ラストダンス! 文化交流誌 #50  文化交流使

6月と7月だけで30フライト。

「蒼い海と空を見続けて、目が青くなったんじゃない!?」

なんてチャーミングなメールをもらった時、確かに私の目にはそのくらい海の色が焼き付いていました。

そして、焼き色もおいしそ(すぐ脱線・笑)

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7/17 マルセイユ・フェスティバル

1年の活動の締めくくりはマルセイユ・バレエ団と野外パフォーマンス。

踊る場所としては条件が非常に厳しい環境でしたが、教会の前にセットされた太鼓は貫録。

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終演後、マルセイユのダンサーと軽く打ち上げ。

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翌日ミラノに戻り、荷物をまとめて、エージェントとお疲れさま会。

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帰国前日には、ミラノのダンサーたちとホームパーティ。

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慌ただしく荷作りの最終チェック。

空港ではお世話になったミラノのエージェントに見送っていただいた後、手荷物チェックの時には溢れんばかりの涙・・・。

も〜、あぶない、あぶない。

完全にセキュリティで引っ掛かるかと思いましたが、まあ、あ〜ゆ〜人たちも分かるんだろうね。

無事にゲートへ(笑)

寝不足が続いていたこともあり、機内では爆睡して、あっという間に日本に到着。

覚悟はしていましたが、乾きになれたボディに日本の熱風がベッタリと。

「おかえり」

梅雨明けしたばかりの東京。無事に家まで帰れるのか!?

キンチョーの夏(笑)

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バリュー3+1セット(4)文化交流誌 #49  文化交流使

7/10 ジベッリーナ・フェスティバル

シチリアはジベッリーナという聞いたこともない町のフェスティバル。

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実はこの町(基礎自治体)は1980年代に地震で崩壊し、再建不可能ということでまるごと封印。

別の場所に移転して再建したそうです。

そして、市長が町の活性化の一環としてアートを根付かせようと世界中からアーティストを呼び、住まわせて制作に没頭させていたそうです。

確かに著名な作家の作品が数多く美術館に展示されていました。

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しかし、一部の市民の中には「アートに税金を使うな!」という状況がくすぶっていたそうです。

そして、数年前に暗殺されたとのこと。

シチリア=マフィア。

ステレオタイプなイメージの人にはさらに悪いイメージを与えてしまうことになりますが、実際のところ、シチリアは怖くはないよ。

むしろ、私のような表現者からすれば、その方の政治的手腕は知りませんが、そこまでアートに情熱を傾けた政治家に「人間」を感じます。

フランスもそうでしたが、ヨーロッパの「人と文化の関わり」を目の当たりにしました。

「金と保身」の日本とは大違いです。

この1年、外から日本を見ていて一番強く感じたことかな。

額面の問題じゃなくて、人がちいさい(笑)

さて!パフォーマンスは満月の前夜。けれど、開演して間もなく。

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ビカビカに輝いていた月に覆いかぶさるように雲が・・・。久しぶりに雨男が復活。呼んでしまいました。

ダンサーはスリップして飛べないわ、転んで肩や顎を強打するわ。

途中から私がソロで全部持って行く気合で叩き続け、何とか作品を最後まで通すことができましたが、ミラノのダンサーとのラストがこういう形に終わりちょっと残念。

でも、こういうことは「次がある!」という思いに切り替えて、睡眠時間1時間でアムステルダムへ!

7/11 アムステルダムへ移動。そのまま、Juli Dansへ出演。

アムステルダムではJuli Dans(ユリダンス)というヨーロッパでも主要なダンスフェスの一つにマルセイユバレエ団との”TAMAGO”で出演!

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これは、ちょっとした事件です。

なんせ、私の太鼓だけの音楽でダンス作品が作られ、そのようなフェスに出演するわけですから。

本番は目が肥えているお客さんの素晴らしい集中力にダンサーも私もキレッキレ!で臨むことができました。

幸せなことです。

それにしても、楽屋の窓から見るアムステルダムはまるで歌舞伎町だな(笑)

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ミラノのリハから始まった7月。そこからの怒涛の旅(バリューセット)もわずか1週間の出来事。

地中海上を飛びまくり、ミラノとマルセイユのダンスカンパニーと交互にパフォーマンス。

これは、アムステルダムへ向かう途中かな。

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4月頃はまだ白い雪で追われていた山々も、7月になり力強い大地が見えるほどに。

いよいよ、翌週のマルセイユでの野外フェスティバルがラスト・パフォーマンス!

と、その前に一旦ミラノへ戻り、領収書と荷物の整理。

渋い・・・真夏の夜のミラノ(笑)

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バリュー3セット(3)文化交流誌 #48  文化交流使

2セットを終え、一息つく間もなく、ミラノでダンサーとリハ。そして、イタリア中部にあるスポレートへ!

