2008/12/30

大晦日もクラシック!  クラシック・トピックス

ジルベスター・コンサートというのは、ずっと以前からあったけれど、岩城さんと三枝さんの事務所が中心となって、大晦日という日の特殊性を利用した大企画、ベートーベン交響曲全曲演奏会が始められてから、もう6年ちかくも経った。

やがて、隣の小ホールを使って、同じベートーベンでも、弦楽四重奏曲だけのコンサートが開かれるようになった。といっても、全曲はさすがにということで、後期の傑作群をプログラムに据え、終演時間も交響曲よりも常識的なものにしてある。主催は、ミリオンコンサート協会。2006年が第1回だったので、今年で3回目となる。

そして、この年末、もうひとつベートーベンに関連する大型イベントが生まれた。その名も、「アイ・ラブ・ベートーヴェン」。こちらはピアノ・ソナタ=全32曲を、16人のピアニストが分けあって1日で演奏するという企画で、1公演の見物料は、どれだけ有名なピアニスト(日本人のみだが)であっても1,000円、という内容である。会場はオペラシティなので、先日の「ル・ジュルナル・ド・ショパン」と似たようなコンセプトとなる。

日本人はなんだかんだと言っても、ベートーベンが好きなのだろう。なにせ1つの都市で、大晦日というたった1日、交響曲、室内楽、ピアノの全曲、もしくは、半分を演奏してしまうというのだから!

さて、私は第1回以来、交響曲の演奏会に通ってきたが、今年はすこし趣向を変える。昨年のコバケンの演奏は、彼らしくもなく素晴らしいものだったが、やはり2年つづけて聴きたいとは思わないからだ。しかし、大晦日までもクラシック音楽に浸りきる生活は、私にとって魅力的でないということはない。そこで今年は、室内楽とピアノの両方を組み合わせることにしたのだ。

どうでもいいことだろうが、私の計画はこうだ。まず、ロー・ティーンでカーネギー・ホールで3回も演奏した経歴をもつ、小林愛実を聴きに初台へ。ついでに、メジューエワと岡田将を挟んで、うまくすれば山本貴志まで聴ける。その後、食事をとってから上野に移り、室内楽を8曲聴く。遅い食事のあと、再び初台に戻り、関本昌平、清水和音、伊藤恵と、最後の3人のピアノ・ソナタを聴いて、締めくくるというものだ。

これを実行すると、ソナタは、3、4、5、6、9、10、16、19、21、23、26、27、30。弦楽四重奏曲は、ラズモフスキー・セットの3曲と、後期の5曲。あわせて21曲を聴くことになるのだ。これは、快挙だ(自分は何もしていないが)!

今年の室内楽コンサートは、3つのグループが参加する。まずは、我らがクァルテット・エクセルシオ。ラズモフスキー・セットだ。次いで、古典四重奏団が、op.127 と op.130(大フーガ付)。最後に、ルートヴィヒ弦楽四重奏団が、op.131、op.132、op.135 という最後期の作品に挑む。

なお、「アイ・ラヴ・ベートーベン」について、紹介記事を書いておこう。チケットは、16公演の連続券と、各回の1回券にわかれている。連続券は200枚限定で、ほぼ売り尽くしたようだが、1回券はかなり残っている感触だった(29日現在)。最初の演奏が午前11時に始まり、終演は翌日の1時すこし前と思われる。

ピアニストは、国内の拠点を置く若手、中堅、ベテラン、教育者などから、広く選ばれている。最年少は、先程も触れた小林愛実で、若手は関本昌平、山本貴志、辻井伸之などのコンクール組が中心。私は聴けないが、辻井が「ハンマークラヴィア」を弾くのが注目だろう。メジューエワの出演も豪華。中堅以上では、既に名前を挙げた伊藤、清水に加え、若林顕、迫昭嘉、横山幸雄など。伊藤、若林、迫が最後の3つのソナタを弾くのが注目される。

このほか、8番「悲愴」は横山、14番「月光」は三輪郁、17番「テンペスト」は田崎悦子、21番「ワルトシュタイン」は伊藤、23番「熱情」は清水、28番は三舩優子が演奏することになっている。
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2008/12/27

ハーディング 四川省大地震クリスマスチャリティコンサート with 新日本フィル @東京芸術劇場 12/27  演奏会

【演奏会の背景に見えるもの】

本年5月、北京五輪を前にして民族・宗教問題で騒然とする四川省を襲った大地震は、建物などの脆弱性もあり、地域住民に未曾有の被害をもたらした。この地域は貧困層が多く、中国の格差の大きさを露呈するとともに、耐震性のとれていない学校が崩れて、多くの子どもたちがいのちを失うという悲劇も生んだ。

