2008/12/21

ノイホルト 第九 読響 芸劇マチネー 12/20  演奏会

毎年恒例の年末「第九」には興味がないという愛好家も多いが、ここのところ、新しいベーレンライター版などの楽譜校訂も進むなか、「第九」演奏の伝統もブラッシュ・アップされ、以前よりもエキサイティングになっている感が強い。

この日、聴いてきた読売日本交響楽団の「第九」というと、かつては、少しばかり手抜きなイメージ(2003年のグシュルバウアーなんて酷かった)もあったが、下野竜也の(最初の)登壇を境に、かなり流れが変わってきたようだ(この年のメインはホーネックだったが、1公演だけ下野が振ったのが好評だったという)。以後、スクロヴァチェフスキ、アルブレヒト、そして、再び下野とバトンタッチしてくる間に、読響の第九は明らかに生まれ変わってきた。2007年は、三澤洋史&新国立劇場合唱団が強力な援軍として加わり、これまでにない声の使い方を体験できる、「新しい」第九の演奏会に立ち会った。

【今年の指揮者はノイホルト】

さて、今年の指揮者は、ドイツの中堅劇場で叩き上げられたカペル型指揮者、ギュンター・ノイホルト。正直、私はよく知らなかった。調べてみると、日本市場では、廉価版の「リング」がバカ売れしたことで知られているらしい。面白いと思ったのは、パルマのトスカニーニ・フィルや、ベルギーのロイヤル・フランダース・フィルなど、彼が基礎を整えたあと、マゼルやヘレヴェッヘという人気指揮者とともに有名になっていること。それは、パルマのレッジョ劇場やバーデン州立劇場も同じことだろう。これは、面白くなるかもしれないという予感があった。

一方で、60歳を越すベテランでもあることから、古色蒼然たる演奏になる可能性も考えていたが、それはそれで面白いではないかと考えてみた。実際には、3人の指揮者がつないできたバトンを、ノイホルトも大事に扱ったようだ。やはりカペル型だけあって、個性芬々たる演奏にはならない。むしろ、相手のもっているものを素直に引き出して、それに自らのもっている手練手管を上手に付け加えていくタイプの、正に、彼のキャリアが如実に示す仕事の仕方なのであった。演奏がはじまり、序奏から数分が経つと、その傾向は明らかであった。ノイホルトは昨年までの読響の成果を否定せず、これを伸ばそうとしているのだとわかった。

【新鮮な響き】

だが、非常に聴きどころが多い。楽団の用意した売り文句のようだが、この曲をよく知っている人ほど、じっくり楽しめる「第九」であろう。初めての人ならば、「ベートーベンって、こんなモンなの?」とあっさりした演奏に、拍子抜けしたかもしれない。実際、速めのテンポ、ヴィブラートを抑制したベースということでは、これまでの3人の指揮者と共通する。それなのに、否、それだからこそ、読響の演奏は確実に進化していた。

とりわけ、オーケストラのみによる第4楽章の前半部分は、正に、いま生まれたかのようなフレッシュさが漂っている。当時の聴衆がこの曲を聴いて、ベートーベンの有無を言わせぬ革新性を否応なく確認した、そのときの感動がここにはあった。きわめて短い序奏のあと、3つの楽章のエピソードが現れては否定されたあと、チェロとコントラバスの主題演奏。当たり前だが、この部分を演奏するときの慎重さといえば、今回の演奏が図抜けていた。チェロを包み込むように、コントラバスが深い響きをうたうが、これはまるで即興のように、口をついて出てきたときの旋律の生命感が、うっすらと漂う。チェロはこれを押し潰さぬように、骨組みを支えるのに手を貸すだけだが、目立たぬにしても、これがまたよく効いている。

ベートーベンは、チェロとコントラバスのパートに別々の仕事をさせることを思いついた人だとされる。モーツァルト、ハイドンまでは、チェロの下支えとして、コントラバスが書かれていた。ベートーベンにおいては、第九以前にも、コントラバスはチェロから独立した動きをしていたが、コントラバスをチェロが支えるという逆様の構造に、人々は改めて驚きを禁じ得なかったはずだ。ここからコントラバスを中心とする低音弦を中心に聴いていくと、その輪郭の美しさだけで、聴き慣れたはずの第九がどんな美貌を明らかにするのか、気づいたはずだ。

その後の経過区も、ボウとしてはいられない。弦のベースを中心に、その揺るぎないフレージング、また、弦ベースの工夫されたボウイング、弦管の重ねあわせもアーティキュレーションがきれいで、響きが(良い意味で)流れていかない。

