが情報源でしたので、世界情勢や日本の状況には敏感に反応していましたが、今こうして東京に戻ると生活や街のリズム、情報のスピードが半端ない。

物事を深く考えていたら目の前のことが片付かないですし、正直、考えなくても生きて行けるし的な「まいっかの日本人」になりそうな自分に驚きました。

ヨーロッパにいた時は忙しくてもいろいろな視点でものを捉えたり、考えたりしていたんだなあと思います。

日々多様な民族にもまれていたので、潜在的に緊張感と問題意識を持ち続けていたのだと思います。

また、移動すれば視点も変わるし、自分もいろいろな視点(視線)にさらされます。

そして、何よりもそのことが創作に直結していたんだなあと思います。そういう意味で改めてヨーロッパを選んでよかったと思っています。

それと、ヨーロッパでは食はもちろん、文化においてもアメリカの影響がないことに心地良さを感じていました。

全く影響がないわけではないのですが、アメリカの影響下にある日本と違い、ハリウッドもエンタメもヨーロッパの審美眼ではいろいろある中のひとつ。

私自身、日本に帰ってきてその反動があったにせよ、創るという視点においてヨーロッパは必然でした。

つづく




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