2008/12/27

ハーディング 四川省大地震クリスマスチャリティコンサート with 新日本フィル @東京芸術劇場 12/27  演奏会

【演奏会の背景に見えるもの】

本年5月、北京五輪を前にして民族・宗教問題で騒然とする四川省を襲った大地震は、建物などの脆弱性もあり、地域住民に未曾有の被害をもたらした。この地域は貧困層が多く、中国の格差の大きさを露呈するとともに、耐震性のとれていない学校が崩れて、多くの子どもたちがいのちを失うという悲劇も生んだ。

その後、オリンピックへの影響を懸念する中国政府により報道管制が布かれ、入ってくる情報が少なくなったこと、国内外でも大きな災害があったこと、北京オリンピックの開幕、グルジア紛争やタイ・ビルマなどでの政治的動乱、そして、リーマン・ショック/トヨタ・ショックなどの経済危機、米国大統領選で黒人初の大統領が誕生・・・などなど、大きなニュースが相次いで、メディアでも四川大地震の話題はとんと見られなくなった。しかし、被災地では現在も復旧・復興活動が続けられているという。

今回、ダニエル・ハーディング(ここではダニーと呼ぼう!)の国内マネジメントが主催となり、この大地震の被災者のためのチャリティ・コンサートが企画された理由は、よくわからない。だが、ハーディングが来日し、第九シーズンで忙しい新日本フィルが1年ぶりの再会を果たす。昨年は、第九を振るはずだった金聖響の降板をハーディングがカヴァーした。彼はこの後、昨年、小澤が呼ばれたという中国のニューイヤー・コンサートを振るらしい。その手土産というわけでもなかろうが、日中友好の使者として、英国人のハーディングが赴くという形になる。新日本フィルが総力を挙げて、彼の恩に報いるべく旅立ちをサポートするというわけだ。

楽団としても、ダニーを再び迎える3月定期をアピールするには申し分のない舞台であるし、来季からは横浜での活動も考えているという情報があるが、そのプロモートとしても願ってもない機会というわけだろう。今回、新日本フィルのホームには行かず、クリスマスに横浜、2日後に芸劇の公演だ。世の中、うまくできている。

【終わってみれば見事な構成】

この日のプログラムは、以下のとおりとなっている。

1、ドヴォルザーク 序曲「謝肉祭」
2、エルガー 愛のあいさつ
3、ヴェルディ 歌劇「運命の力」序曲
4、ドヴォルザーク スラヴ舞曲集第2集より第7番
5、ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」

この内容でS席=1万円なのだから、いくら目に入れても痛くないダニーといえども、こうしたチャリティーでもなければ、私が足を運ぶことはなかったはずだ。しかし、演奏を聴いてみると、ただの名曲プログラムにひっそりと隠されていた「秘密」(楽団の年間テーマ)に、気づくことができて、目を見開かされる想いだった。

まず、「謝肉祭」はダニーたち西洋人にとって、もっとも重要な復活祭の準備期間におこなわれるお祭りだ。キリストの生誕日であるクリスマスと対をなす。「愛のあいさつ」は、このチャリティの根本にあるものを連想させるとともに、ダニーの母国を代表する大音楽家、エルガーの作品を使った名刺代わりのあいさつになっている。さて、縁起の悪い筋をもつ「運命の力」序曲だけは据わりがよくない感じがしていたが、この曲の一瞬の清涼剤となる愛の旋律に似た素材が、「新世界より」のなかにあった。スラヴ舞曲集はとても難しい曲を選んでいるが、ルーマニア地方のコロが素材となっているとはいえ、ハ長調で明るく、もっともドヴォルザークらしい作品であることから、ここに置かれたのではないかと思う。

こうして、今回の演奏会のすべてのエレメントが、メインとなる交響曲第9番「新世界より」に向かって収束していたと気づいたのは、メインの3楽章がおわる頃であった。ちなみに、この曲はドヴォルザークにとっての「第九」でもあり、新日本フィルとダニーの出会いを象徴するナンバー(9)で結ばれてもいる。第4楽章には、ベートーベンの第九に出てくるのに似た素材があり、また、3月定期で振る「英雄」のスケルッツォに見られる、ホルンに似た部分もある。