その後、オリンピックへの影響を懸念する中国政府により報道管制が布かれ、入ってくる情報が少なくなったこと、国内外でも大きな災害があったこと、北京オリンピックの開幕、グルジア紛争やタイ・ビルマなどでの政治的動乱、そして、リーマン・ショック/トヨタ・ショックなどの経済危機、米国大統領選で黒人初の大統領が誕生・・・などなど、大きなニュースが相次いで、メディアでも四川大地震の話題はとんと見られなくなった。しかし、被災地では現在も復旧・復興活動が続けられているという。

今回、ダニエル・ハーディング(ここではダニーと呼ぼう!)の国内マネジメントが主催となり、この大地震の被災者のためのチャリティ・コンサートが企画された理由は、よくわからない。だが、ハーディングが来日し、第九シーズンで忙しい新日本フィルが1年ぶりの再会を果たす。昨年は、第九を振るはずだった金聖響の降板をハーディングがカヴァーした。彼はこの後、昨年、小澤が呼ばれたという中国のニューイヤー・コンサートを振るらしい。その手土産というわけでもなかろうが、日中友好の使者として、英国人のハーディングが赴くという形になる。新日本フィルが総力を挙げて、彼の恩に報いるべく旅立ちをサポートするというわけだ。

楽団としても、ダニーを再び迎える3月定期をアピールするには申し分のない舞台であるし、来季からは横浜での活動も考えているという情報があるが、そのプロモートとしても願ってもない機会というわけだろう。今回、新日本フィルのホームには行かず、クリスマスに横浜、2日後に芸劇の公演だ。世の中、うまくできている。

【終わってみれば見事な構成】

この日のプログラムは、以下のとおりとなっている。

1、ドヴォルザーク 序曲「謝肉祭」
2、エルガー 愛のあいさつ
3、ヴェルディ 歌劇「運命の力」序曲
4、ドヴォルザーク スラヴ舞曲集第2集より第7番
5、ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」

この内容でS席=1万円なのだから、いくら目に入れても痛くないダニーといえども、こうしたチャリティーでもなければ、私が足を運ぶことはなかったはずだ。しかし、演奏を聴いてみると、ただの名曲プログラムにひっそりと隠されていた「秘密」(楽団の年間テーマ)に、気づくことができて、目を見開かされる想いだった。

まず、「謝肉祭」はダニーたち西洋人にとって、もっとも重要な復活祭の準備期間におこなわれるお祭りだ。キリストの生誕日であるクリスマスと対をなす。「愛のあいさつ」は、このチャリティの根本にあるものを連想させるとともに、ダニーの母国を代表する大音楽家、エルガーの作品を使った名刺代わりのあいさつになっている。さて、縁起の悪い筋をもつ「運命の力」序曲だけは据わりがよくない感じがしていたが、この曲の一瞬の清涼剤となる愛の旋律に似た素材が、「新世界より」のなかにあった。スラヴ舞曲集はとても難しい曲を選んでいるが、ルーマニア地方のコロが素材となっているとはいえ、ハ長調で明るく、もっともドヴォルザークらしい作品であることから、ここに置かれたのではないかと思う。

こうして、今回の演奏会のすべてのエレメントが、メインとなる交響曲第9番「新世界より」に向かって収束していたと気づいたのは、メインの3楽章がおわる頃であった。ちなみに、この曲はドヴォルザークにとっての「第九」でもあり、新日本フィルとダニーの出会いを象徴するナンバー(9)で結ばれてもいる。第4楽章には、ベートーベンの第九に出てくるのに似た素材があり、また、3月定期で振る「英雄」のスケルッツォに見られる、ホルンに似た部分もある。

なるほど、見事な構成ではないか。だが、「新世界より」を聴くと、さらに緻密なメッセージが秘められていることに気づかされ、私は嘆息することになる。

【追悼の2楽章、破壊と希望の3楽章、そして、Yes,we can!】

メインの「新世界より」であるが、肝は第2楽章にあった。こんな表現もありなのかと思い、驚くとともに、ダニーの発想の柔らかさには呆れるばかりだった。コーラングレは、森明子。N響の池田昭子と並び、首席ではないが相当の腕前をもつ。一巡りして、再び「家路」のテーマを吹くところで、明らかに響きが明るい。それに導かれるように、美しい響きで入ってくる弦トップたちの室内楽。ここで、ダニーは時計を止める。最弱奏で繊細な響きをつくり、こころなしゆっくりと弾かせる。パウゼもうまく使い、この部分に彼らの祈りが表現されていることは明らかだった。ここからしまいまで、追悼の想いが籠った優しい演奏がつづく。

