2009/6/9

辻井伸行 ヴァン・クライバン・コンクールを制覇!  ニュース

木嶋真優がファイナリストになったが、入賞には至らなかったエリーザベト王妃国際コンクールには、まったく無反応だった日本のメディアだが、米国はテキサス州のフォートワースでおこなわれていたヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで、辻井伸行が中国のザン・ハオチェンとともに優勝したというニュースは、すこし話題になるかもしれない。辻井は生まれながらの全盲ということもあり、テレビ・ニュースでも臨時コーナーが組まれて電話出演した。

このコンクールは、インターネット配信が充実しているので、いくつか聴いてみたが、辻井らしい透きとおった音色、優しい鍵盤のタッチで、他のコンテスタントたちとは一味ちがう演奏を聴かせている。その音色がもっとも生かされたのは、やはり、ショパンの曲目だろう。前回のショパン・コンクールでは、決勝進出を逃したものの、多くの聴き手に支持されたのを受けて、批評家による特別賞を受けた。しかし、本人はそのときのことを反省し、審査員に気に入られる演奏をするのではなく、自分らしい演奏をするために選んだプログラムが功を奏したと言っている。

優勝者を2人出すというのはきわめて稀なケースで、賞金や特典がどういう形でシェアされることになるのかわからないが、「1位なしで2位を2人」などとしなかったところからみると、どちらも甲乙つけがたく、優勝に相応しいレヴェルと判断されたのだろう。また、ソン・ヨルムも上位2人に続く「3位」ではなく、敢えて「2位」とされたところをみると、辻井、ザンには若干及ばないものの、それでも相当の評価を受けたということの証拠にはなろう。

【コンクールについて】

なお、今大会のジュリー(審査員)としては、ジョン・ジョルダーノを委員長に、ドミトリー・アレクセーエフ、ミシェル・ベロフ、リチャード・ダイアーなどが名を連ね、ピアニストのほか、指揮者、評論家などといった構成になっている。なお、名前を冠された20世紀の歴史的なピアニスト、ヴァン・クライバーンはいまだに現役のピアニストとして活躍し、ずっとコンクールを見守ってはいるものの、審査には参加していないようだ。ニュース記事によれば、彼もまた、辻井の演奏を絶賛していたということである。

このコンクールは過去に、ニコライ・ペトロフ、ラドゥ・ルプー、ルドルフ・ブーフビンダー、野島稔、ウラディミール・ヴィアルド、クリスティアン・ツァハリス、ミシェル・ダルベルト、バリー・ダグラスなど、錚々たる顔ぶれを輩出している。日本人の入賞は、野島が2位になった1969年に、藤沼美智子とともにダブル入賞して以来の快挙となる。優勝者が2人となったのは2001年(2回前)が初めてで、これが2回目のこととなる。近年の入賞者には、浜コン2位のアレクサンドル・コブリンのほか、ジョン・ナカマツなどがいる。

【わたしの辻井体験】

私は以前、今回、本選でも演奏したラフマニノフのコンチェルト(2番)を聴いたことがある。このブログにもレビューが書いてあるので、右下の検索機能を使っていただければ見ることができる。そこで私は、こんなことを書いている。

彼の演奏からは、ラフマニノフの孤独が浮かび上がってくる。初演の地はNYか、どこか他のアメリカの土地だと思った(実際の初演はモスクワ)。異国の地で郷愁に駆られながら、帰ることもできないというような状態に似た孤独・・・実際、モスクワにあって、こんな孤独を感じていたとすれば、ラフマニノフのこのときの苦悩がいかばかりであったか、想像もできないほどだ。それゆえ、私の目からは涙が溢れた。
   (中略)
それにしても、第2楽章は素晴らしかった。清潔な打鍵が細かく展開していくと、ひらひらと雪が舞い降りてくるようだ。フルートをバックに逍遥するピアノの、どこまでも透明な響き。甘い響きに埋もれていくような場面のなかで、北国の木々や植物、澄みわたった風の薫りがすっと入り込んできて、癒されていく。上野の停車場で故郷の訛りを懐かしんだ啄木のように、こうしたものに触れて、自ら癒されていくラフマニノフというイメージであろうか。