7/5 & 6 スポレート・フェスティバル

何年か前にタップのSUJI君(浦上雄次)と笛の山田路子さんのトリオで参加して以来。

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変わらずの景観とフェスティバルらしい賑わいで期待感増す中、事件が起きました。

大太鼓が行方不明。「なんだそれ!?」ですよね。あんな大きなものがなぜ!?

そう、これがイタリア(笑)

おかげで前日のリハは大太鼓なしでやりましたが、原因はなんてことない積み忘れ。

業者がフェスティバルに向けて、各地で機材を集荷&積み替えをしているうちに忘れたそうで。

あり得ないのだけれど、12か月も旅していると私も「はい、はい」てな感じで、間に合わなかった場合のアレンジをしていました。

2日間の公演は旧教会を改造した響きのよいホールで行われ、盛り上がるだけでなく、出演者にとっても手応えのある公演となりました。

もちろん、公演後はこうなりますよね。

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で、翌朝は主催者手配のお車でローマまで行き、そこからマルセイユへ!

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7/7 マルセイユへ移動&会場にてリハーサル

お!リヨン経由だとこの子かい!

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7/8 マルセイユ・ダンスフェスティバル ”TAMAGO” マルセイユバレエ団

実は6月頃からフリーランスで働く舞台クルーの組合がストを起こしていて、スト直後はかなりの公演中止や延期があったようです。

幸い私がマルセイユバレエ団と行う公演は各方面の努力もあり、「なんとかやれる状況が整ってきた」という報告を受けていました。

但し、場合によっては、公演を妨害する行為が開演中に起きるかもしれないと、開演直前にマネージャーから聞きました。

寝不足で身体はギシギシではありましたが、私の使命感にボッ!と火が付いたのはその時。

そして、さらにエナジーを注いでくれたのが、公演を心待ちにしていた満員のお客さんでした。

非常に高い集中力と私たちのパフォーマンスとの間に強く引き合うものを感じた公演でした。

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ダンサーとも「今日はやったぜ!」という気持ちを共有できた素晴らしい夜。

そんな興奮もつかの間。

朝4時に起きて空港へ。そして、再びローマ経由でシチリアはパレルモへ!

7/9 マルセイユからシチリア・パレルモへ移動

パレルモに着いて、海岸線を走っていたらこれですもん。

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どこを切り取っても素敵な島。

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ま、おいしいよね。

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スイカの産地

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宿泊した街というか村が素敵なところで、ここをくぐると港に出ます。

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フェスティバルの会場はここから40分くらい車で走るのですが、バリュー3セットが3回では済まなくなったので、ここから先は(4)にて。

移動&公演の連続。眠い。。。

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スポレート公式"金の玉"。この身にパワーを!

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バリュー3セット(2)文化交流誌 #47  文化交流使

6/16 ミラノからブダペストへ移動

さて、初のブダペスト。夜中に到着しましたが、驚くほど安全。真夜中でも若い女性が二人で歩いていたし、街は賑やかでした。ハンガリーの人はラテン気質だそうで(笑)

6/18 ロマミュージックを継承する若手グループ”Bazseva”との共演

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photo:Japan Foundation

リスト音楽院を卒業したエリート集団でしたが、とても気さくなメンバーばかり。

リハはお互いに生音で最高に混ざっていたのですが、記録が入ったためにライブではマイクを使用。

エンジニアも生音の太鼓の響きとバランスを考えて調整してくれました。

リハーサルやインタビュー満載のテレビ番組(ハンガリー語ですが雰囲気だけでも)

で、実は本当の交流は本編の後でした。

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彼らは演奏が終わり次第、シャツを着替えてダンスフロアへ。このホールはそもそもロマミュージックのホームなので、夜が更けるまでダンス!ダンス!ダンス!

若い子もこうして挑んでいくのです。

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最初の1〜2時間は私もその光景に「昔の日本もこういう風景があったんだろうなあ」と思いながら見ていましたが、午前2時頃はチャッパを持って参戦。

チャッパだけで4〜50分叩いていました。

舞台でダンスとのコラボを続けてきていますが、元々はこういうものなんだよな〜と。

老いも若きもどんどんパートナーを変えて、抱き合って踊って、コミュニケーションを楽しんでいます。

ダンスを規制する風営法とか言っているどこかとは大違いだぜ。

さて、朝まで叩いて踊った後はひとっ風呂(笑)

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ブタペストには市内にたくさん温泉があります。一番熱い湯でも38度でぬるめなので、温水プールみたいなものですが、長湯が苦手な私も癒されました。

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歴史的に多くの国の侵略と破壊が繰り返されていたハンガリー。

独裁者が立てた建造物はほとんど壊されたそうですが、この自由の像だけは残したそうです。

また、来ます!

