2009/3/5

ブリュッヘン ハイドン 交響曲第102/103/104番 新日本フィル 2/28  オーケストラ

新日本フィルとブリュッヘンのハイドン「ロンドン・セット」のツィクルスも、最終回を迎えた。通常のプログラムからは独立させ、特別なスポンサーをみつけて行われたシリーズだったが、苦労したけど、やって良かったというのが、オケとオケマンたちの偽らざる想いではないだろうか。さて、この最終回は、ゲスト・ソロ・コンマスの豊嶋泰嗣を迎え、大詰めとなる102〜104番の演奏である。

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前半の演奏も良かったが、後半の104番でトドメを刺した。これは、すごい演奏だ。何がすごいといって、すべての要素が入っているのだ。私は第2回と第4回を聴いたが、残りの2回や「天地創造」まで聴いた人だったら、この1ヶ月が凝縮されたような演奏に、思わず涙したのではないだろうか。なにしろ、2回だけの私でさえ、何度もデジャヴーを体験したのだから。このシンフォニーは、「ロンドン・セット」の象徴として「ロンドン」交響曲と呼ばれている。だが、私が勝手に名付けていいとすると、「最良の思い出」だ。この交響曲は、自分の音楽性に惚れ込み、ロンドンでの成功をともに夢見たザロモンへの友情の証であり、そのおかげで残すことができた12のシンフォニーへの深い愛情のしるしなのである。

そして、それはまた、職人・ハイドンが104曲目にして、ついに交響曲を「完成」させたプロセスに重なっていく。第1楽章冒頭の豪壮な響きが、その成果を象徴的に語っている。

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さて、あなたはどれだけハイドンの、そして、ブリュッヘンの織り込んだメッセージに気づくことができただろうか。例えば、第1楽章中盤、単調で奏でられる提示部では、「天地創造」を思わせる響きがあり、最強奏からパウゼに突っ込むまでの場面が、正に神々しく歌われていることに気づいたはずだ。アンダンテによる第2楽章は、94番「驚愕」と101番「時計」のチャンポンともとれる。こうしたエレメントは、このシンフォニーのなかに、いくつも組み込まれているのだから、枚挙に暇はない。しかし、そうした要素と絡めて、パウゼやリタルランドが多用されることで、懐かしく振り返るようなイメージが付加される。

とりわけ印象的なのは、やや退屈なくらいに穏やかな第2楽章の表情と、あとでリピートした第4楽章のゴージャスな響きだろう。

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102番は、「太鼓連打」のニックネームをもつ次のナンバーよりも、ティンパニの見せ場が多い。この日は、名手の近藤高顕が叩いていたこともあって、その重要性がよくわかる演奏だ。その近藤が打つ、冒頭の「太鼓連打」の高貴な音色も印象深い103番は、第1楽章のスムーズな流れや、第2楽章の弦のトレモロの生命感、古楽器風の管楽器の音色から、この楽団は確かに、ブリュッヘンの語法をかなり身につけたようだという実感を抱いた。

こうした演奏を聴いたあとの「ロンドン」だったからこそ、感慨もひとしおだったのかも知れない。ブリュッヘン本人がどの程度まで、新日本フィルが到達し得たと考えているかはわからないが、とにかく、ブリュッヘンのいう「ルール」を蓋然性の高いものとして認め、それをできるだけ忠実に再現した点は、しっかり評価されるべきだろう。

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しかし、このロンドン・セットは、うまくできている。今回、ブリュッヘンはハロルド・ロビンソンよって整理された作曲順に並べた上で、1回の演奏会で3曲ずつを取り上げ、前半を2曲、休憩を挟んでもう1曲という流れに統一した。さて、実際に演奏を聴いてみると、まず引き締まった美しさに加え、適度のユーモアがある第1曲。フレーバーたっぷりに演奏される、チャーミングな第2曲。そして、休憩を挟んだところで、構えのしっかりした1曲で締める・・・という構図が、ほぼ共通していた。

これは偶然であるのか、ブリュッヘンによって密かに仕掛けられたトリックであったのか。しかも、この老匠は、観客のこころの在処をしっかりと把握している。私の聴いた2日だけでも、それぞれ98番と104番をリピートし、聴衆の期待に見事に応えたではないか。初日は93番のフィナーレ、3日目は101番の第2楽章だったというから、どこを触れば、聴き手が喜ぶのか、ブリュッヘンは計算し尽くしていたのだろう。正に釈迦の掌で踊らされる孫悟空同様、我々はブリュッヘンの掌に包まれて、こころを温めていたというわけだ!

