1960年前半(微妙)生まれの男の、映画について、音楽について、旅について、本について、そして人生とやらについてのブルース。自作の詩のおまけ付き。書いているのは、「おさむ」というやつです。
since 6.16.2005
To travel is to live. -H.C.Andersen
2006/3/31
やったーあ、エクアドルに勝った。
なんて、結果を見ただけでこう書いている。仕事で見ることができなかったからだ。
ゲームはやはりライブで見るのが一番だ。WBCでもそうだった。
最終結果として点差の開いたゲームてあったとしても、その見ている過程では、どきどきで全く大差でかったりという気分がしないからだ。
そう、ライブの良さは、当たり前だが、過程にあるのだ。過程のわくわく、どきどきだ。
ところで、日本は、ヨーロッパ組なしのチームで出てみてもおもしろいと思わない。
-まあ、ライブで見ていないので、このあたりで終了してしまう-
さて、関係ない話
1.桜木町の駅で、「2パック 500円のイチゴ」という呼び込みで
小型トラックでイチゴが売られていた。買おうと思ったら、ちっちゃ
いのが、2つあって、それより、「こっちは、600円、これは70
0円、2つで1,000円にしとくよ」とまくし立てられた。
森永卓郎のような人だった。まあ、いいやと思い、静岡産のいちご
を1パック買った。
この売り方、昔、仙台に仕事で行ったときに、山形のさくらんぼ○○
円と呼び込みがあって、結局高くなったのと似ていた。
2.有隣堂で、本を買った。動作の心理学の本だ。レジスターの女性の
名札をなんとなくみてみると「土 金」とあった。初めはわからなく
この人、金・土が休みなんだと思ったが、3秒後、吹き出しそうに
になった。ここまでよく育ってきたねとほめてあげたかった。
いじめられるでしょう、名前だけで。つちきんさん?どきんさんだっ
たら、どうよ。土金 麗菜 とか 土金 陽子 とか 土金 ジュリ
とか。
土金ちゃん、がんばってね。ところで、食パン好き?

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2006/3/29
決まったパターンを踏むようになるというのは、年を取った証拠ということになるのだけれど、そのあるパターンがその人にとって、とっても大事になるものなら、それでもいいと思う。
下る、下る、野毛へと下る。
ここのところずっと、ヴィレッジ・ヴァンガード(オリジナルはニューヨークのジャズライブハウス、日本では、革命的な本屋さんの社長 菊池 敬一さんの本屋さん)についての本を読んでいた。『ヴィレッジ・ヴァンガードで休日を』というタイトルの文庫本だ。(勿論、トルーマン・カポーティーの『ティファニーで朝食を』のぱくりですね)
ハードカバーが出版されたのはずっと前のことだけれど、今回は文庫本になっての登場だ。
僕がこの店の存在を知ったのは、六本木ヒルズだった。なにか映画を見に行ったときのことだった。
なかなかやるなという(本屋さんというより雑貨屋さんだった、しかし、ちゃんと、『森の生活』の文庫とCDで、バート・バカラックのジャズ演奏版のCDは購入した。
一緒に映画を見に行った人とは、その近くのイタリアンのお店に入った。
いつのことで、何を見に行ったのか忘れてしまった。
野毛に向かう桜木町の電車の中では、もう次の本へと移っていた。
『人生を歩け』町田 康 と いしい しんじ の対談集だ。
全く、問題ないのだけれど、「なあ、なあ、ふたりで好き勝手なこと喋って、それがそのまま活字になるって、しかも、それを買って読む人が折るって言うのが不思議とちゃう?ええ、物語書くのは知っているけれど、どないかならんの、この対談集、しかも、第2弾とちゃうの」なんて、関西弁で突っ込みを入れてしまうような本だ。まあ、面白いのですが。
『キネマ』は休みだった。ネギチャーシューが食べたかったのに。雨は小雨になっていた。千葉に引越しをしてしまう同僚がいたので、メールを打った。
『史』に入る。珍しく、キャロルの解散コンサートの録音テープが流れていた。2人組の女の人が史さんに色占いをしていた。魚をいつも、そこでは塩焼きにしてもらっている。今日は、鯖だった。脂がのっていておいしかった。その跡には、鮭のピラフと牡蠣の味噌汁をつくってもらった。
日本酒の半田郷をしっかりと飲んだ。(愛知県のお酒で、一般には流通していないらしい)
雨は上がっていた。アスファルトは春の雨に濡れていた。
妙蓮寺で降りた。白いパンツにデニムのジャケットの40代後半くらいの女の人が、線路と線路の間につばを吐いた。
南南東に輝く星があった。ぎらぎらと輝いていた。なんていう名前なのだろう。
港北小学校の横を通った。桜がもう満開になっていた。
よいことがたくさん、ありますように。

