2009/9/3

山下牧子がリサイタル 9/5 東京文化会館にて  期待のコンサート

メゾ・ソプラノの山下牧子さんが、9月5日にリサイタルをおこないます。非常に楽しみなコンサートなので、ご紹介します。

【プロフィール】

会場は東京文化会館(小ホール)なのですが、これには理由があります。山下さんは先日、今年のコンペティションが行なわれた東京音楽コンクールの第1回で「第1位」となっており、その特典となる「入賞者コンサート」に位置づけられるからです。このコンサートも、館による共催がついています。第1回のコンペティションは2003年でしたが、それ以前から既に相応の実績がある人だったものの、コンペティションでの優勝はこれが初めてだったのではないかと思います。

どちらかというと学究肌で、藝大は後期博士課程まで修了しています。過去には、平野忠彦さんに師事しており、英国歌曲の分野では、第一人者の波多野睦美さんにも習ったようです。外国留学経験はないようですが、知らなければ、そうとは思えない鋭い言語感覚の持ち主。バッハを中心とするバロック、宗教曲をベースに、歌曲とオペラの両方をこなし、オペラはどちらかというとフランスもののレパートリーに強みをもっているようですが、新国などでは、ドイツ語もイタリア語もしっかり歌っています。

【山下牧子の特徴】

二期会の所属ですが、そちらよりも新国への出演が多い印象があり、そのほか、BCJなど古楽アンサンブルなどでも活躍しています。ファンというわけではないにしても、山下さんの声を聴いたのは1回や2回ではないのですが、いつも知的なアプローチで、役まわりがしっかり印象づけられます。特に、レチタティーボのうまさには感心させられますね。アジリタ得意のハイテク歌手ではないにしても、歌曲の分野を得意とするように、しっかり歌詞を歌い込むという点で、優れた歌手であるといえます。

そんな彼女の歌に、いちばんじっくり触れることができたのは、大宮の「バッハアカデミー」(民家をスタジオ風に改装した建物)で聴いた、シューベルト『冬の旅』の公演でした。伴奏ピアノは、鍵盤奏者、コレペティとして知られる山田康弘。決してアコースティックに優れた空間でもないのですが、あそこで山下さんがこころを込めて歌ったシューベルトは、絶対に忘れられるようなものではないのです。

歌曲の究極は、どんなものだと思いますか。私は倒錯的な言い方ながらも、言語が必要なくなることではないかと思います。歌詞が全部、歌のなかに溶け出して、意味とかレトリックといったものが、すべてアプリオリ(先天的)なもの、つまりは、言葉以前からあったような感覚として聴き取れるようになった音楽こそ、歌曲の究極であると考えます。そこでは、ドイツ語、イタリア語、フランス語、英語、ロシア語、チェコ語、日本語・・・といった壁が取り払われ、作品にとって本質的な言葉だけが生き残るはずです。

バッハアカデミーでの『冬の旅』は、あたかも、そのような感覚を抱かせるようなものだったのです。会場の広さが手ごろなことも手伝って、山下さんの歌とオーディエンスの共鳴もちかく、印象に残る公演でした。特に、最初の〈おやすみ〉の繰り返し的な要素に、永遠につづくような孤独の感覚が託されたような歌いくちは、いまでもからだのなかに残っています。

良いリサイタルというのは、必ずしも名声のある歌手だけによって為されるとは限らないのです。これは私だけの思い出にすぎないかもしれませんが、その範囲において、最良の思い出のひとつとして、ご紹介したいのです。

【今回のリサイタル】

今回のリサイタルは、聴き手の趣向にも配慮しながら、彼女のこだわりをみせた多彩な内容となっています。「古典イタリア歌曲」「ヘンデル オペラ・アリア」「アヴェ・マリア」「ロマン派 フランス・オペラ・アリア」の4部構成です。それぞれの内容をよくみると、「そういえば・・・よくやる」曲が丁寧に集められています。例えば、フランス・オペラのパートで取り上げられる

○トマ 君よ知るや南の国〜歌劇『ミニョン』
○マスネ 手紙の歌〜歌劇『ウェルテル』
○グノー 不滅のリラよ〜歌劇『サフォー』

などというのは、国内でのオペラ上演は極端に少ないのですが、反面、歌手のリサイタルでは珍しくもない曲目です。ある意味、よく知られたナンバーといっても過言ではないでしょう。古典イタリア歌曲のほうもそうで・・・

○カッチーニ アマリッリ、私の美しい人
○モンテヴェルディ 私を死なせてください
○スカルラッティ すみれ

上記のような曲目は、古典イタリア歌曲の分野では、わりによく知られた曲が集められている印象を与えませんでしょうか。

しかし、それにもかかわらず、全体の構成は立体的なものになっております。まず、全体を通して、男女関係のもつれをベースにして、泣いたり、強い感情として表出される曲目が主体になっていることが読み取れます。そして、そこに含まれるいろいろなパターンで、表現が推移していくことは予想できます。ときには、政治や社会的なものの背景を含みながら、人間を取り巻く様々な要素が、恋愛という大きなテーマを変容していく様子を歌っていきます。