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非常にいいシリーズであったと思う。よくよく考えれば、いつもの定期演奏会と比べると、少しだけ安めの値段設定がなされており、手の出しやすい価格だったことも幸いだ。会場は日を追うごとに熱気を高め、最終日の終演後も、熱烈な賞賛がつづいた。メディアにも多く取り上げられ、宣伝効果は計り知れない。

今回の成功はもちろん、ブリュッヘンの功績によるところが大きい。実質があるだけではなく、やはり、知名度の高さも武器となっている。メディアがこれだけ飛びついたのも、この老匠だから・・・というところも大きいだろう。私は若干、警戒した。ブリュッヘンがやるのだから、これでいいんだろうという雰囲気に、自分が包まれていくことには慎重だった。だが、実際に耳にしてみると、彼らの演奏はブリュッヘンだから・・・という次元をはるかに越えて、その音楽の本質を突いているようにきこえたのである。

だが、ひとつ踏まえておきたいことは、このオーケストラが、ブリュッヘン以前からハイドンを重視してきたことだ。近年では、アルミンクやボッセが、その伝統を発展的に継承してきているが、かつて20年ちかくも前になるが、井上道義時代にも、ハイドンのシンフォニーの全曲演奏が行われたという。そうした積み重ねのうえに、このプロジェクトが成り立っていたことも、是非、憶えておきたい。

近年、行われた在京オーケストラの成果のなかでも、特に注目すべきもののひとつとなった。まずは、大きなプロジェクトの成功を喜びたい!

【プログラム】 2009年2月28日

1,ハイドン 交響曲第102番
2,ハイドン 交響曲第103番「太鼓連打」
3,ハイドン 交響曲第104番「ロンドン」

 コンサートマスター:豊嶋 泰嗣

 於:すみだトリフォニーホール
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2009/3/2

プレヴィン、N響首席客演指揮者に!  ニュース

指揮者のアンドレ・プレヴィンが、N響の首席客演指揮者となることが決まった。

プレヴィンは一昨年、8年ぶりに同響を指揮したが、モーツァルト、ラフマニノフ、ラヴェルなどを振って、いずれも評判を得た。私はラヴェルのプログラムを聴き、「ダフニスとクロエ」の演奏を評して、「表向きは静かなパフォーマンスだが、久しぶりに、N響のメンバーが燃え尽きた」「プレヴィンは、ラヴェルの3つの顔を我々に提示した」「控えめな知性のわさびも効いた、上質のコンサート」などと評している。下半期のランキングでは、6位に置いている。

世評では、モーツァルトが素晴らしかったという話になっているらしく、N響HPに掲載された就任の案内でも、そのコンサートの成功が特に挙げられている。プレヴィンの「自作の演奏などを含む多彩なプログラム」を通じて、楽団とプレヴィンとのコラボを期待してほしいという前向きなヴィジョンが提示されている。

同時に公表されたプレヴィン自身のコメントでは、テレビ放送のほか、レコーディング、東京以外でのコンサートの可能性や、海外ツアーへも意欲を示しており、それが本当に実現するのであれば、出演機会がどれぐらいになるのかは未だ不明としても、アシュケナージが音楽監督であったころの役割と、ほぼ近いところまで来ているように思われる。

できるだけ日本語も憶えたいという文句があり(まあ、この齢にして新しい言語は無理だろうが)、相当の意欲を示していることが窺われるのは微笑ましい。

就任は、本年の9月。来季、プレヴィンの再登場が予定されているのは知っていたが、驚きのニュースとなった。なお、プレヴィンは、2002年からヤンソンスの後任としてオスロ・フィルを4年間率いたあとは、定まったポストをもっていなかった。
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タグ: プレヴィン N響



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