2008/9/4

クラリネット・フェスティバル東京・多摩 8/31の公演から  演奏会

先週末の雷の影響で、インターネットの接続ができなくなっていたが、ようやくクラリネット・フェスティバル最終日となる、31日の公演についての記事が書けることになった。

午前中はアンサンブルコンクール受賞団体による演奏、13:00からは、前日にも活躍したTCCPのファミリー・コンサート「パルテノンのたま」もあったが、すこし疲れ気味のこともあって、ここはパスした。15:00ごろから、ヤマハ提供によるコンサートで、アメリカのビル・ジャクソンのミニ・リサイタルを鑑賞した。彼は米・コロラド響とアスペン室内管で首席奏者を務め、ソリストとしても活躍する。プログラムに掲載の写真はなかなか知的な格好よさを訴えているのだが、ステージに立ってみると、結構、ずんぐりむっくりなおじさんなので、驚かされた。ピアノ伴奏は、中島由紀。

曲目は、ブラームス、ドビュッシー、吉松隆、サン=サーンス。それに、あとに述べる小谷口直子との共演によるメンデルスゾーン。マナシーなどと比べると、かなり地味な感じのする奏者であるが、例えば、ドビュッシーの「第一狂詩曲」については、ちょうど同じ曲を吹いた彼よりも、音色がゆたかで、とかく技術に傾きがちの、アメリカ人の奏者というイメージではない。中島のピアノは、この日は総じて好調で、ブラームス、ドビュッシーと、彼女らしい堂々とした造型が、ジャクソンの飾らないパフォーマンスによくあっていたように思う。

中島由紀は、藝大で管楽器の伴奏員を務めるスペシャリストのようだ。ただ、どちらかというと、自分から積極的に相手にコミットしていくタイプではなく、まず、しっかりした骨組みを用意しておいて、そこに向こうが入ってくるのを待つという傾向があるのではないか。そのため、アンサンブルとしての親密感が不足で、やや淡白な印象を与えることもある。一方で、はまったときの響きの秀麗さは、耳を惹くものがある。

最後は、京都市響で首席奏者を務める小谷口が迎えられ、メンデルスゾーン「2本のクラリネットのための演奏会用小品第2番」が演奏された。題名どおり曲想が華やかで、2本のクラリネットのヴィルトゥオージティをしっかり楽しめる、メンデルソーンの2つの演奏会用小品は、このフェスでそれぞれ2回ずつ演奏されたが、合わせ込む時間もさほどなく、簡単な曲であるようには思えないのに、クラリネット吹きにとっては思い入れの深い作品なのか、どのトリオも充実した演奏を聴けかせてくれた。もちろん、この3人も例外ではない。

ファーストの小谷口が持ち前の明るさで、伸びやかに歌い、セカンドのジャクソンがジェントルにフォローに徹したが、音色はともに暖系で、マナシー&亀井組よりもよく合っている。ここでは中島のきっちりしたフォルムが、演奏に安定感を与えていた。小谷口はキャラクター的にも面白みがあり、関西人特有のはじけた性格は終演後の元気のいいパフォーマンスにも、よく表れている。

小ホールに会場を移し、ムジカセラミカによるデモ・パフォーマンスを拝見した。ムジカセラミカとは、ファインセラミックという特殊な陶器によってつくられた、楽器のこと。紫檀(シタン)や黒檀(コクタン)といった楽器の材料が、今後枯渇してくることが予想されていることから、その代用品として開発が進められているもの。プロトタイプは1989年の世界デザイン博で発表されたが、まだまだ実用化には至っておらず、通常のものより100g以上も重かったりする弱点がある。

最初に、この楽器の開発にも携わっているクラリネット奏者の堤淳喜が、コカーイの曲を演奏する。音色的には、通常の楽器と比べて、さほど遜色がない。木管楽器らしい温かみも失われていないが、こころなし真っすぐな響きに聴こえた。

次に、フルートのセラミック楽器が登場し、上野由恵がドゥメルスマン「オベロンの主題による幻想曲」を演奏した。横笛の場合、クラリネットよりも重さの影響が大きく、演奏に差し障りがある。だが、上野は重い楽器をしっかり支えて、思いどおりに使いこなせるようになっていた。そうなると、音色自体はとても瑞々しく、魅力的な楽器でもあったようである。予て上野の演奏は素晴らしいと聞いていたが、この曲では、オペロン(ウェーバー作)の歌劇のなかに没入し、内側から作品を歌い上げていく。クラリネットばかりの音色のなかに、ぽんと放り込まれたフルートのソプラノは、それだけで紅一点の輝きを放つが、まずもって魂のこもった名演で、こうした機会には勿体ないほどだった。楽器そのものも、気に入ったのかもしれない。

