2009/9/2

小出稚子 委嘱初演 + 芥川作曲賞選考演奏会 8/29  オーケストラ

29日は、恒例の芥川作曲賞の選考演奏会を聴いた。演奏は、小松一彦指揮の東京フィルが担当して、無難に演奏した。

まず、一昨年の受賞者である小出稚子(コイデノリコ)に委嘱された作品が、初演された。”ChOcoLAtE”は、とても変わった作品。一種のロック・テイストで、キッチュで、可愛らしい響きが、現代的なイディオムと対置されている。多分、スピーカーからの音も混ぜながら、部屋飼いの猫がひっくり返したバケツから、スルスル流れる水の音、プチプチを潰すような連続音や、コップの中にストローを突っ込んでブクブク・・・いろいろな現象が起こっては過ぎていく。

オケ団員たちがアルミホイルをひらひら振って音を出し、ディミヌエンド、休符にフェルマータ。このまま終わるのか・・・否、そんなわけは・・・と思っていると指揮者が動き出し、やっぱりまだあると安心させておきながら、フィンガー・クラップで呆気なく終わるという部分には笑いがこぼれた。音楽構造、旋律、伝統様式、そういったものの呪縛を故意に踏み破り、ポップな自己顕示のあるパフォーマンス音楽とみえた。

芥川作曲賞の選考会は、審査員が、斉木由美、三枝成彰、松平頼暁の3人。

藤倉大の作品"・・・as I am・・・”は、アンサンブル・アンテルコンタンポランのために用意されたが、アンサンブルの全構成員とメゾ・ソプラノために書かれた曲であるという。初演を務めたローレ・リクセンベルクが招かれ、本命中の本命。結果的に、斉木、三枝の支持で受賞となったが、すこし考えすぎた作品である。

運動性に優れており、手法も細かく、スキルの高さはスコアを見ずとも明らかであろう。だが、リクセンベルクという優れた歌い手なしにはあり得ない作品だ。特に後半においては、公開審査では、反復音型の良し悪しが問題になったが、私にはもっと大きな問題があると思われた。それは、反復音型を導入したこととも関係がありそうだが、結局、リクセンベルクの表現の奥行きに対して、バックのオーケストラのキャラクターが呑み込まれてしまうことなのだ。

今回、藤倉はかなり謙虚に歌のもつ可能性について探求し、生声だけではなく、敢えてマイクも用いることで、声の可能性はさらに大きく広げている。歌手も、そのチャレンジに満更でもない。それなのに、肝心の言葉が聴きやすくない。テクストと音楽があまりに一体化しすぎているために、かえって言葉にシャープさがなく、テクストの味わいが出ていない。それは、歌手の表情だけに依存している。その点でも、リクセンベルクなしには成り立たない。

松本祐一(祐の字の示偏は旧字だが、変換できないので常用漢字にした)は、あるテーマについてアンケートをとり、その答えを品詞にわけて、それによって音程を決め、単語の長さで音符をの長さを決めるというシステムで音楽をつくるという独特の方法を編み出した。今回は、「広島・長崎の原爆についてどう思いますか?」がテーマで、この質問に対する答えを、日本語と英語の両方に置き換えて、素材化している。

いろいろと多層的なイロニーが含まれており、それを書くと長くなるので割愛するが、芸術的なイロニーが有効なのは、その「笑い」に受け手を納得させる真実味があるときだけだ。この作品では、例えば、我々にとってあまりにも重い、原爆投下の問題そのものが脇に置かれてしまうこと、音楽的には、先のようなルールやミニマルという形式上の問題もあり、アンケート内容と音楽がまったく連動しないことなど、聴き手の反発を招きそうな要素があまりに多く、イロニーとしてのリアリティが伴っていない。悪くいえば、悪ふざけともとられかねない危険性がある。

藤井喬梓(フジイタカシ)の『ディエシスU』は、母校・国立(クニタチ)音大のシンポジウムに寄せて書かれ、「国立ならでは」の作品として構想された。こういう場所に出されるとも思っていなかったのだろうから、内輪ネタ的な部分があったり、作風もかつての学園生活を思い描いた懐古的なものが故意に選ばれ、そもそも新しさを目指す意図も要求もなかったと推測される。こうした場所に引っ張り出してくるほうが可哀想な作品であるともいえるだろう。

始まって数秒、トーン・クラスターというのだろうか、整然とした響きが真っすぐに伸びてきて、要は古色蒼然とした響きに、かえってギョッとさせられた。ここから雅楽のような響きを使いながら、セレモニアルな雰囲気に作品を織り上げていった。「ディエシス」とは半音以下の微小な音程を意味するそうだが、この曲では、半数の管楽器と、キーボード(シンセサイザー)、ハープなどが四分音下げて調律されており、その効果が雅な効果をあげていることで好評だった。私は雅楽的な響きだけではなく、西洋のパイプ・オルガン的な響きもそこに二重写しになっていると思った。この襞が、なんとも美しかった。

