2008/8/7

原爆投下の日に・・・  

そろそろ時計が0時を回りそうですが、まだ、このエントリーを書き出した頃には、ギリギリ8月6日が過ぎていません。そうです。原爆投下の日なのです。

実はどういうことを書こうかと考えながら、「平和への誓い」を読んでいるのですが、こんな文句がありました。

私たちは、大きくなった時、平和な世界にできるよう、ヒロシマで起きた事実に学び、知り、考え、そして、そのことをたくさんの人に伝えていくことから始めます。

この一文に、63年という歳月の重みを感じます。実は私の母がそうですが、この年に生まれた人は既に還暦を過ぎています。当時10歳だった少年も、70歳を越えています。ヒロシマの人たちはこれまで、少なくとも原爆について「学ぶ」なんてことは考える必要がなかったのに、この都市でさえ、もはや、そうはいかなくなった。自明のように、原爆とその計り知れない恐怖を知っていて、その体験を伝えるという段階から始まっていたのが、これからは、聞き、学び、理解するというステップから始める必要がある。ヒロシマが、ヒロシマでなくなっていくのだと感じます。

ときに、無責任掲示板「2ちゃんねる」ではこの日、被爆電車の爆破予告が出たということで、その運行が停止される騒ぎがありました。また7月末には、堀川町原爆慰霊碑が倒され、破損するという事件も起きています。ここのところ、毎年のように、このようなことが起こっていますね。国粋的な考え方も結構ですが、サヨクに嫌な思いをさせるためだけに、生き残った者が亡くなった人たちへの想いを受け継いでいくことを、妨害すべきではないでしょう。なにより、我々の同胞がこのような形で命を奪われたことへの悔しさは、どんな政治姿勢をもつ人たちの間でも、共有できるはずのものではないでしょうか。その重みを知ることなしに、いかなる主張もあり得ないと考えます。このような人たちが、いつか、取り返しのつかないことをするのではないかと、私は心配しています。

しかし、この手の破廉恥な行為よりも、ずっとずっと被爆者たちを苦しめているのは、忘却という病であるかもしれません。「平和への誓い」は、このように言います。

みなさん、見ていて下さい。
私たちは、原爆や戦争の事実に学びます。
私たちは、次の世代の人たちに、ヒロシマの心を伝えます。
そして、世界の人々に、平和のメッセージを伝えることを誓います。

立派な誓いではありますが、どこか空虚に響かないでしょうか。もちろん、この誓いそのものがナンセンスだと言っているのではありません。ただ、こうして当たり前にやらなくてはならないことを、小学生たちが「誓い」として被爆者たちに捧げている。ところが、実際は、ここで誓っていることは、まったく前進の兆しすら見えないということ・・・ここが悔しいというか、まったく情けないのであります。むしろ、先程の怪しからぬ人たちのような人が増えているし、この日本で、「核武装論」などということを臆面もなく主張する政治家すら現れ、世界へのアピールもまったく進んでいないのです。

閑話休題。わざわざ8月6日に被せるつもりはなかったのでしょうが、8日の開会式に先立って、女子サッカーで、北京オリンピックの競技がスタートしました。なでしこジャパンの初戦は芳しいものではなかったようですが、平和の祭典でもある五輪が幕を開けました。過去の大会と比べると、少しばかり呪われた感じのする大会ではありますが、中国政府も、それに反対する民族運動、宗教勢力、人権組織も、いささかオリンピックを恣意的に利用しすぎではないかと考えます。でも、これが始まると、高い放映権料を払っているだけに、メディアは五輪一色になります。しかし、開会式の翌日は、長崎にとって大事な日です。1週間後には、アジア諸国では「解放記念日」でしょうか、我々にとっての「終戦の日」がやってきます。これも大事です。決して、北京だけに見とれていていい訳はない日にちがつづくのです。

これぐらにしておきましょう。ショパンのピアノ協奏曲を聴きながらの執筆でした。特に第1番の第1楽章をかけながら読んだ、「平和への誓い」は重かったですね。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