なるほど、見事な構成ではないか。だが、「新世界より」を聴くと、さらに緻密なメッセージが秘められていることに気づかされ、私は嘆息することになる。

【追悼の2楽章、破壊と希望の3楽章、そして、Yes,we can!】

メインの「新世界より」であるが、肝は第2楽章にあった。こんな表現もありなのかと思い、驚くとともに、ダニーの発想の柔らかさには呆れるばかりだった。コーラングレは、森明子。N響の池田昭子と並び、首席ではないが相当の腕前をもつ。一巡りして、再び「家路」のテーマを吹くところで、明らかに響きが明るい。それに導かれるように、美しい響きで入ってくる弦トップたちの室内楽。ここで、ダニーは時計を止める。最弱奏で繊細な響きをつくり、こころなしゆっくりと弾かせる。パウゼもうまく使い、この部分に彼らの祈りが表現されていることは明らかだった。ここからしまいまで、追悼の想いが籠った優しい演奏がつづく。

これに対して、第3楽章の前半は災害のエネルギーの大きさ、そして、激しい怒りを表現する。単にドヴォルザークの音楽を表現したいだけならば、逸脱ともとれるほどの乾いた響きが印象的だ。だが後半は、同じような素材が、ずっと人間的な表現されている。ここで、ドヴォルザーク本来の姿が戻る。中盤にトライアングルがチリンチリンと鳴る場面がある。この部分は、敢えて電話の響きをイメージして叩かせた感じがする。それは、これまでに弾いたドヴォルザークの曲目で鳴らされたトライアングルの、「決して電話のように聴こてはならない」と指示したかのように叩かせた響きと、比べることで明らかなのだ。世界から、中国への助けが舞い込んできていることを、この響きがイメージさせる。それを受けて響きはずっと柔らかさを増し、希望を含むもの、あるいは団結の響き、そして、力強い郷土愛にすりかわっていく。

これを背景に、第4楽章は正統派の演奏となる。だが、ダニーの演奏としては、かなり響きをふんだんに使い、驚くほど豊満な演奏だ。あらゆる意味で共通点の多い下野のように、ヘルシーで、スポーティな演奏すると思っていただけに、これは意外。しかし、これもこの日のシチュエーションにあわせた演奏だったにちがいない。力強く、逞しいカンタービレ。そのくせ、どこか親密に迫ってくるような、包容力のある演奏。さあ、みんな、立ち上がってくれというメッセージが、芬々としている。そのとき、私の脳裏に浮かんだキーワードは、オバマの選挙戦のキーワード、’Yes,we can’だった!

ドヴォルザークは、どこでこの作品を書いたか。アメリカである。そして、リーマン・ショックを別にすれば、今年のアメリカを表現するのに相応しいキーワードは、やはり、これになるだろう。とても難しいと思われる四川の復興だが、「ええ、私たちにはできますよ!」。そのメッセージがひとりひとりに届くように、最後、一粒に収束していく響きをこれでもかと抱きしめたダニーと、新日本フィルのメンバーたち。音が切れるや否や「ブラヴォー!」なんて叫ぶ野暮な方もなく、ダニーが手を下ろすまで長くつづいた沈黙は、メッセージが確かに聴き手に届いたことを示しているのだろう。

【演奏の中身をちょっとだけ】

本来、批評がましく書くような演奏会ではないが、すこしだけ書いておこう。「新世界より」は演奏自体、やや煮込みが足りない部分はあっても、相当に新鮮な感じのするアーティキュレーションが選ばれ、次々に聴いたことがない風景が耳に届くので、呆れてしまう。この人は、こんな人口に膾炙した曲目でも、我々をして無数の発見をさせて、興奮させずには置かないのだ。特に、弦の描く構造をはっきりと隈取ることで、ふつう曖昧にぼかされた響きのデザインを、我々が確認できるように提示するあたりは巧い。