松平頼暁が支持したように、いたって真摯につくりこまれ、響きも美しいことで好感を抱かせられる。これは、今回の3人のなかで傑出した要素だ。ただし、3作品のなかでは、飛び抜けて古さが際立つのもまた事実だ。新しくなくてもいいが、チン・ウンスクの作品にみられたような驚きがなかった。そして、何より大事なのは、新しさを初めから追っていない作品だということだ。

かくして、若手らしい共鳴で藤倉を支持した斉木と、筆力を素直に評価した三枝に対して、松平は藤井の誠実さを推すことになり、結局はスプリット・ディシジョンとなったのである。三枝成彰も言ったように、今回の3作品を聴いて、瑣末なオリジナリティぐらいはあるにしても、形式的に、本質的にインディペンデントなものは1つもなかった。その点、やはり最初の小出の作品に魅力がある。わからなくても、わかりたいと思わせる引力があるからだ。

とにもかくにも、良いものもあり悪いものもあるが、若い作曲家たちもめいめいに頑張っている。彼らの作品も、もっと聴かねばと思った一日であった。そのことが聴き手のレヴェルでは、三枝の語った作曲界(ひいてはクラシック音楽界)の危機感に応えるものになると思うからである。
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2009/9/2

テーマ作曲家 チン・ウンスク サントリー音楽財団 サマーフェスティバル 【管弦楽】 8/28  オーケストラ

25日につづき、サントリー音楽財団のサマーフェスティバルに足を運んだ。28日はテーマ作曲家、チン・ウンスクへの委嘱新作を含む管弦楽の演奏会である。このチンは1961年、韓国のソウルに生まれ、カン・スキやリゲティに学んでいる。

今回、チン・ウンスクの作品は2つ演奏された。それを聴く限り、チンの作品は最初から見たこともないようなパラダイムが一挙に広がるというより、あるときまでは見慣れていると思えた素材が、あるとき不意に壁を乗り越えて、思ってもみなかった変容を遂げるところに特徴があるように思えた。先行の音楽的蓄積に深い理解があり、コンテンポラリー・ミュージックにおける、いわばバッハのような大成者というほうがイメージにちかい。

例えば、メインの『シュウ』にしても、外形的には、中国笙というファンタジックな楽器、そして、その名手であるウー・ウェイを独奏者に立てた、従来のヴィルトォーゾ型協奏曲に見えないこともない。しかし、私はむしろ、この作品のバックの部分に魅せられた。仕掛けが十分に説明できないが、そうした部分にこそ、『シュウ』という作品にとって重要なファンタジーが満ちみちているからだ。ほんの単純な弦のパッセージ、打楽器の決まりきった音型を聴いているはずなのに、それがいつしか、我々にとって未知の世界に潜り込んでいく。油断がならず、いつなにが起こるかわからないドキドキ感。それが、中国笙という未知なる楽器の魅力と共鳴して、魔法の響きを現出させる。

中国笙はエンジンとして使われ、アウト・プットは打楽器を含む管弦楽のほうにまわされている。にもかかわらず、このエンジンの魅力は、有名ブランドのスポーツカーのように明らかなのも面白い。ここには二面性がある。聴き手は、好きなほうを受け取ればいい。

特殊奏法も多いが、作品の構造自体はきわめてシンプルな印象を与える。あるときには日本の和楽器のような響き、あるときにはバンドネオンのような響きを出す中国笙のミステリアスな響きも、ある意味では、とてもシンプルに構成されている。ただし、こうした伝統のある楽器の使い方としては、我々よりもかなり緩やかな柔軟性が感じられる。ここにも二面性(多面性というべきか)がある。

また、大陸的な穏やかさを示しつつも、変にナショナリズムが織り込まれていないのもいい。そうしたものの扱いに悩まされたであろう、師匠のカン・スキの苦しみは、チンの世代にようやく自由をもたらしたのだろう。

前半にウェーベルンを演奏したように、チンの音楽は、明らかに表現の凝縮に向かっている。例えば、『ロカナ』は作品世界に広がりがあるが、イメージの凝縮という点で、前のウェーベルンの極致と比べても遜色ないものがある。しかも、そこに、なにが起こるかわからないドキドキ感がずっと持続していて、その点で、最初に演奏したリゲティの影響も見逃せない。ここに強調した作品の凝縮力と、詩情の持続、さらに、先に述べた変容力というものについて、私は、チン・ウンスクの作品を高く評価した。

ひとつだけ不満があるとすれば、2階席中段の通路に配置されたバンダであろう。これは最後のほうで、ようやく導入され、舞台上の響きとシンメトリカルな動きをする。しかし、例えば、1階席左前方あたりにいた人たちに、この響きは届いていたようには思えないのだ(後方を振り返る人もいなかった)。この点だけを、最後に指摘しておく。

【プログラム】 2009年8月28日

1、リゲティ サンフランシスコ・ポリフォニー
2、ウェーベルン 5つの小品〜オーケストラのための op.10
3、チン・ウンスク ロカナ〜大オーケストラのための
4、カン・スキ カテナ〜大オーケストラのための
5、チン・ウンスク シュウ〜中国笙とオーケストラのための協奏曲
 (中国笙:ウー・ウェイ)

 管弦楽:東京交響楽団 (cond:秋山 和慶)

 於:サントリーホール
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