これに対して、第3楽章の前半は災害のエネルギーの大きさ、そして、激しい怒りを表現する。単にドヴォルザークの音楽を表現したいだけならば、逸脱ともとれるほどの乾いた響きが印象的だ。だが後半は、同じような素材が、ずっと人間的な表現されている。ここで、ドヴォルザーク本来の姿が戻る。中盤にトライアングルがチリンチリンと鳴る場面がある。この部分は、敢えて電話の響きをイメージして叩かせた感じがする。それは、これまでに弾いたドヴォルザークの曲目で鳴らされたトライアングルの、「決して電話のように聴こてはならない」と指示したかのように叩かせた響きと、比べることで明らかなのだ。世界から、中国への助けが舞い込んできていることを、この響きがイメージさせる。それを受けて響きはずっと柔らかさを増し、希望を含むもの、あるいは団結の響き、そして、力強い郷土愛にすりかわっていく。

これを背景に、第4楽章は正統派の演奏となる。だが、ダニーの演奏としては、かなり響きをふんだんに使い、驚くほど豊満な演奏だ。あらゆる意味で共通点の多い下野のように、ヘルシーで、スポーティな演奏すると思っていただけに、これは意外。しかし、これもこの日のシチュエーションにあわせた演奏だったにちがいない。力強く、逞しいカンタービレ。そのくせ、どこか親密に迫ってくるような、包容力のある演奏。さあ、みんな、立ち上がってくれというメッセージが、芬々としている。そのとき、私の脳裏に浮かんだキーワードは、オバマの選挙戦のキーワード、’Yes,we can’だった!

ドヴォルザークは、どこでこの作品を書いたか。アメリカである。そして、リーマン・ショックを別にすれば、今年のアメリカを表現するのに相応しいキーワードは、やはり、これになるだろう。とても難しいと思われる四川の復興だが、「ええ、私たちにはできますよ!」。そのメッセージがひとりひとりに届くように、最後、一粒に収束していく響きをこれでもかと抱きしめたダニーと、新日本フィルのメンバーたち。音が切れるや否や「ブラヴォー!」なんて叫ぶ野暮な方もなく、ダニーが手を下ろすまで長くつづいた沈黙は、メッセージが確かに聴き手に届いたことを示しているのだろう。

【演奏の中身をちょっとだけ】

本来、批評がましく書くような演奏会ではないが、すこしだけ書いておこう。「新世界より」は演奏自体、やや煮込みが足りない部分はあっても、相当に新鮮な感じのするアーティキュレーションが選ばれ、次々に聴いたことがない風景が耳に届くので、呆れてしまう。この人は、こんな人口に膾炙した曲目でも、我々をして無数の発見をさせて、興奮させずには置かないのだ。特に、弦の描く構造をはっきりと隈取ることで、ふつう曖昧にぼかされた響きのデザインを、我々が確認できるように提示するあたりは巧い。

この日は、管も充実していた。第九の谷間の演奏会で、メンバーも控えめになると予想していたが、fl:荒川、hr:井手、cl:澤村、fg:河村、ob:古部・・・と、ちゃんと顔触れが揃っているのには驚いた。ちなみに、弦も崔ソロ・コンマス、アシスタントに西江、ヴィオラ首席に篠崎など、ほぼベスト・メンバーで来ている。コンバス隊も、気合いが入っている。

前半は、既にニュイヤー・モードが身体に入っていると見えて、ギャロップ、ギャロップで飛ばしていく部分などは、相当の愉悦感がある。訪中は帰ってきてから知ったが、この人で、ポルカ&ワルツのニューイヤー・コンサートを聴いてみたいと、演奏中に何度も思ったほどだ。きっと中国の聴衆は、素晴らしいときを過ごすことになるだろう。ダニーの演奏会は2年ぶりだが、随分と成長しているようだし、北欧のオケをやっているせいか、響きが温かく艶やかになってきた。新日本フィルとは確かに相性がよく、ここのところ、私としては少し評価を下げていたのだが、存外、すぐに質のいいアンサンブルに変われるというポテンシャルを、ダニーが示してくれたのはありがたい。

思った以上に素晴らしい演奏会になったことを、素直に喜びたい。
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