エトナの恵み(その2)文化交流誌 #33  文化交流使

ある夜のこと。

エトナ山の中腹にある明かりを眺めていて、てっきり村の明かりかと思っていたら、それが溶岩であることに気づきました。

もちろん、活火山であることは知っていましたし、風向きによっては何となく焦げ臭さを感じることもありました。

初めの1週間は雲が多かったこともあり、昼間は分からなかったのですが、夜になると真っ赤なラインが姿を現します。

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火山灰も街のあちこちに溜まっています。

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時に小噴火も起こしています。毎夜、時間を忘れて神秘的な世界を眺めつつ、同時に3.11と記録的な大雪の日本を思っていました。

地球という大きな大きな生命体の躍動する姿。鼓動。自然の脅威。

そんな夜景を見ていた時、ふとインドの喧騒を思い出したのです。

圧倒される人と車の数。そこに象が行き交う街。車はウィンカーを出さない代わり、すべてクラクション!!!

けたたましい騒音と排ガスにまみれた高架下で暮らす貧困層の人々。

片目のない子。腕のない子。膝から下がない子。車が渋滞で止まれば、そんな子たちが爪で窓をタップして物乞いをしてきます。

今もあるカースト制度に組み込まれていないアンタッチャブル。不可触民。

でも、決してその表情は暗くなく、目は輝き、むしろ生き生きとしたものすら感じさせていました。

路上生活でもケラケラ笑いながら生きている。

私なんかには彼らについて語る資格はないのですが、紛れもなく「生の営み」を感じました。

写真ではそんなに感じないかもしれませんが、この交差点では渡ろうにも渡れず、しばらく立ち尽くしていました。

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当然、子供も学生も、働くお母さんもすいすい渡っていきます。ひとり渡れない私の鈍化した判断力。

慣れとかそういうことではなく、圧倒されてしまうのです。

でも、1本小道に入れば、ちょっと前の下北沢のような風景。露店アイロン掛け(笑)

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いつ建てられたのか分からない貫録のアパート。

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結局、インドで私は自分のライブで感じる以上のライブ感にやられてしまったんですね。

自分が太鼓を叩くライブは私にとって生きていることを実感し、最高に幸せを感じる時であり、すべて・・・のはず。

今、日本はやたらと自己啓発本やブログに溢れているようですが、私も知らない間に刷り込まれているかも知れない「自分らしい生き方」とかなんたら。

「ははは。ただ、今日も生きていくだけでしょ。」

そんなことをシチリアのエトナ山が「解釈のひとつ」として導いてくれたように思います。

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さらにつづく




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