2014/1/26

目をつぶって、楽しいことを考えて  MOVIE

本日のDVDは

2004年のスマトラ島沖地震による津波に
巻き込まれたスペイン人一家の実話を基にした

「インポッシブル」

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です。

3人の幼い息子とともにクリスマス休暇として
インドネシア共和国のスマトラ島にバカンスに訪れた
ヘンリー(ユアン・マクレガー)とマリア(ナオミ・ワッツ)の
ベネット美男美女夫妻。

父親の出世に不穏な影がちらほらしているものの
家族5人でオンシーズンにオーシャンビューヴィラ貸切
ってどんなセレブだよ!!
と云う絵に描いたような幸せな家族です。

そんな家族の姿を見せつけられ海の神様がやっかんだのか
クリスマスの翌朝、
滞在しているホテルのプールで親子団欒を楽しんでいたところ
巨大な津波に襲われてあっけなく一家離散しまいます。

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彼らだけでなく他の観光客にとっても最高のクリスマス休暇になるはずが…

それは本当に一瞬の出来事で
誰もが何一つ対処することができなかったのでした。

震度は東北地方太平洋沖地震の約1.4倍に当たる
マグニチュード9.1。
死者22万人、負傷者13万人と云う被害が出ました。
外国人観光客だけでも死者の数は1300人
行方不明者は8700人を越えています。

そのなかで生き残った家族が、
艱難辛苦の末再び集うまでを描いた映画です。

感動しないわけがありません。

 


とにかくこの映画のストーリーの構成が素晴らしいです。

まんまと泣かされました。

各シークエンスの順番がほんの少し違うだけでも
ここまで胸に迫る映画ができたかどうか判りません。

まず、カメラが追うのは
津波に飲み込まれ濁流に流されてしまった
マリアと長男ルーカスの2人です。

2人の弟のお兄ちゃんとは云え
被災前は、すぐ下の弟トマスを邪険に扱ったり
父親のださい水着を揶揄して
生意気なことばかり云っている
まだまだ子供なルーカスでしたが、

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これが後々の伏線にもなります。

被災後、父親と弟の消息は不明、
唯一残された家族である母親は大怪我を負ってしまい
頼る立場から頼られる立場に一転してしまいます。
そのことが彼を一気に大人にします。

それはもう目覚ましいまでの成長を遂げるルーカス。

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長男とは云えまだ小さい男の子が泣かずに頑張っているのを見ると泣けてくるわ。

そんなルーカスを見ているだけでも泣けてくるのに
マリアとルーカスの2人が避難途中で救助した
ダニエルという男の子がまた泣かせるのです。

まだオムツも取れていないようなダニエル。

こんな幼児が
一本しかない缶コーラーを最初に手渡されると
一人で全部飲むような大人気ないことをせず
一口飲んだけでまだ飲んでいないマリアに缶を回したり
元気のないマリアの頭をその小さな手でなでなでするのです。

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こんな、こんな小さな子が!!

その後、波に浚われる心配のない大木の上で
救助を待ち一晩過ごした3人。
ようやく通りがかりの島民に助けてもらえるのですが、
言葉が通じない上に相手がかなりのご高齢だったため、
自力で歩けないマリアは泥の中を引きずられることとなり
負傷している足をさらに傷めることになります。

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肩を貸すだけの力がないにしても怪我した部分を引きずるような運び方はやめてほしい。

それでもできる限りのことを尽くしてくれる島民の方々。
被災した際プールサイドにいたため薄着のマリアに
そっと上着を掛けてくれる優しさにまたも涙が…。

彼らのお蔭で病院に無事搬送されたマリアでしたが、
気丈に振る舞えたのはそこまで。
床に伏せるや
ホラー映画さながら、正体不明の臓器みたいな物体を
口から吐きだします。

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ここまで演じれきれるのはナオミ・ワッツだから。ルーカス君も直視できません。

以降、マリアの病状は悪化するばかり。
抗生物質も効きません。

それでも怪我を負っていない息子に対して
他の被災者の役に立つことをするよう助言します。

ところが、母の云うことを聞いて人助けに専念していたルーカスが
マリアの元に戻ってみると先ほどまで母が寝ていたベッドは
もぬけの殻となっているではありませんか!

言葉も通じない異国の地で
とうとう一人ぼっちになってしまったルーカス。

親戚に連絡を取ろうにも幼いルーカスは
祖父の名前しか覚えていません。

一方、ヘンリーの方は、
泊まっていたオーキッド・ビーチ・リゾートホテルから
そう離れていたところで行方の知れない妻と長男を探していました。

下の息子たちは2人とも無事です。

しかし、彼もまたプールで子供たちと遊んでいる最中に
被災したため着のみ着のまま。

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それどころか息子にダサいと云われた海パン1枚きりです。

携帯電話も流されどこにも連絡ができません。

ホテルはすっかりライフラインが遮断され
誰かに携帯電話を借りようにも
他の観光客も他人に構っている場合ではなく
「困っているのは誰でも同じ」
とそっけなく断られてしまいます。