次に、ノイホルトが大事にした部分は、プレストにつづき、バス独唱が入ってくる最初のレチタティーボの歌いだしだ。ソリストは宮本益光だが、彼は渾身の声をぶつけてくれたし、ノイホルトもその声の強さが最大限に味わえるように、粘りづよく待った。ここは交響曲に声が組み合わせされた、ほとんど最初の例である。そのアイディアの誇らしさを、宮本が「おお、友よ。こんな響きではない」などと言いながら、高らかに歌いはじめる。それを噛みしめるように、歌いだすオーケストラたち。女たちが、歌いだしを迎える。広がっていく歌声。当時の聴衆は、「なんだ、これは!」と思っただろう。そして、痺れたはずだ。最初の ’vor Gott’までには、そんな新鮮な驚きにみちた声の広がりが展開する。もちろん、その感覚に、新国立劇合唱団の美しい声の響き、極限まで突き詰められた発音の細やかさが貢献している。

【声の扱いがうまい!】

ノイホルトは、さすがに声の扱いがうまい。多分、協奏曲もいいはずだ。短いフレーズで、オーケストラの重要なフレーズを鋭く切り出せるし、経過区での伴奏の粒だった響きも特色がある。スクロヴァやアルブレヒトの演奏でも、合唱付きの部分になると、それまでの演奏を貫いていた完璧なまでの絆が、薄れてしまうことが多かった。昨年の下野は、スキルの高い新国立劇場合唱団の参加もあり、その点をうまく補ってはいたが、今年のノイホルトともなると、第4楽章の後半の密度は、それまでの部分とまるで変わらなかったのである。

巻き舌を抑え、現代ドイツ語の発音に基づいた自然な言葉遣いは、昨年よりも、ずっと明瞭に歌のうえに乗っていた。自分も歌うつもりで歌のラインを追っていくと、リズムやフレージングが言葉によくマッチしており、アーティキュレーションも優しげで、とても歌いやすそうなことに気づく。また、今年はアルト・パートがよく、女声の言葉がより明瞭に聴きやすくなった点が進歩している。特に、コーダの直前の部分で、ヒラヒラと明滅するような声の揺れを整え、言葉が聴きとれるようにしたあたりは畏れ入った。今回の第九、この言葉への強いこだわりというのも、ひとつの聴きどころだ。

独唱は、林正子、林美智子、中鉢聡、宮本益光だが、テノールが若干、線が細すぎるのを除けば、問題ない。ただ、メッツォの林は、ひとり明るい赤のドレスで場違いな感じだ。これを好意的に華やかとみるか、浮いているとみるかは、それぞれのセンスによる。

【演奏の特徴】

今回の演奏では、第1楽章をはじめとする多くの部分において、ティンパニー、ホルン、低音弦をセットにし、ある拍をくっきりと象って強調する手法が効果的だった。稲妻が落ちたような強い響きは、流れのいい全体の傾向のなかで著しいアクセントとなっているが、はじめは単純なこのアクションが、徐々に複雑化して生かされていくのに気づくと、目から鱗というところだった。

また、ノーランのボウイングも見どころのひとつになる。あるときは、上から押さえられたように窮屈に、あるときは、よく練られた弓のアクションで切れ味のあるフレージングを演出し、その押し引きが見事である。例えば第1楽章では、こうした響きの質に微妙な変化をつけることで、似たようなフレーズにもかかわらず、前半では窮屈さ、後半では開放的なものとして、まったく違うイメージを喚起する。ノイホルトは繰りかえしにおいては、必ず表情に変化をつけているので、その点にも注意して聴いておきたい。

コーダが近づくにつれて、情報がどんどん豊かになっていき、この交響曲がいかに偉大であるかを教える。どこに焦点をあわせて聴くかで、少しずつ印象がちがってくるだろう。コーダでぐっと凝縮していくのではなく、ノイホルトの演奏では、それまで雲に閉ざされていた星空が明るく扉を開いて、見る者の前に姿を現しでもしたように、いよいよ豊富な響きを印象づけるのだ。私は毎年、この人の演奏で聴きたいとさえ思ったほどだ。いちどで聴きとりきれないほどの情報量があり、聴きごたえがあったからである。

そのような要素もまた、ノイホルトの演奏から感じ取れた「新しさ」に関わっているのかもしれない。いま生まれたようだという感覚は、この時期には自然、あるキーワードに結びついていくにちがいない。もちろん、クリスマスだ。そう思い出すと、ミサソレやハ長調ミサ曲などの作曲家、敬虔なベートーベンの宗教曲と同じような雰囲気が、この曲からも漂ってくるように思われた。そして、それがまた、人間のいのちの重みや生の喜び、そして、その前提となる世界の平和(調和)を歌う、この曲の歌詞ともスパイラルを成していくことになる。

これに象徴されるように、否、単純に音楽的なものだけを取り上げてみても、ノイホルトの演奏を論じるとき、この種の「情報量の多さ」「聴きごたえ」というキーワードは重要であると思う。角度を変え、視点を切り替えていくと、いちどで聴きとれないほどの味わいが、そこらに満ちみちているのだ。第1楽章からほとんど耳が離せないというのが過言ではないほど、豊かな発想と細かい配慮に彩られた演奏になっている。初日ということもあり、若干の煮込み不足もあったが、それをいちいち指摘することは重箱の隅を突くに等しい。

ホルンの山岸、ティンパニーの岡田、コントラバス全体、コンマスのノーランなどに注目してほしい。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