2008/8/11

小森輝彦 & 服部容子 デュオ・リサイタル @津田ホール 8/9  演奏会

バリトンの小森輝彦は二期会の公演にも出ている(ワルキューレでは主神・ヴォータンを歌った)が、ドイツのアルテンブルク・ゲラ市立劇場でもバリバリ主役級を張っている。そこで専属第1バリトンとして歌っている彼の声は、さすがに芯がつよいのだが、それだけではなく、きりっと締まった甘みがあり、表現力も抜群だ。ちなみに、ゲラ市は、エアフルトを州都とするテューリンゲン州で第2の都市となっている。その彼が毎年8月ごろに帰国して、よく練りこんだリサイタルでファンを楽しませてくれる。今年は、年来のパートナーであるピアノの服部容子とともに、デュオ・リサイタルをおこなった。

これまでは一昨年、俳優の山本耕史を朗読に迎えて歌った「マゲローネ・ロマンス」(ブラームス)に象徴されるように、ドイツ・リートを中心に据えたプログラムが中心だったが、今回はイタリア・オペラ、それもヴェルディに絞ってのリサイタルである。しかし、いきなり「マクベス」のアリア〈憐れみも、尊敬も、愛も〉から始まるのだから、ヘビーな内容だ。ここから小森は、運命に翻弄されて破滅する英雄(マクベス)、娘だけが生き甲斐の悲しい道化の叫び(リゴレット)、権力者の歪んだ愛情(ルーナ伯爵)、息子を諭す父親の深い知恵と愛情(父ジェルモン)、と歌い分けていくことになるのだが、どの歌も表現にしっかりしたコンセプトが感じられ、情景が即座に浮かぶ歌いくちも見事である。

元気いっぱいのうちに歌ったマクベスは、ホール狭しと響きわたって、彼の声の強さをまずは印象づけた。リゴレットでは〈廷臣たちよ! 卑怯な奴ら〉、すなわち、有名な〈悪魔め、鬼め〉を歌う。前半の怒りの部分よりも、後半、すがりつくような部分にリゴレットの悲哀が滲み出る。服部の独奏を挟んで歌われたのは、ルーナ伯爵の〈彼女の微笑みの煌きは〜おお運命の時よ〉である。この部分を小森は、一般的な野心たらたらの伯爵としてではなく、レオノーラに憧れる少年のような純粋さで歌う。

前半の最後は、「トラヴィアータ」ジョルジュ・ジェルモンの名アリア〈プロヴァンスの海、故郷のことを〉。いわゆる〈プロヴァンスの海と陸〉である。やはり、子どもをもつ父親として、パパ・ジェルモンへの共感はもっとも深いのかもしれない。どちらかというと、中央突破の鋭い切り口が目立った前半のプログラムでは、慈愛に満ちた紳士的な歌いくちが、息子・アルフレードならずとも、ぐっと胸に響く。これをリゴレットのように歌っては、誰も納得しないだろう。服部のピアノがまた、明るく穏やかで、小森の表現とぴったり合っているのだ。彼は、二期会の公演で同役を歌うことが決まっており、このナンバーの出来映えは白眉となった。

なお、先に言っておくが、ここで使っているアリアのタイトルは、公演のプログラムによっている。一般的な呼称と若干ちがうものがあるが、ここもよく練られている部分のひとつなので、そのままにして紹介しているのである(歌いだしを素直に訳しているだけだが)。

後半は、凄惨な「シチリア島の夕べの祈り」から、イタリー総督、モンタルフォのアリア〈腕には溢れんばかりの富が〉から。前半は、あらゆる形で感情が先に立った表現が求められるナンバーが揃えられたが、後半はオトコのより幅広い内面を歌う。この総督のアリアは、息子の傍で暮らすことができたらという切なる願いが、社会的な地位の重みと激しく対立する部分を、じっくりと歌い上げる。パパ・ジェルモンにも通じる父親の愛情の深さと、それとは異なるより深い孤独が、しっかりと歌い込まれていた。