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自分のことでいっぱいいっぱいの人もいれば→

まあ、確かにそういう云い分も判ります。
携帯のバッテリーだってどれぐらい持つのか判りませんし。

しかし、「困っているのは誰でも同じ」だからこそ
同じように困っている他人のことを
自分のことのように思いやることができる人もいるのです。

言葉と云うものは不思議なもので
同じ言葉でもそれを使う人の気持ちによって
全く違う意味を持つことがあります。

使い終わった携帯でも他人に貸すことを渋る人もいれば
いざと云う時のためにバッテリーを残しておいた携帯を
快く貸してくれる人もいます。

子供たちを預けて一人マリアとルーカスを探すヘンリーは
同じように妻子が行方不明となった男性から
ようやく携帯を借りることができます。

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→そうではない人もいるというだけのこと。

貸してくれなかった男が
必ずしも意地の悪い人間と云うわけではありません。

このような状況下では誰しもが行ってしまう
普通の行動なのです。

映画を安全圏から見ている私たちは
「自分はもう電話し終えているんだから貸してやれよ。
どケチが!!」
と憤ってしまうかもしれませんが、
立場が立場なら、状況が状況なら
「こんな時によく携帯電話を貸せとか云えるな。
空気読めや!!」
と云うことにもなりかねません。

無碍に断った男性の方が
すぐそばに妻らしき女性を伴っており
見た目も額が大きく禿げあがりメタボなのに比べ
快く貸してくれた男性は
妻子は行方不明で独りぼっちの上、見るからにイケメン
と云う視覚的効果も手伝い
どうしても後者に心が動いてしまいますが、
自分が当事者となったとき
どちらの男性のようになるか
その時になってみなければ判りません。

「困っているのは誰でも同じ」と云う状況において
甘え盛りで弱虫だった次男トマスも
弟サイモンを守るうちにすっかり逞しくなっていきます。

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いちばん甘えっ子だったのに幼い末弟を励ますくらいに成長します。


ベネット家の子供たちを見ているだけで
泣けて泣けて…。

まあこれだけの死者が出ていながら

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日増しに増えていく遺体。

実話ベースのストーリーとは云え
ベネット一家全員が無事生き延び
離れ離れになっていたにも関わらず
何かに誘われるように
同じ病院に辿り着き
患者だけでなく避難者でごった返す院内で
すれ違うことなく無事再会を果たすのは

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この再会シーンは感動しつつも「ええ〜っ?!んなアホな!」と思いました。

上映時間がもういくらも残っていないとは云え
強引過ぎるような気がしないでもないです。

思わずそれまで流れていた涙が引っ込んでしまいましたよ。

でも、これ実話ですから!!
実際に奇跡のような再会を果たしたからこそ
映画になったのです。


しかし、その強引な展開も
この後に来るアレに比べたらまだいいでしょう。

それがこの問題シーン。

結局、手術を待つため別室に移されていただけだった
マリアをシンガポールの病院に入院させるため
空港に向かうベネット一家。

空港ロビーで彼らを出迎えたのが
チューリッヒ保険の営業マンでした。

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日本でも「ハロー!チューリッヒ」のCMでおなじみのあのチューリッヒです。

BS放送で見ない日はない
あのスーパー自動車保険のチューリッヒです。
0120(フリーダイヤル)−505−505のチューリッヒです。

何故ここまではっきりと社名を出す?

思わずいったんDVDを巻き戻し(?)て二度見しました。

映画雑誌「映画秘宝」の
2013年度ベスト&トホホ10!!特集号で
どなたかも苦言していらっしゃいましたが、
この1カットだけのために
「著名人や各種職人の人生を紹介している人間ドラマに
感動していると突然登場人物が青汁を飲み出し
『あ、これ、青汁のCMだったのかー!』
と、愕然とさせられる
(株)アサヒ緑健の提供『太陽と緑の健やかタイム』
のような映画に成り下がってしまうのはいかがなものかと…。

しかも、そのチューリッヒ保険が
加入者様であるベネット一家に用意してくれるのは
シンガポールまでの自家用ジェット機と
入院先の手配だけなのです。

たったそれだけ?

これだけの災害を前に
保険会社としては充分な対応なのかもしれませんが
被災したヘンリーたちは、
数日間着の身着のまま
汚れた身体を拭うこともできず
裸足のまま飛行機に乗り込み
シンガポールに向かうことになるのです。

着替えまでとは云いませんが、
せめて足に履くものだけでも用意できないのでしょうか?

なんでしたらビーサンでも構いません。
保険料だってお安くはないんでしょ?

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ヘンリーなんて拾ったTシャツと海パンに裸足なのです。しかも血塗れです。

こんな対応を見たら
いくら最高評価の「三ツ星」認定されていようとも
チューリッヒに乗り換えるのだけはちょっと…
という、CM逆効果になってしまいませんか?

それでも、亡くなった人、病院で今尚苦しんでいる人
家族を探し当てもなく避難所を回っている人よりは
ましな扱いなのでしょうが…。


考えさせられる映画であることだけは
間違いございませんので、未見でしたら是非。
 
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