良いお年を!文化交流誌 #29  文化交流使

‘97年だったかな。東アフリカへ始めて行った時、「サファリで象が見たい!」という思いと揺れる車窓からの景色が”NO ELEPHANT”という曲になりました。

先のミラノではこの曲で3人のダンサーが踊りましたが、めちゃ格好良かったです。

サファリを走れど走れど、どこにも象はいないじゃん!という実に簡単なモチーフ(笑)

そして、ここインドでは・・・普通にいます(笑)探さなくてもいます。

インドでは神ですから。

意外だったのが、ラクダ。素敵な脚運びで観光客を乗せて闊歩していました。

象に乗る前にラクダに乗ろう!それも衣装を着て、太鼓も!

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それぞれ乗ってみて、とても感じたことがあります。

リズムが違う。

そりゃあ、当たり前なんですが、体感することは大事ですね。

ラクダは馬よりも穏やかなグルーヴを感じ(笑)、象は海に浮かんでいるような大きなうねり。

ほんとにおっき〜〜〜い!(幸)

短い時間でしたが、たまりませんでした。曲ができそう(笑)

体調をなかなか元に戻せないもどかしい日々が続いていましたが、あの感覚が安らぎを与えてくれたように思います。

みなさんも機会がありましたら是非!(って、いつだよって話だわね・笑)

ということで、忘年会もクリスマスも大晦日の空気すら全く感じることのないインドのウダイプールからご挨拶。

今年1年も大変お世話になりました。

みなさんも良い年をお迎えください。

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レナード

マグマ大使🎶 文化交流誌 #28  文化交流使

ゴアと言えば、マグマ大使。って、知らないよね〜〜〜(笑)

さて、ゴアではザンバラ(ZAMBHALA: Yoga, Music & Life Spirit Festival)というフェスティバルに参加しました。

世界中からヨガのマスターが集まり、あちこちのテントでレッスンとレクチャーが行われ、オープンカフェにはプールと特設ステージがあり、いろいろなバンドが出演していました。

かなりハードにヨガル。

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これは無理(笑)この方はマドンナのパーソナルトレーナーだったという京都在住のダンカンさん。

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ま、私はこれです(笑)

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で、私もてっきりステージで演奏するものと思いきや、フェスティバルのフィナーレ。それもビーチで叩いてくれと。

いよっ!納涼まつり!かき氷、始め(・・・るわけない)

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まず、かつぎ太鼓で登場。神聖なセレモニーとして、マスターに一人ずつ火が回され、薪に灯されるまでの間はチャッパを演奏。

最後は夕日の中で大太鼓ソロ(クリック!)

ここまではお疲れさんということで良かったのですが、終了後、古い油かな。当たりました。

嘔吐、下痢、発熱、悪寒。すべてが来ました。でも、それだけではありませんでした。

このフェスティバルの会場から離れたクラブのDJが爆音も良いところで、簡易ログハウスのような私の部屋は振動しまくり、アタマと胃の粘膜をバイブ。

それが朝4時まで3日間続きました。地獄でした。

しょ〜もないサウンドで朝までバイブされ、治るものも治らない。

だれも止めさせないのかと思いましたが、聞くところによると賄賂が渡っているとか・・・。

いずこも富裕層が地を荒らし、狂ったように金でエゴを発散させているんですかね。

素晴らしい自然があるゴアだけに残念で仕方がなかったな。

さて、ゴアを離れ、次はジャイプールという町へ向かいました。体調が悪いまま、飛行機を乗り換え8時間。

でも、移動しながらも徐々に回復していき、空っぽだったお腹に何か入れたくなるほどまでに!

