2009/1/2

ベートーベン 弦楽四重奏曲[8曲]演奏会 @東京文化会館 12/31  演奏会

大晦日の東京文化会館で、ベートーベンの交響曲全曲演奏会がおこなわれる隣で、同じくベートーベンの室内楽の演奏会が開かれていることは知っていた。今回、はじめて聴いてみて、イヴェントとしてはシンフォニーのほうがパイオニアであることは確かだが、もっともベートーベンらしさを味わえるコンサートは、ここではないかという感じがした。

今回、特に最初のクァルテット・エクセルシオ(以下、エク)の演奏を聴いていて思ったのだが、ベートーベンの弦楽四重奏曲というのは、掘っても掘っても掘り尽くせない鉱山のようなものだ。どれだけ厳しく鍛練し、思いきりぶつかっていっても、跳ね返されてしまう。ある程度のところで妥協すれば、きれいな演奏ができる。だが、表現を諦めず、高みを目指せば目指すほど、標高は上がっていく。それはどの分野でも究極的には同じだが、本質的に、弦楽四重奏はその要素が強いように思われるのだ。ある意味、自分でレヴェルが決められるのだが、低いレヴェルを設定すれば、それはたちまち聴き手にわかってしまう。こんな厳しい分野はない。

【弦楽四重奏というよりは小さなオケ】

例えば、この日のトリを飾ったルートヴィヒ弦楽四重奏団は、そんな弊に陥っている。日本ではもっとも暮らしやすいクァルテットのスタイルである、オケのコンマス&首席クァルテットの中では、最高峰の技術を誇る小森田巧、長原幸太、鈴木康浩、山本祐之介の4人が組んだユニットは初体験だが、まず、その比類ない調和の美しさについて、最初の1曲くらいならば、私も良いと思っただろう。実際、 op.131 (第14番)を演奏した段階では、解散したフェルメール・クァルテットを思い出す、透明な音色の美しさがあると感心した。だが、今回はベートーベンばかり3曲ということもあって、すこしずつ飽きが来てしまう。

このクァルテットを聴いていて思ったことは、「弦楽四重奏」というより、「小さなオケ」という不思議な感じだった。1本1本のポテンシャルが非常に高く、際立っているのだが、かといって、それは個性にはならない。ヴィブラートのかけ方や響きの作り方など、演奏の統一感というのは比類ないのに、それらはクァルテットとしての「声」にはなっていない。こうした矛盾した現象は、どうして起きるのであろうか。

それはこの演奏が、ある意味、妥協の産物だからにちがいない。非常に高いレヴェルにおいてではあるが、彼らはギリギリのところで互いが譲ることを知っている。否、知りすぎている。また、これにすこし関係するのだが、彼らは楽曲の構造さえ、必要ならばすこし広げて演奏している。ピアノで例えると、左手をベースに右手をルバートするとき、大きな表現をするために右手が枠どおりに戻って来れないのを見越して、左手のテンポをなだらかにずらすことに似ている。エクや古典四重奏団は、それだけは絶対にやらないだろう。

もしもオケの演奏だったら、こういうことは必要不可欠なのかもれない。しかし、弦楽四重奏でこれをやるとなると、かなり喰い足りないものを感じさせるのだ。これで完璧にやれば、それなりに響きは整い、美しく聴こえるので、ある程度の賞賛は受けられるだろう。だが、私は思った。自分は、オケの演奏が聴きたいと思って、ここに来たのではない。室内楽が聴きたいのだ。彼らの演奏は、小さいオケの演奏にすぎないのではないか・・・。

誤解してほしくないのは、私がルートヴィヒ弦楽四重奏団の演奏にまったく共鳴できなかったということではない。だが、彼らが本当に弦楽四重奏においても一流の音楽家たり得たいと望むならば、この表現は限界があるということだ。エクの演奏を聴いているときとは反対に、私はベートーベンの曲が簡単なように感じた。それは取りも直さず、彼らの能力の高さを証明するものであるが、エクの能力だって、決して彼らに劣るものではない。

それがずっと簡単に聴こえたのは、後期の作品が「ラズモフスキー・セット」よりも、シンプルで、無駄のない構造を持っているせいであろうか。それもあるにはあるが、やはり、この辺でOKという目標設定の甘さがあるのは否めないことではなかろうか。

【古典四重奏団の光と影】

その点でいうと、古典四重奏団(以下、QC)はエク同様、飽くなきまでに表現の至高性へ到達しようとする、強い意志がある。そして、エクよりも少しだけ先輩だということもあって、その独特の「声」は第一声ですぐに感じとれるほどだった。ガット弦ということもあるだろうが、エクのつんと伸びる声と比べると、QCはよりまろやかで、温かみのある響きが自慢である。

この日は、大フーガ付の op.130 (第13番/初演時の形で演奏)の演奏において、最後の大フーガの部分を除き、きわめて好調なパフォーマンスに驚かされた。特に、常々、このアンサンブルにおいて弱すぎると思っていたチェロの音色が、際立って美しく、全体を支える役割をこなしていたことが大きい。バッハにも造詣の深い田崎のチェロは、この日、バッハのコラールを思わせる無駄のない低音を、しっかりと象って印象的だ。

