久しぶりの鼓童  カテゴリーなし

鼓童の公演に行く。やっぱり生音は素晴らしい。随所に研修生制度の成果が表れていたし、かなりの底上げは感じた。が、しかし、個々の作品には、もっとゴツッとしたテーマを感じさせて欲しかった(完成形でないならばなおさら)。
特に顕著だったのが「モノクローム(石井真木作曲)」。いつもなら立ち上がってくる「音の造形」が、この日のパフォーマンスからは感じられなかった。演奏者としてだけでなく、曲を作る者として、この作品の普遍性、こめられた数々の表現は秀逸と言う外ない。さらに、個人的には(鼓童を離れて)この作品を生で聴くことで自己確認ができるだけに、今日のパフォーマンスでは見失うじゃんか。って、自分のことは自分で見極めろってか。はい〜。でも、テーマは大切に。キャッシングは慎重に。風邪はお早めに。年末〜。

ええ、忘年会だらけ。  カテゴリーなし

シーズン到来。会社勤めの人は大方済んでいるのだろうか。私は今週からスタート。朝までコースもあれば、打合せ絡みもある。今日は予定がなかったので、遅れていた地味な事務仕事をやり(まだ半分)、この時間からはドラムス・マガジンを読みながら枝豆&ビール。テリー・ボジオ(ds.)のインタビューに「だよね、だよね。」と多々共感。音楽に対して真摯に向き合う姿勢は素晴らしい。
で、今年CDを2枚もリリースした私。カタチにした限り、さらに深め、壊し、新たな発想が生まれてくることを願うばかり。ああ、年の瀬〜。

不思議な1週間  カテゴリーなし

先週は不思議な1週間だった。
まず、突然アメリカのある大学教授から、「アメリカと日本のここ150年の音楽を通じた交流について執筆しているのだが、ヘンリー・カウエル作曲の”筝コンチェルト”についてお聞きしたい」というメールが来た。”筝コンチェルト”というのは、父のために書かれた作品で、1964年にレオポルド・ストコフスキー指揮フィラデルフィア・オーケストラと父(筝)によってアメリカで初演された。私は存在は知っていたけれど音を聴いたことがなかった。とにかく、大学教授には知る限りのことをメールで返信した。
その翌日、NYのドラマー、スティーヴ・ジョーダン(最高っす!)のマネジメントをしていて、これから私もお世話になるNYの代理人と打合せをする。
そして、不思議なことが起こる。
打合せの翌日、ひょんなことで1965年の”筝コンチェルト”の音源(オケは日本フィルハーモニー)が見つかる。そして、聴く。思わず涙。しかも、同時期の父のインタビュー記事も見つかり、父からなかなか聞くことが出来なかったアメリカでの生活ぶりや巨匠ストコフスキーとの出会い、NYカーネギー・ホールでのリサイタル、帰国第一弾の武道館でのリサイタルのことを知ることが出来た。再び涙・・・。
”筝コンチェルト”を改めて聴いてみると、確かに曲調やアレンジに時代感が出ているのだが、45年前にオーケストラの響き(西欧音楽)に迎合することなく、ドラマチックな筝の作品が存在していたこと、自分が今向き合っている創作が父の音楽にすでに存在していた(しかも、当時の父は今の私より少し若い)と言う「事実」に何とも言えない複雑な思いがこみ上げてきた。
しっかし、NYを中心とした時代を超えた巡り合せに珍しくドキドキしてしまった。

不意打ち  カテゴリーなし

随分前のこと。ウォーキングしていたら、ある中学校の体育館から太鼓の音が聞こえてきた。遠くから聞こえてくる太鼓の音というのは良いもので、「お〜、やってんなあ〜」と思っていたら、なんとあたいの曲じゃん!'80年代に作った曲「族」だったのだ。今じゃ教科書に載っているくらいだから、あってもおかしくないことなのだが、TVのコマーシャルやBGMなんかで使われているのとは違って、これにはちょっとびっくりした。アドバイスしてあげたい気持ちはあったのだが、なんせジャージだったけんね。「そこんとこ、ちょっと違うんだよな〜。」とか言って近寄ろうものなら、「ギャ〜、変なおじさ〜ん!先生!」だよね。寂しかねぇ・・・。




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