6/20 ブタペストからベルリンへ移動

久しぶりのベルリン!最初に来たのは'80年代半ば。ドイツが東と西に分かれていて、モスクワから東ベルリンに入りました。

段ボールのような車が走っていて、スーパーには何も陳列されていなくて、パンを買うのも行列でした。

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あれから30年。

昔、東だったエリアにも行ってみました。もちろん面影はありませんでしたが、古いアパートなどを活用してレトロを演出した店が多くありました。

今は取り壊されてしまいましたが、表参道にあったアパートのショップみたいな感じ。その当時のものを徹底的に排除せず、記念碑にしたり、再開発したり。

この辺りにゲルマンのメンタリティーが表れているような気がしました。日本は良くも悪くも水に流しちゃうからね。汚染水・・・。

6/21 ブレンドラムス公演

この頃、どこもかしこもW杯サッカー。ライブの日はドイツ戦がありましたが、集客に影響なしで大盛り上がりでした!ベルリン在住のBudgieとのデュオ。もう最高っ!

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ドイツは完璧に組織的。韓国の企業がスポンサーなんでしょうね。

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奥に見えるブランデンブルク門にはステージが組まれ、そこからまっすぐ何百メートルにも渡って大画面が設置され、道の両サイドには露店がズラリ。

決勝戦は大騒ぎだったでしょう。でも、こういう徒党を組んだ世界。

私は大嫌いです。

こちらはミラノ。普通のバルがテレビを道に出して、まるで昭和の街角テレビ。

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私はこのユルイ触れ合いが好きです。

6/22 ベルリンからミラノへ移動

6/23〜6/25 夏フェスに向けてミラノのダンサーとリハ

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6/26 ミラノからレーゲンスブルグへ移動。その足で美術館にてコラボ。

レーゲンスブルグにはミュンヘンまで飛んで、そこから乗り合いタクシーで80分。

移動中に見つけました。ドイツは20年までに全部廃炉にするんだっけ。

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写真では見えませんが、この原発の周りにはたくさんのソーラーパネルが設置されていて、住民らの反対運動のように見えました。

6/29 レーゲンスブルグ・ダンスとの本公演。

6/30 レーゲンスブルグからミラノへ移動

ということで、ここまでで2セット目が終了。

3セット目は、過去にないハードな移動とハプニングを乗り越えての公演でした。

バリュー3セット(1) 文化交流誌 #46  文化交流使

再び、空いてしまいました。今、これを書いているのは7月19日。あと3〜4日で日本へ帰る身。

帰ってしまえば、今の感覚は失われてしまうので、今のうちに書き記しておかねばと。

はい、ケルンに向かうところからね(笑)

6/5 ミラノ〜ケルンへ移動

ケルンと言えば、これ!大聖堂。

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昼間も素敵ですが、ライトアップされた夜はより荘厳。

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6/6 ケルン文化会館にてブレンドラムス公演

ケルンのライブはいつも大盛り上がり。今回のBudgie(バジー)とRoxy(ロキシー)のトリオも大騒ぎでした。

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パリの公演以来でしたが、生音ゆえの「おや!?」というドキドキ展開と魅力を届けられたかと思います。

6/9 ケルンからマルセイユへ移動

ケルンの後はマルセイユバレエ団とのリハのため、朝5時起きでフランクフルトまで電車移動。

そこからマルセイユまではフライト。

こちらもブレンドラムス同様にパリ公演以来でしたが、60分超えの作品"TAMAGO"を夏フェス用に45分にまとめる作業をしました。

太鼓を輸送することはできなかったので、予備の小さな太鼓1つで対応。カンパニーも他の作品のリハがあったため、合間を見つけてお散歩。

大聖堂とは対照的。プリッ!とね。ほぐれるわあ。

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6/11 マルセイユからレーゲンスブルグへ移動

わずか2日のマルセイユ滞在の後、再びドイツのレーゲンスブルグへ。

美術館でのコラボと本公演。相変わらず、会館クルーは気がつくし、サポートしてくれました。ゼロからのスタートでなくて助かった。

6/15 レーゲンスブルグからミラノへ移動

ミラノからケルンに向かい、再びミラノに戻ったここまでが1セット。

帰国までの2か月間でこの価値あるセット(笑)が3セットありました(汗)

国も街も変わりながら、公演やリハの内容はもちろん、太鼓も変わる日々。

フライト時間と起床時間の確認が続く日々はなかなかの緊張感でしたが、さすがに11か月もこうしていると「何が起きても何とかする」という図々しさが身についていたようです。

とにもかくにも、今やホームとなっているミラノに戻り、荷物を整理して2セット目の旅に。

まずは、初のブダペストへ。ウィーン経由だったのですが、ウィーンからはこれでした!

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