2008/11/28

ル・ジュルナル・ド・ショパン 第1日 No.2 大いなる詩想  演奏会

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの成功で、わが国でも一躍有名になったルネ・マルタンのプロデュースによる新企画、「ル・ジュルナル・ド・ショパン(ショパンの音楽日誌)」が幕を開けた。本当は、明日、足を運ぶ予定だったが、それが難しくなったため、初日の20:30からの公演を聴いた。

この公演は、「No.2 大いなる詩想 1827-1828年」と題されている。今回の企画は、年代順にショパンの作品を追っていき、その作品の雰囲気を通じて、ショパンのこころの旅を体験してみようという企画であると理解している。そのために、個性的ながらも、センスのちかい6人のピアニストが集められた。No.2 のコンサートでは、児玉桃を除く5人が総出演する。

この時期は、まだショパンがさして「面白くない」ころと言えそうだが、一方、希望や挑戦心、瑞々しい感性に彩られた、ある種の華やかさがあるときでもあるだろうか。初期の習作的な作品だけにバラツキがあり、作品によってかなり出来/不出来があるが、それも含めて、5人のピアニストが奏でる響きに身を任せてみると、なるほど、なにか見えてくるような感じもする。

弾いた曲の性質のちがいも大きく、今回の2、3曲ずつで判断するのも難しいのだが、それでも、やはり相手がショパンだけに、ピアニストのもつ特質というのが表れやすいのも、また確かだろう。非常にセンシティヴで、優しい演奏をするジャン=フレデリック・ヌーブルジェ。一音一音の打鍵を丹念に磨き上げ、圧倒的な集中力で聴き手を惹きつけるアンヌ・ケフェレック。精密機械のような打鍵の妙と、和声の精確さで驚くべき演奏をみせた、フィリップ・ジュジアーノ。それに加え、楽曲の構造をもしっかりと生かしきった、さすがのエル=バシャの演奏!

だが、私にとって驚きだったのは、今回、ショパン演奏が向いているのかどうか未知数だった、イド・バル=シャイの演奏だった。彼の演奏はこの5人のなかでは、もっともポーランド派の演奏に近かった。それは、既にショパンらしい特徴を示している作品、マズルカ op.68-2 や、ポロネーズ op.71-2 というところを演奏したせいでもあろうが、右手の大胆な遊びがあり、左手は頑強に守られている・・・ショパン特有のルバートの特徴を捉え、完全に自分のものにしているからだ。

もしも1曲アンコールできるとすれば、op.68-2 をお願いしたい。左手のキープにはかなり余裕があるし、右手は大胆に揺さぶっているが、自然な呼吸で流れに乗っている。奇跡的な均整をみせる左右のバランスは驚異的で、リズムの処理や左右の合わせこみは完全に把握されており、それを前提とした遊びごころが随所に染みわたって聞こえる。なんとも柔らかなトリルの処理や、長調に転調するときの新鮮な響きと、その切れ目の滑らかさ。表情にも余裕があり、多少、アクションがオーバーではあるものの、決して小生意気な感じではない。今回のピアニストたちはみんな凄いのだが、彼こそは、本当の天才なのかも!

ジュジアーノは、駄作扱いされるピアノ・ソナタ第1番を演奏した。確かに、かなりいびつな作品ではある。アレグロ・マエストーソ(第1楽章)の不思議な解決、メヌエット(第2楽章)はよくできているが、舌足らずなラルゲット、プレストの終楽章は、まったく別の曲に変わったように始まり、ほとんど演奏不可能ともいえる暴走的な無窮動となる(しかも、長い)。ジュジアーノの演奏では、そうした欠点をそのまま欠点としては扱わず、正攻法で攻めきった演奏として記憶されるだろう。

とりわけ、プレストの演奏は圧巻で、その恐ろしいまでの指使いの精妙さには、息を呑んだ。だが、それだけに見とれてはいけない。バッハ的ともいえる半音階的フーガの要素を自然な筆致で印象づけるなど、かなり知的な演奏でもあって、その構造を下地に使った響きの強さはベートーベンの遺伝子をも引いており、終楽章がベートーベンとバッハに対する二重のオマージュであることを、ジュジアーノの演奏は端的に示している。(なお、バッハをはじめとする先達との関係性は、今回のピアニストたちは総じて、意識的に演奏しているように見受けられる)。

曲の性質もあり、ルバートなどの要素は入り込む余地もないほど、構造の厳しさを使いきった演奏だが、解釈はややストレートに過ぎる部分もあり、ところどころ、あるべき重みがかからずに流れている部分があるのは残念だ。しかし、ショパンの使っていたピアノは、さほどダイナミック・レンジが広かったとも思われないので、あるいは、これも解釈のうちなのかもしれない。

こうした派手さとは無縁だが、ケフェレックの演奏も印象的だ。彼女の弾いた曲は起伏が少ないこともあり、ケフェレックは打鍵の深みということに、こだわった演奏をしているように見受けられた。他の人と比べると表現に厚みがあり、いつもながら、この人の集中力は厳しく、かつ、チャーミングだ。

なかなか面白い企画になりそうだが、やはり、箱はすこし大きすぎるのは否定できない。聴く場所によって相当に印象がちがうと思われ、総じて響きが多すぎるため、音の実像がなかなか掴みづらい。特に、弱奏では、それが顕著となる。慣れてくると気にならなくなるのだが、はじめは風呂場でCDを聴くようなイメージで、もわっとした響きに戸惑った。フォル・ジュルネの会議場ホールよりはマシだと思うが・・・。ここが紀尾井ホールだったならば、どんなに良かっただろうか!

最後は、出演の5人のピアニストが勢揃いして、拍手を受けた。あまり馴染みのない作品が多かったせいもあるのか、この日の客層はやや淡白にみえたが、私は十分にテンションが上がった。1時間ちょっとのショート公演だが、2000円は安い。
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