ジャイプール無事に到着。

インドでは普通にコンサートが行われるのは、ほんの一部の都市だけで、なかなかお金を払って音楽を聴くという環境はありません。

でも、逆に普通じゃない音楽現場を経験することができました。それが、結婚式。

当初、それが文化交流使の活動として適しているのか疑問だったので、こちらに来る前から何度も問い合わせていましたが、結局、良く分からず。

来てみて、まあ納得。一言で言えば、名古屋系結婚式の100倍の規模で行われる祝祭と思っていただければと(笑)

なんせ城を一つ借り切りましたよ、今回の新郎新婦は。

そこに集まるわけです。世界中からアーティストたちが。

大きく3つのステージがあり、エントランス。食事をする会場。そして、ボリウッドのショーが行われる会場。

いずれの会場も食事ができ、演奏が行われ、私はエントランス会場にてシルクドソレイユにも参加しているJyotiやハンガリーのジブシーシンガーと共演しましたが、不思議なおじさんらも出演しました。

不思議ちゃん-その1 Jyoti
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不思議ちゃん-その2 身長50cmのおじさん(Dwarf Premordial)
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不思議ちゃん-その3 シャドーダンス
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でも、こうなると趣味がいいのか悪いのか・・・。
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これを3日間も行なうそうです。800名×3日の招待客だそうで、私は1日だけ出演。

私は翌日にずえったいに撮りたい写真があったので、早退したのでありました(笑)

つづく

インドの洗礼 文化交流誌 #27  文化交流使

ミラノに一時のお別れをしてインドに入りました。

まずは、ムンバイ。Autorickshaw(オート力車)に乗って街を爆走していたら、いろいろなことがフラッシュバックしてきました。

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私が19歳の時、自分が生まれたニューヨークか、読んでいた藤原新也の影響でインドへ行きたいと思いながら、バイト&バンドの日々を送っていました。

個人旅行もかなり本格的に出来るようになってきたとは言え、まだ、渋谷の道玄坂(公園通り?)にH.I.S.が一店舗しかなかった時代。

とりあえず、100万貯めようと思い、昼も夜もバイト三昧の私はある日、立て看板に目を奪われました。

「バリ島98,000円!最後の楽園。芸能の島」

なんだこれ!?ということで、急遽予定を変更してバリ島へ3週間の放浪の旅へ出たのでした。1982年のことです。

結局、このユルイ選択とバリでの体験が「旅人生」の始まりとなり、太鼓と出会い、今に至っています。

インドはこれまでに2度訪れましたが、文化交流使として訪れるインドは今までにないくらい洗礼を受けまくっています。

いきなり喰らったのがアジアの熱。今の日本や欧米にはない熱。

アジアを旅された方なら経験があると思いますが、人と車の量が半端ない。交通マナーもどえらく悪い。

ダンスとの洗練されたステージを作りたいというヨーロッパの日々から、このムンバイの混沌は強烈なパンチでした。

日本からインドに入った方がインド初心者には良いのかもしれません。

そして、少々のカルチャーギャップやショックには慣れている私も、最初のパフォーマンスを行うゴアでついにダウン。

ここでダウンはつらい・・・。

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時差と寒暖差。過ごしやすい気候と聞いていましたが、昼は泳げても夜はダウンが必要なくらい寒く、お湯のシャワーもまず出ませんでした。

コミュニケーションの問題もありました。時間も約束もないに等しいし、ネットも全くダメ。

ま、そんなこんなのゴア、ジャイプール、ウダイプールでのパフォーマンスの模様は明日ご報告します。

私のストレッチスペース(笑)

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なお、facebookやtwitterでは最新情報がアップされていますので、失礼がない程度に(笑)友達リクエストなり、フォローなりしてみてください。

一周忌&メリクリ 文化交流誌 #26  文化交流使

昨年12月24日に父が亡くなりました。

それから1年。まさかのインドにいる私。Jaipur(ジャイプール)ってどこかご存知ですか!?(笑)

ホテルのロビーではクリスマスソングが流れていますが、これほど空気が合わない経験はございません。

けれど、これまでに月へ行ける距離ほど旅してきた私がさらにフィールドを広げて活動させてもらえていることに感謝しています。

写真は父が1953年にアメリカへ旅立つ時のもの。

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戦後間もない敗戦国の目の不自由な筝弾きがどれほどの思いで旅立ったのか。

連れ添った母(写真左)は目の見えない父の手を引きながらどんな思いで離れる日本を思い、そして、アメリカに降り立ったのか。

そんなことを思うと、ロマンとかそんな素敵な言葉よりも「怖かっただろうな」という思いしか浮かびません。

さて、前回のブログからすっかり空いてしまいました。

ネット環境が思わしくなかったのと、国が変わっても師走は忙しいね。

11月末にリスボンからミラノへ入った私はいよいよ「ブレンドラムス・シアター」第一弾としての創作が始まりました。

でも、英語圏でないイタリアでは「ブレンド+ドラムス」を明確にした方が良いということになり、あっさりと”blendDRUMStheater”に改名(笑)

まあ、こだわるよりも伝わることの方が大事なんで・・・。

しかし、ダンサーのスケジュール調整が難航していたことに加え、次のインドへ行くためのビザが取れる見通しが立たないなど困難続く中、ミラノに寒波襲来。

12月初めで初雪に見舞われました。しかも、その日に限り、アパートのボイラーが故障。暖房も入らないというこれでもか状態!!!