この日は、管も充実していた。第九の谷間の演奏会で、メンバーも控えめになると予想していたが、fl:荒川、hr:井手、cl:澤村、fg:河村、ob:古部・・・と、ちゃんと顔触れが揃っているのには驚いた。ちなみに、弦も崔ソロ・コンマス、アシスタントに西江、ヴィオラ首席に篠崎など、ほぼベスト・メンバーで来ている。コンバス隊も、気合いが入っている。

前半は、既にニュイヤー・モードが身体に入っていると見えて、ギャロップ、ギャロップで飛ばしていく部分などは、相当の愉悦感がある。訪中は帰ってきてから知ったが、この人で、ポルカ&ワルツのニューイヤー・コンサートを聴いてみたいと、演奏中に何度も思ったほどだ。きっと中国の聴衆は、素晴らしいときを過ごすことになるだろう。ダニーの演奏会は2年ぶりだが、随分と成長しているようだし、北欧のオケをやっているせいか、響きが温かく艶やかになってきた。新日本フィルとは確かに相性がよく、ここのところ、私としては少し評価を下げていたのだが、存外、すぐに質のいいアンサンブルに変われるというポテンシャルを、ダニーが示してくれたのはありがたい。

思った以上に素晴らしい演奏会になったことを、素直に喜びたい。
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2008/12/27

コンサート・ベスト10! 【セレクション】  クラシック・トピックス

さて、前回のノミネート公演から、十傑を選んでいこう。

1位 H.スダーン/東響 シューベルト・ツィクルス
2位 A.チッコリーニ 詩的で宗教的な調べ
3位 A.ゼッダ/ROF マオメット2世
4位 P.レーゼル ソナタ全曲演奏会 NO.1
5位 R.ホーネック&読響 Mozart vn協奏曲ツィクルス 
6位 小川典子20周年記念リサイタル
7位 R.エリシュカ/札響 ドヴォルザーク6番
8位 G.アルブレヒト 「グレート」「ロザムンデ」
9位 北とぴあ/レ・ボレアード オルランド
10位 コンセール・スピリテュエル ヘンデル・プロ

【特別賞】

○下野/読響 わが祖国
○G.ノイホルト/読響 第九
○ボローメオ&エクセルシオ メンデルスゾーン
○新国バレエ アラディン

選考基準は曖昧だが、自分のなかにあった価値観を塗りかえてくれたようなものを中心に、選んでみた。

2008年は、正真正銘のシューベルト・イヤーだった。「熱狂の日」はもちろん、アルブレヒトの「グレート」や「ロザムンデ」、ホーネック&KSTのシューベルト・プロ、新春にも良い演奏があって、私のなかで、この作曲家に抱いていたイメージは大きく更新された。中でも、スダーンと東響による交響曲ツィクルスは、聴き手を驚かせたはずだ。ただ隠れていた名曲を掘り返すというだけではなく、演奏水準の高さが特筆されようというものだ。

2位は、チッコリーニ。「詩的で宗教的な調べ」を全曲演奏するという希少な機会だったが、それがなぜ珍しいのかは、単に魅力的でないからではなく、完璧に演奏して聴き手に感銘を与えるのが難しい曲だから・・・ということが、ハッキリした。こういう演奏が続けば、リストへの見方も大いに揺らいでいくだろう。

3位には、ロッシーニ・オペラ・フェスティバルの「マオメットU」を選んだ。この演目も単に珍しいというだけではなく、ロッシーニの懐の深さを示す大作であることが、ROFの素晴らしい上演により、よくわかった。声の愉悦性では、世界の一方の先端を行く音楽祭の、圧倒的な魅力を伝えてくれた公演でもあった。M.レベカやF.メッリの、強い声も堪能した。