つづいては「ドン・カルロ」から、カルロスの腹心・ロベルトのアリア〈私の最後の日が来たのです〜ああ私は死ぬ、魂は喜びに満ちて〉。これはシゴト、もしくは、使命のために命をなげうつ、オトコの辛い決断を歌っている。私もオトコの端くれなので、こうした志に生きるオトコの格好よさみたいなものには、共感するところが大きい。それにしても、こうした理想を理想として、こましゃくれた空言とすることなく、しっかりした実感として歌うことのできた、小森の歌の秘密はどこにあるのか。それは人間が「死ぬ」という、オペラでは当たり前すぎるぐらい、よくあるシチュエーションなのだが、それに対する恐怖や躊躇いのようなものを捨象せず、しっかりと見据えたうえで、それを乗り越えていくオトコの潔さを改めて構築しているところにある。ここでは、政治的な理想を実現するために、カルロスに忠義を捧げるロドリーゴの熱さが、実は、人間として当たり前の怖れや躊躇いに支えられており、そこを通ることなしに、この牢獄に彼が立つことはなかったと、小森は内側から訴えかけていたのだ。

それにしても、バリトンの守備範囲は広く、国王もしくは為政者から、父親、夫、色男、戦士、あとで登場するような腹黒い野心家、阿呆まで、本当に幅広い。それらの曲目を、小森はただ上手に歌うのではなく、1曲1曲、そのキャラクターの内側に入って、表現していくのだから堪らない。

あと2曲。「オテロ」のイヤーゴー〈私は信じる、私を創った残忍な神を〉は、歌自体は、相当にまとまったものではある。だが、ジェントルな小森にとっては、こうした芯からのワルを演ずるのは、もっとも苦手とする分野なのかもしれないし、声質的にもギリギリの線ではなかろうか。だが、イヤーゴーの緻密な策略に焦点を絞るのであれば、こうした歌い方もまたあり得ないとは言えない。ここでは、オトコが必ずもっている野心の、人生に与える力強さを表現したのだろうか。

最後は、「ファルスタッフ」フォードのアリア〈夢か、誠か〉。題名の「誠」を漢字表記しているのは、未だに大河の「新撰組」が忘れられないらしい、小森のこだわりであろう。歌のほうは、ただ嫉妬ぶかいというよりも、オトコのプライドをストレートに歌ったもので、こちらは格好のわるいドタバタ劇という違いこそあるが、オトコの本質というものは、そうそう変わらないものなのかもしれない。ここへ来て、若干の歌い損ないなどあって疲れも感じるが、それでも最後まで集中力は高く維持され、1つ1つのナンバーをしっかりと歌いきったパフォーマンスは賞賛に値する。

デュオということで、服部容子のピアノにも大いに注目したい。独奏は、リストの「超絶技巧練習曲集」第8番〈狩り〉と、ドビュッシーの「喜びの島」。リストのほうも凄かったのだが、ドビュッシーには畏れ入った。コレペティとして鍛えられた和声の意識が濃厚で、こんなにも厚く響くドビュッシーは、なかなか聴けるものではない。もちろん、ただ分厚い響きが特徴ではなく、伸縮や進退の絶妙な機微がワサビのように効き、音色も十分に豊かだが、それに頼りきっていない。結局、服部の演奏はドイツのしっかりした構造美を骨組みに、イタリーの強烈なカンタービレで肉付けされ、それを日本の繊細さ、奥ゆかしさでヴェールに包む。

彼女が「デュオ」の役割のなかで、小森の歌う曲たちのために、どんな働きをしたかについて逐一書くことは、残念ながら割愛する。しかし、彼女が弾きだして、小森が歌い始めるまでの間に、ほとんどの曲目では、完全に情景のイメージが聴き手に浮かんでいたであろうことを、書き添えておこう。

なお、この日のリサイタルでは、壁面にプロジェクターでスコットランドの原野や、宮廷、海に浮かぶ島などを半楕円形に映し出し、そこに歌詞を重ねて表示するなど、手が込んでいた。個人のリサイタルで、ここまで用意してくれるというのは、なかなかできない配慮だろう。小森はこの夏のシリーズに、本気で取り組んでいる。だからこそ、毎年、質の高いパフォーマンスが続いてもいるのだろう。他の歌手たちもやっていそうで、実のところ、ほとんどやっていないことだ。