この基本的なイメージは、まったく変わっていないというべきだろう。こうして映像配信を聴いていても、あのときの涙が甦ってくるようだ。しかし、両端楽章における輪郭もよりハッキリとして、見通しがよくなっている。あのとき(2007年7月)と比べると、第1楽章は凛々しく、鋭さを増し、第3楽章は技術的な完成度が高まって、安定感が向上しているだけではなく、より温かく、ヒューマニスティックな響きになっているように思われた。

ショパンも、辻井にしかできない演奏だろう。先程、話に出したショパン・コンクールでは2位だったソン・ヨルムが、より華やかな雰囲気をもつ2番を颯爽と、ゴージャスに弾き上げたのに対して、辻井はブレハッチ的な弱音の美に徹している。そのタッチの丁寧さは、さすが、このコンクールでは群を抜いている。ブレハッチの猿真似にもなっておらず、まったく別の個性が辻井のなかに閃いているのがわかる。それは単なるショパンというよりは、もっと清らかなものだ。ショパンの作品は決して巨大なホールを想定して書かれたものではないことを踏まえ、競争で聴きばえしない不利を恐れることなく、音量を必要最小限に抑え、そのコンパクトな機能美をしっかりと表現している点も、私は気に入った。

【ハンデを乗り越え、世界へ飛び立て!】

嘘か本当かわからないが(本当と信じよう)、辻井が2歳半のとき、母親の口ずさんだメロディを誰に教えられることもなくピアノで弾く音が聞こえ、母親を仰天させたという「神童」的な伝説がある。彼は生まれつき全盲なので、そんな奇蹟があり得るのだろうか。信じられないが、大好きなエピソードではある。その奇蹟に力づけられた母親の想いを、どうしても想像してしまうからである。

辻井はどうやって曲をマスターし、演奏しているのだろうか。見えない以上は、多分、身体に叩き込んでいくしかない。彼はしかし、作曲家でもあって、自分の作品を演奏することもあるし、協奏曲のカデンツァも自作したものがあるそうだ。そんな才能に恵まれた彼のハンディキャップは、本来、強調されるべきではない。しかし、私はそれを敢えて強調したいと思うのだ。なぜなら、彼のピアノの音色は、本当に大事にされて育った者だけが奏でられる、真の優しさをもっているからである。

それはただ、彼がピアノに打ち込んで、よく訓練を積んだからできる・・・というものともちがうと思うのだ。

障害があるわりには凄い、もしくは、障害があっても頑張っている・・・という(意識せざる)見下し的な視点は、断固、退けられるべきだ。だが、彼が自分に注がれた愛情を信じられないほど素直に育てており、それをまた演奏することの喜びへと変換してつくっていることは、驚きに値する。そういう点を踏まえても、辻井のピアノの響きは、彼の障害を抜きにしては考えられないし、考えるべきでもないのではないか。これは本当に凄い才能で、障害をもっている人で、ピアノに才能があって、しかも、親たちに大事に育てられれば、誰でもこうなるというわけではないと思う。辻井だからこそ、こうなれたのであり、その生き方に窺われるある種のタフさについては、音楽家としてのスキルのひとつと見てもいいのではないかと思う。

もちろん、それ以前に、響きの素晴らしさ、音楽性の素敵な輝きがあるのは自明のこととして・・・。とにかく、素晴らしい才能だ。それが、このように大きなコンペティションのなかで、堂々と認められたということは嬉しい。辻井は、まだ20歳。広い大空に羽ばたいて、彼の滋味ゆたかな生き方を世界中に見せつけてほしいと願う。それは、多くの人々に勇気を与えることになるだろうから!
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タグ: 辻井伸行



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2009/6/9  11:18

 

物凄い接戦だったようですが、佐渡裕がとても可愛がっていた辻井伸行が国際コンクールで優勝です。全盲かどうかは問題でないですね。
ヴァン・クライバン・コンクール

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