寒さは何とかしのいだのですが、乾燥がきつい。まず、のどに来て、そうこうしているうちに本格的に風邪をこじらしてしまい1週間ダウン。

幸い12月第1週はパーカッションとのリハだけだったので、割り切って完治を目指しました。

リスボンでAna Sofia(アナソフィア)さんとコラボしている時から、ミラノはダンスアンサンブルを考えていたのでイメージはできていましたが、時間が限られているし言葉の問題もある。

なので、ここは日本同様に全体の流れ(ストーリー)をプリントアウトしたものをダンサーに渡すことから始めました。

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まるで試験のようですが、彼女たちの適応能力は素晴らしく、1日で全体のスケッチは出来てしまいました。

もちろん、タイミングや緩急といったディテールや演出の詰めをしないとなりませんでしたが、病み上がりで体調万全でない私には心強い展開でした。

実際に舞台を使ってのリハも伸び伸びと踊っていたのですが、彼女らのダンスマスター、Susanna(スザンナ)さんが見学に来た際にもっとタイトにフォーカスを絞れという指示が出たようで、その辺りの客観的な視点は大いに助かりました。

Susannaさん率いるダンスハウスというカンパニーはミラノを拠点に活動しているのですが、彼女曰く、「いつもは外部の人に預けたり、彼女らだけにやらせることはしないけれど、レナードだったら良いかなと会った時に思った」というコメントを記者会見の際に伺った時は嬉しかったです。

まあ、例によって仕込みは問題が山積みの現場でしたが、私自身にも課題が残りました。

ミラノでは一般公演2回と関係者のみの公演1回の計3公演があったのですが、「作品」という視点で見ると流れやタイミングは決まっていても、そのプロセスはインプロの要素が多いのでライブ感が強く、作品としての確実性というものをどう極めていくのかはこれからの課題。

太鼓という楽器の特性を殺しかねないところでもあるので、難しいところです。

2月中旬以降はマルセイユバレエ団やレーゲンスブルグ・ダンスカンパニーとのコラボもある中、ミラノでの創作が3月と7月にもあるので最大限にトライしてみたいと思います。

では、最高にチャーミングで楽しいメンバーをご紹介します。

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前左からダンサーのAlice(アリーチェ)、Lara(ララ)、Giulia(ジュリア)、後左からパーカッションのAlessandra(アレッサンドラ)、Lorenzo(ロレンツォ)

ちなみにLorenzoは私が鼓童を離れる前の最後のヨーロッパツアーのミラノ公演で衝撃を受け、翌日、左肩に「巴」のタトゥーを入れて、パーカッションで食っていくことを決めたという変わり者(笑)

そして、演出上の構図からダンサーたちも「巴ガールズ」と呼ばれるようになったとさ。

こんなかわいい子から「僕のだったら貸してあげるよ」とコラボの必需品のご提供もあり!

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さらに、今回はBonsai Ninjaという会社をもつ映像クリエーター、ダリオ氏の「生命の誕生をイメージさせる」映像からステージが始まるというオサレな演出も好評でした。

こうした洗練させていくことにフォーカスを絞ったミラノ第一弾”blendDRUMStheater”から一夜明け、ドバイ経由でインドへ!

心配させられた入国ビザは関係各所の方々のおかげで何とか出発前日に取得。

本当にありがとうございました。

でも、先のリスボンからミラノへ入った際も疲れが出てしまったし、ヤバイぞと思いましたが、はい、インドではどえらい体験をしています。

これについてはまたネットがつながった時にアップします。いつかな(笑)

ということで、皆様メリークリスマ〜〜ス!(い〜〜〜〜なあ〜〜〜〜〜)




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