最後に山本正治が登場し、マウスピースのみは従来の楽器を使い、管体はセラミック楽器という折衷的な形で演奏したが、やはりもうひとつとの印象は拭えない。山本ぐらいの腕であっても、初めてのセラミック楽器は、なかなか自由に扱えるものではないのだろう。

再び大ホールに戻り、今度は、日本フィル所属の八段(はったん)悠子のミニ・リサイタルとなる。この枠は元来、赤坂達三による演奏が組まれていたが、病気のため、出演できなくなったとの次第だ。八段は音色がふうわりと軽く、師匠の高橋知己を連想させる、ゆったりしたマイペースの演奏が特徴だった。しかし、準備が十分でなかったこともあり、思いきったパフォーマンスは見られなかった。ただ、その範囲で、ソツなくまとめた内容でもあり、彼女らしい穏やかな演奏が楽しめた。

ファイナル・ガラは時間が遅いため、半分だけ聴いて帰ってきた。協会主催のコンクールで優勝した人たちをソリストに立てて、臨時編成のオケ伴による演奏をおこなった。オケはプロの奏者たちで、TCCPでも活躍の三界秀実が指揮する。

まずは、大谷淳子がロッシーニ「序奏、主題と変奏」を演奏する。彼女はパリとジュネーヴで学び、今夏までスイスのビール/ビエンヌ・シンフォニー・オーケストラで首席を務めていたが、10月からは、ノルウェーのベルゲン・フィルの首席に転じる。アンドリュー・リットンがディレクターを務め、元気のいい楽団なので、そこに首席で入るというのは目を引くキャリアである。演奏自体は、序盤に多少のミスがあったものの、全体的には華やかで、粒立ちのいい響きで楽しませた。ロッシーニらしい派手さは感じないものの、底をみせない響きの奥行きがあり、オケとのやりとりは柔らかい。

つづいて、モーツァルトの名曲「クラリネット協奏曲」を、3人のソリストが1楽章ずつ演奏するという、珍しい試みがなされた。

第1楽章は、今回のコンクールで優勝したばかりの、台湾出身の TIEN YUNG-NYEN による演奏だ。物怖じせず淡々としたパフォーマンスだったが、ものすごく飛び抜けた印象はなかった。クラリネットの場合、中音域のあたりにポンプがあって、そこから上下に響きが広がっていく感じがするのだが、彼の場合、そのポンプがまだ未完成という気がするのだ。そのわりに、スッキリした爽やかな音色がある。

第2楽章は、都響の伊藤圭による演奏。立ち上がりは地味な音色にも感じたが、全体を通してみると、丁寧な表現で、なるほど都響の団員らしいパフォーマンスだ。いじくりまわさず、楽曲の魅力にダイレクトに共感した瑞々しい演奏である。終楽章は、前日にも登場したシルヴィー・ユーだったが、期待したほどではない。この曲に対する思い入れが日本人ほどにはないようで、フレージング、音色、リズムの処理など、よく練られているという感じがないのは、他の奏者やオケと比べて差があった。

素晴らしかったのはオーケストラで、適度にヴィブラートを効かせた演奏スタイルでも品があり、臨時編成とは思えないほど、全体にまとまりの感じられる演奏だった。ダイナミズムも繊細にデザインされ、最弱奏などを思いきって使った演奏には、あっと言わせられた。コンマスに瀬崎明日香、ヴィオラに安藤裕子、チェロに西山真二(N響/フォア・シュピーラー)などを配する弦楽器が、特にしっかりした合奏力をもち、フルートに高木綾子、オーボエに福井貴子(東響)などという顔ぶれ。なんといっても、この曲をよく知っている人たちで、仕事だからというより、好きで演奏しているという感じなのがよくわかる。そうでもなければ、この状況で、こんなに立派な演奏はできないはずだ。

こうして、クラリネット・フェスティバルも閉幕。会期中は連日のにわか雨などで大変だったし、28日夜には、ホールの一部で雨漏りがあったそうで、大ホールなどもかび臭い部分があったりもした。だが内容は、2005年の世界大会同様に楽しめるものだったし、3日間=9,000円のパスも廉価というほかない。オリンピックのようなペースでも構わないので、こういう試みが続くことを期待したいものだ。
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