来年は8月7日、カザルスホールを会場に、マーラー歌曲が中心ということである。
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2008/8/7

原爆投下の日に・・・  

そろそろ時計が0時を回りそうですが、まだ、このエントリーを書き出した頃には、ギリギリ8月6日が過ぎていません。そうです。原爆投下の日なのです。

実はどういうことを書こうかと考えながら、「平和への誓い」を読んでいるのですが、こんな文句がありました。

私たちは、大きくなった時、平和な世界にできるよう、ヒロシマで起きた事実に学び、知り、考え、そして、そのことをたくさんの人に伝えていくことから始めます。

この一文に、63年という歳月の重みを感じます。実は私の母がそうですが、この年に生まれた人は既に還暦を過ぎています。当時10歳だった少年も、70歳を越えています。ヒロシマの人たちはこれまで、少なくとも原爆について「学ぶ」なんてことは考える必要がなかったのに、この都市でさえ、もはや、そうはいかなくなった。自明のように、原爆とその計り知れない恐怖を知っていて、その体験を伝えるという段階から始まっていたのが、これからは、聞き、学び、理解するというステップから始める必要がある。ヒロシマが、ヒロシマでなくなっていくのだと感じます。

ときに、無責任掲示板「2ちゃんねる」ではこの日、被爆電車の爆破予告が出たということで、その運行が停止される騒ぎがありました。また7月末には、堀川町原爆慰霊碑が倒され、破損するという事件も起きています。ここのところ、毎年のように、このようなことが起こっていますね。国粋的な考え方も結構ですが、サヨクに嫌な思いをさせるためだけに、生き残った者が亡くなった人たちへの想いを受け継いでいくことを、妨害すべきではないでしょう。なにより、我々の同胞がこのような形で命を奪われたことへの悔しさは、どんな政治姿勢をもつ人たちの間でも、共有できるはずのものではないでしょうか。その重みを知ることなしに、いかなる主張もあり得ないと考えます。このような人たちが、いつか、取り返しのつかないことをするのではないかと、私は心配しています。

しかし、この手の破廉恥な行為よりも、ずっとずっと被爆者たちを苦しめているのは、忘却という病であるかもしれません。「平和への誓い」は、このように言います。

みなさん、見ていて下さい。
私たちは、原爆や戦争の事実に学びます。
私たちは、次の世代の人たちに、ヒロシマの心を伝えます。
そして、世界の人々に、平和のメッセージを伝えることを誓います。

立派な誓いではありますが、どこか空虚に響かないでしょうか。もちろん、この誓いそのものがナンセンスだと言っているのではありません。ただ、こうして当たり前にやらなくてはならないことを、小学生たちが「誓い」として被爆者たちに捧げている。ところが、実際は、ここで誓っていることは、まったく前進の兆しすら見えないということ・・・ここが悔しいというか、まったく情けないのであります。むしろ、先程の怪しからぬ人たちのような人が増えているし、この日本で、「核武装論」などということを臆面もなく主張する政治家すら現れ、世界へのアピールもまったく進んでいないのです。

閑話休題。わざわざ8月6日に被せるつもりはなかったのでしょうが、8日の開会式に先立って、女子サッカーで、北京オリンピックの競技がスタートしました。なでしこジャパンの初戦は芳しいものではなかったようですが、平和の祭典でもある五輪が幕を開けました。過去の大会と比べると、少しばかり呪われた感じのする大会ではありますが、中国政府も、それに反対する民族運動、宗教勢力、人権組織も、いささかオリンピックを恣意的に利用しすぎではないかと考えます。でも、これが始まると、高い放映権料を払っているだけに、メディアは五輪一色になります。しかし、開会式の翌日は、長崎にとって大事な日です。1週間後には、アジア諸国では「解放記念日」でしょうか、我々にとっての「終戦の日」がやってきます。これも大事です。決して、北京だけに見とれていていい訳はない日にちがつづくのです。

これぐらにしておきましょう。ショパンのピアノ協奏曲を聴きながらの執筆でした。特に第1番の第1楽章をかけながら読んだ、「平和への誓い」は重かったですね。
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