私の選定には、何がやりたいかが明確という視点もある。

4位の、ペーター・レーゼルの公演は、作品自体の希少性はないが、演奏の質が唯一無二のクオリティを示している。それをソナタ全曲演奏という形式とあわせ、聴衆にアピールしていくという挑戦的なものになっているのだが、レーゼルがその意図にはっきりとしたカタチで応えているのも凄い。今後のシリーズへの期待も含めて。

5位のホーネック&読響のモーツァルト・シリーズも、同様の方向性をもつ。1人の特別なスキルを使って、作品そのものをいま生まれたように新鮮なものにしようとする発想は興味ぶかいものである。

6位の小川典子は、プロ演奏家としてのけじめのつけ方を教えるものだろう。ドビュッシーの「エチュード」の圧倒的な名演を中心にして、リサイタル全体の味わいが濃厚であった。小川らしさを貫いたリサイタルでもあり、彼女のファンならずとも、ガツンとした感動を味わったことだろう。

7位のエリシュカは、私にとって思い出ぶかいものになる。名演は、必ずしも中央だけに生まれるものではない。エリシュカにとっては、東京よりも、大阪よりも、やはり札幌こそがホームなのだ。この真摯な才能に出会えたこともさることながら、本当に都合のいい、あまりにも便利すぎる東京の「クラシック・システム」から漏れているものをがあるのではないかと、強く感じた演奏会でもあった。

8位のゲルト・アルブレヒトの演奏会は、最近の読売日本交響楽団の力強い成長を示す名演だった。もしも、この名前を伏せて聴かせたとして、これは欧州の一流オケの演奏だといったときに、誰が疑うであろうか。特別賞にも読響が並ぶが、楽団に下野がいる重みを自ら証明した「わが祖国」の熱演や、「第九」演奏の極致をいったノイホルトによるこだわりの演奏は、ただ技巧的に良い/悪いというのを飛び越した、演奏する意義を考えさせた。

9位のオルランドも、この作品へのイメージを100%転換したに止まらず、ハイドンの優れた劇作法や先進性について、多くの観衆に訴えることができた上演となった。末席になったが、コンセール・スピリテュエルのコンサートは、当時の時代背景を加味しながら、音のロマンで現代と過去を繋いだ意欲的な演奏となる。苦労しながらの来日、大仰に言えば「奇跡の」来日は、それだけでも賞賛に値することだが、演奏水準の驚くべき高さは想像以上のもの。アリスさんのヴァイオリンだけで、お釣りが来る。

特別賞に止まったが、ビントレー時代の豊穣な実りを予言し、カンパニーとしての新国バレエの強さを感じさせた「アラディン」と、新しいシステムで室内楽演奏会のシリーズが組まれ、その初回として見事な成功を収めたボロメーオSQと、われらがエクの共演した衝撃のコラボについては、なんとしても触れておきたかった。ちなみに、後者の演奏はいま、下記のURLで無料配信されている。

 http://www.livingarchive.org/

個人的には、あまり良くないこともあった年だが、少なくとも、音楽的な経験だけは充実した1年だった。私がそういうものを選んでいるせいもあろうが、ただ漫然と演奏するのではなく、凝ったコンセプトに基づいた公演が増えたという印象もある。

【個人・個別部門賞】

○最優秀指揮者&MVP  ユベール・スダーン
○最優秀ソリスト  ライナー・ホーネック 
○最優秀室内楽・独奏 アルド・チッコリーニ
○同・新人賞 イド・バル=シャイ
○シンガー・オヴ・ザ・イヤー  マリーナ・レベカ
○優秀歌手  マリア・バーヨ、ルカ・ドルドーロ
○最優秀演出家  ペーター・コンヴィチュニー「オネーギン」
○優秀演出家  粟国淳「三部作」「オルランド」
○最優秀企画賞  ラ・フォル・ジュルネ(シューベルト)

【最悪のできごと オーパンヴェルト風に】

演奏以外のこと
○大阪センチュリー響  大阪府、大幅補助金削減

演奏のこと
○H.ウルフ/読響 ブラームス(3番)
○張明勲/N響  ブルックナー(7番)
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