そうした背景のなかで、ヨーロッパ社会において、宗教はいうまでも泣く重要であります。特に有名なバッハ=グノー編のものをはじめ、4人の作曲家が書いた『アヴェ・マリア』で、その面を掘り下げるのは面白い趣向です。シューベルトやカッチーニにも有名な『アヴェ・マリア』がありますが、今回、山下さんはアルカデルト、サン=サーンス、フォーレといったところを並べてきました。アルカデルトはルネッサンス期の作曲家、古典シャンソンの名手としても知られますが、『アヴェ・マリア』は彼の作品をもとに、19世紀になって誰かが改作した作品とされます。

ここでお気づきのように、「古典イタリア歌曲」「ヘンデル オペラ・アリア」はイタリー、「アヴェ・マリア」「ロマン派 フランス・オペラ・アリア」はフランスという風に、演奏会はさらに2つの世界を区切ることになります。そして、アヴェ・マリアを一種の歌曲と考えるならば、歌曲→オペラ・アリアという構成で、それぞれのパートが進むことになります。

ただし、こうした枠組みを越えて、曲の対応関係なども複雑に絡み合っているように思うし、その点についても書いてはみたいのですが、あまり長くなりすぎましたので、それは本番に対する叙述に譲りたいと考えます。

【まとめ】

山下さんはお馴染みの歌手ですし、内容的にも充実している。しかも、曲もマニアックなものばかりではないというように、いろいろな方が、各々の決めた角度で楽しめるリサイタルではないかと思っています。ピアニストは森裕子さんで、以前から山下さんと組んでおられるようです。

9月5日、14:00開演。東京文化会館小ホールが会場となり、全席自由=3000円(学生券は500円割引)はリーズナブルです。
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2009/7/15

ベートーベン・トリオ・ボン 17日に東京公演!  期待のコンサート

ベートーベン・トリオ・ボンは、ピアニストの濱倫子と、ベートーベン・オーケストラ・ボン(GMD:ステファン・ブルニエール)のコンサートマスター、ミハイル・オヴルツキ、同オケのチェロ首席、グレゴリー・アルミャンによって構成されるピアノ三重奏団。濱についてはこのページでも何回か取り上げているし、アルミャンとのデュオについても触れてある。2人はカールスルーエ音大時代からのユニットであるが、そこにオヴルツキを加えたトリオが結成されてからは、さほど時間が経っていない。

このグループがいま、来日している。濱はもちろん日本人だが、現在、ドイツのカールスルーエ在住で、フランスやドイツなどで活動しているというから、「来日」というのが正しかろう。これまで1年に1回くらいは、日本でいろいろな形で演奏を披露してきた。初めはアルミャンとのデュオ、ソロ・リサイタルも2回。別のパートナーとのピアノ・デュオによる公演。そして、トリオによる日本公演は、今回で2回目となる。これらのうちのソロ公演(2回目)と、デュオの録音については、当ページでもレビューが読める。

今回、トリオは関西と九州ではじめて公演をおこない、関東では17日の公演に先駆けて、川崎でも公演が組まれている。また、濱とオヴルツキは、別に1公演を過ごした。

このトリオの実力については、ANTESというドイツのレーヴェルから発売されているベートーベンとメンデルスゾーンの録音で知ることができるが、他人に薦めるのに恥ずかしくない優れた演奏を披露してくれている。特に、トリオ名に負けることなく、ベートーベンのトリオがいい。ダイナモとなる濱のピアノのつくるカラフルなカンバスに、ロシア出身の2人の音楽家が自由自在に筆を滑らせ、彼らにしかない個性的な演奏となっている。以前にアルミャンとのデュオについても同様のことを書いたとおり、濱のピアノがフォルムを守り、しっかりと2人のオトコを繋ぎ止めてくれることで、バランスのとれた演奏になっている。

ベートーベン「ピアノ三重奏曲第3番」の第1楽章では、最初のシーケンスでは舌足らずなフレーズが抜群のユーモアを放って輝き、次に同じようなシーケンスを繰り返すときには、ぐっと影が射すような演奏をしている。演奏が進むにつれて、この入れ替えが頻繁におこなわれるようになり、その度に作品が深さを増していく。非常に自由な演奏なのだが、楽曲の構造はしっかりと踏まえられ、知的に演奏が組み立てられていることも、また間違いないのだ。この楽章の最後で、対位法が爆発したようにピアノがうなるラインの作り方、そこから膨張と収縮を繰り返しながら、ミステリアスに終わっていく部分の演奏も秀逸だ。

第2楽章のヴァリュエーション仕立ては、3人の音楽性のユーモアと詩情が噛みあって、まことに味わいのふかい演奏になっている。メヌエットだが、スケルッツォ的なユーモアが感じられる第3楽章は、モーツァルトの重唱のような快活な表情が秀逸。第4楽章はアレグロ・アパショナートを生かした、ベートーベンらしい渦巻くような演奏が特徴で迫力があるが、一方、ガスの抜き方もうまい。

17日の公演では、メンデルスゾーン(1番)、ショスタコーヴィチ(1番)、ベートーベン(4番)に、ピアソラが組み合わされた多彩な内容となっている。これは敬愛するベートーベンとともに、オトコ2人の故郷であるロシアを代表する室内楽の作曲家に敬意を表したものにちがいない。19:00開演で、会場は浜離宮朝日ホール。私としては、このトリオの実演は初めてだが、自信をもって推薦できるコンサートである。
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