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2006/3/27
ターンをするのは
おさむ
土曜日の夜の野毛にも
それなりに人がいた
卒業式のお祝いなのか
少し着飾った男女の若者が道路に広がっている
左脚が悪い男が体を傾かせながらゆっくり歩いている
その集団を見て
少しためらい
ほんの3秒ほどためらい
ゆっくりと向きを変え
悪い左脚を固定し右脚でゆっくりとアスファルトに弧を描いた
アスファルトに弧の跡が残ったようだった
若い声が聞こえる
少し酔った声が聞こえる
その脚の悪い男に誰も気付きはしなかった
ましてやそのゆっくりとしたターンに
誰もが幸せになりたいさ
誰もが不幸のない人生を望んでいるさ
あなたにはそのターンが見えますか
あなたにはそのターンの痛みがわかりますか
野毛のバー「キネマ」へ行った。キネマで最近気にいっている食べ物が、
ネギチャーシューだ。ネギだけではなく、トマトもつく。結構、いける。
ビールは、カールスバーグの生だ。カールズバーグはデンマークのお酒だ。
土曜日のことだ。上記の詩はキネマへ行くときに、実際に遭遇したひとこまだ。
僕が入ったときに先にいたお客さん(30代の男の客)が、絵本の話をした。『100万回生きた猫』のことだった。昔からベストセラーの絵本だ。
あなたが幸せなときを過ごしている瞬間、誰かが、ターンをしているかもしれない。

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2006/3/25
とても凄いこと。さて、はて。
1. TOEICで990点を取ること
2. 芥川賞を受賞すること
3. 年収1千万円以上であること
4. 1日3時間しか眠らないこと
5. ロンリコをストレートで8杯続けて飲むこと
6. 80KGのバーベルをあげること
7. 山手線の駅を全て言える事
8. 1日に必ず5冊の本を読むこと
9. 毎日必ず1,000円を寄付することを10年続けている人
10.自分で苺をつくること
そう、そう、でもね、もっと凄いのは、
20年間とか30年間とか、同じ人を愛し続けること
だよね。

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2006/3/24
ストリートでみんなとダンスをする。10代後半と20代。
バスの利いたビートが外気を揺らす。
ストリートでのダンスは、いずれどこかに消えてしまう。
ほとんどは。
そもそもちゃんとバレエから行っていったとしてもプロのダンサーとして
食べていくのは至難の業だ。
ましてやストリートダンサーとしていくらスキルを身につけたとしても
ストリートダンスを集めた大会かその筋の中でほんの短い時間、伝説に
なることはあっても、やがては時間がそのダンスのスキル(そもそも
年齢を重ねれば動けなくなってくるのがストリートのダンスなのだ)
やスピードをそのダンサーから少しずつ、しかし確実に奪っていく。
しかし、大抵はまだあまり世間を知らないダンスに熱中する少年・少女
・青年・?たちは、その世界が一番だと勘違いをする。誰よりも早く
ターンをし、誰よりもかっこよくリズムに乗り、誰よりもクールにフリー
ズする。それらが全てなのだ。きっと、音楽やスポーツをやっている若者
も一緒だと思うけれど。
本日は、振り替え休日だったが、少し会社に顔を出した。
その後、野毛に下り、「史」さんのところで飲んだ。いつもは、サザン
やニール・ヤングがかかっているのだけれど、珍しく80年代後半〜
90年代初めの音楽が流れていた。そこに流れていたトニー・ブラックス
トンやジャネット・ジャクソンを聞きながら、ビールを飲み、鯵の塩焼き
を食べていると、「サーカス」(山下公園近くにあったディスコ)へ行ってみようかなという気になった。もう10年以上も行っていなかった。
「史」さんを出て、横浜に戻り、髪を切って、そのままみなとみらい線
に乗った。終点の元町・中華街まで行くのは初めてだった。
深い深いところから階段を上って行った。終点の駅なので、エスカレーターから下を見ると、電車を上から見ることができた。ちょっと、ヨーロピアンな感じがした。
地下から、中華街へと突然出てくるのは、新鮮な感じだった。
山下公園から2ブロックくらいの手前にあった「サーカス」はそこにはなかった。スーパーマーケットに変わっていた。入り口には看板も何もなかった。
ほんのちょっぴり悲しかった。
道路を渡ったところにある491と名がついた(確か、聖書からとった名前だと聞いたことがある)バーは残っていたし、「サーカス」の後ろにあるサン・マリーンというラブ・ホテルもまだそこにあった。隣には、創価学会のビルがそびえたっていた。
ほんのちょっぴり寂しかった。
一体、いつ消えてしまったのだろう。

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