2004/12/20

映画「アトミック・カフェ」  MOVIE


「彼なしでは自分の出世作『ロジャー&ミー』も世に出なかっただろう。」と、
あの「華氏911」のマイケル・ムーア監督をもって云わしめた
ケヴィン・ラファティ監督の「アトミック・カフェ」をDVDで観ました。

用心深い亀のバート君が「ぴかっと来たらさっと隠れる」と、
音楽に合わせお手本を示すアニメーション&ニュースフィルム(実写)
で構成された予告編が楽しくて是非観てみたかった映画なんですが、
面白いのは予告編で観た「さっと隠れる」エピソードのみ。
あとは、アメリカの原爆に関する理解と知識の低さ
そして、マスコミと冷戦という状況に踊らされる大衆心理に
ただただ呆れさせられます。

なんかもう唖然となってしまいます。

そもそも「ブロークン・アロー」にしろ「トータル・フィアーズ」にしろ
ハリウッド映画が核爆弾を扱ったとき
登場人物の大半がUVケア以下の無防備さで
被爆地を平気で駆けずり回り、自ら被爆への道に突き進んでいく姿が描かれ
そのあまりの認識の甘さに驚かされましたが、
「アトミック・カフェ」に使用された報道フィルムを観ても
アメリカ国民は、核に対してちゃんとした知識をもたないまま、
マスコミや政府報道に右往左往させられています。
原爆実験所に送り込まれる兵士たちが、
きのこ雲を目前にして身に着けているのは
普通に軍服とサングラス、そして胸に怪しげな放射線測定バッジのみ
という恐ろしいまでの無防備さと
敵国ソビエトが核兵器を開発するや否や
躍起になって核シェルターを建造する一般市民のギャップは空恐ろしいです。

広島の惨状を克明に記録しておきながら
あれは一体どこまでアメリカ国民の目に入っているのでしょうか?
映画の前半では、
戦勝に喜び溢れるアメリカ国民と
皮膚が崩れ、手足を失った広島市民の
映像を交互に観せつけられ
本当にアメリカという国に嫌気を感じてしまいました。

それにしても「核シェルター」という言葉、
もう既に死語になってしまいましたね。
私が、この子供の頃にはまだ当たり前のように
存在していたんですけど。
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