QCは、エクと比べるとアーティキュレーションがシンプルで、焦点が合いやすいのが特徴だが、この日の田崎のチェロは、そういったアンサンブルのなかで、薄味ながらも、しっかりとしたアクセントを成していた。いちいち細かくは書かないが、既に述べたようにわかりやすいアーティキュレーション、パート間の受け渡しの妙などに、一日の長がある。ただし、これもガット弦の難しさなのかもしれないが、大フーガの部分をはじめ、ときどき音程が著しく悪くなるのは、やはり気になるところだ。

【エクは好調じゃないが、やはりいい!】

そこへいくと、贔屓目ではないが、やはりエクの演奏がいちばんだった。この日は、「ラズモフスキー・セット」を立て続けに演奏するへヴィーな構成で、しかも、信じられないことに、op.59-1 と op.59-2 は、いったん袖に戻るだけで、つづけて演奏するという苛酷な条件だった。この2曲をあわせると、90分弱になるはずだから、その大変さは素人の私でもわかる。だが、そういうなかで演奏した「ラズモフスキー第2番」がもっとも素晴らしかったというところに、エクの凄さ、それから若さを感じる。

彼らの演奏は、ある意味では不器用ともとれるぐらい、真っすぐな表現だ。自分のやりたいことに妥協がなく、極限まで突き詰めていこうとする。op.59-1 でブンブン鳴っていた大友のチェロをみれば、それはわかるだろう。急速楽章の揺るぎない展開と、切れ味の鋭さ。1本1本がというよりも、お互いのアンガージュマンの思いきりがよく、表現に迷いがない。

だが、それは一方で、老獪なベートーベンの目からみれば、「まだまだ、青い!」ということになるのかもしれない。op.59-1 ロシア主題によるアレグロや、op.59-3 のアレグロ・モルト(ともに終楽章)では、そうしたチャレンジは、見事にはね返されていた感もあった。ズンズン打ち込んでいけばいくほど、ひらりと体をかわされるようで、こういうところに、我々はベートーベンの書法の厳しさを知る。この日は、山田・吉田(2nd・va)の内声がよく、西野のリードがやや不安定なのが、そうした印象を強めたかもしれない。

だが、守って「標高を下げる」よりは、はるかにエキサイティングなチャレンジであったのではなかろうか。録音すれば、すこし不満の残るものだったかもしれないが、そこもまた生演奏の醍醐味で、エクの挑戦は高いところに設定された目標を物語るものであり、十分に聴き手を味方につけるものであったと思う。臆面もなく、唯一、注文をつけるとすれば、この日のセットでは頻繁に表れたギャロップのような部分での表現が直線的で、起伏のないものになっていた点だ。

内声的な部分における表現の奥行きは、この日のエクの演奏の特徴でもあった。こころなしテンポを控え、じっくりと響きを生かしていこうという表現意図は、通常、セットの中でも内声的といわれる op.59-2 よりも、他の2曲で顕著であった。むしろ、op.59-2 では、響きの美しさを素直に聴かせることで、全体の響きを見渡しよく表現している。

この日は、必ずしも好調とはいえなかったと思う。しかし、そのなかでも、妥協のない表現に執念を傾ける4人の想いは、ほかの聴き手にも伝わったはずだ。

【まとめ】

本当は、楽曲それぞれの面白みや、各々の曲がそこで書かれたことの意義について考え、それをクァルテットがどう解釈し、演奏していったかについて述べたいところだが、私にはその能力が十分でない。言い訳がましいことを書かせていただくならば、弦楽四重奏においてはやはり、楽曲そのものもさることながら、クァルテットの魅力がすなわち楽曲の魅力であるという逆転現象を、ほかのスタイル(シンフォニーやピアノ・ソナタ)よりもはるかに広く、許容するように思うのだ。それゆえ今回は、楽曲に対するクァルテットの表現というよりも、演奏を通して感じ取られたクァルテットそのものへの記述を中心とした。

その意味でも、このプロジェクトは、隣のシンフォニーよりも長く続ける意義が大きいように思う。以前は、澤クァルテットが入っていたようだが、メンバーを変えると、ガラリと様相が変わってくるだろうし、同じクァルテットが同じ曲を弾くとしても、シンフォニーよりはるかに上積みや変化の感じられるものとなるだろうからである。

来年、もしもこのイヴェントがあるとすれば、私はこちらを選ぶだろう。

【プログラム】 2009年1月1日

○クァルテット・エクセルシオ
1、弦楽四重奏曲第7番 op.59-1 「ラズモフスキー第1番」
2、弦楽四重奏曲第8番 op.59-2 「ラズモフスキー第2番」
3、弦楽四重奏曲第9番 op.59-3 「ラズモフスキー第3番」

○古典四重奏団
4、弦楽四重奏曲第12番 op.127
5、弦楽四重奏曲第13番 op.130 (初演版大フーガ付)

○ルートヴィヒ弦楽四重奏団
6、弦楽四重奏曲第14番 op.131
7、弦楽四重奏曲第15番 op.132
8、弦楽四重奏曲第16番 op.135

 於:東京文化会館(小ホール)
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