2008/7/12

クァルテット・エクセルシオ A  クラシック・トピックス

さて、前回はクァルテット・エクセルシオ(エク)の音楽の素晴らしさについて、駄筆を走らせてみたが、それだけならば、エクだけを特に取り上げる理由はないのかもしれない。彼らの活動の独自性は、ただ音楽的な成果を追い求め、その代価を得ていくというところに止まらない。そこに、私の言いたいことのポイントがある。

現在、エクは自主的に 'NPO' を名乗っている。NPO=ノン・プロフィット・オーガナイゼーション=非営利組織は、自主的に社会貢献を行う活動をおこなう団体のことで、その活動によって利益をあげても、その構成員には分配されず、活動の充実のみに当てられるというものだ。 'NPO' を名乗るのは自由だが、2002年から新たな法律が施行され、国に申請して「NPO法人」格を認められると、寄付税制などに特別の措置が与えられることになっている。つまり、一口に 'NPO' といっても、自称NPOと、国に登録されたNPO法人が存在するということになる。なお、法人登録は当初、きわめて厳しい基準に基づいて行われていたが、現在は要件が緩和され、その代わり、それに相応しくない団体があれば、通報により再び判断が行われるなどとなっている。そのためというか、NPO法人をめぐっては、組織のあり方や運営体制、情報公開などに事細かな規定があり、それに応じた書類の用意などの煩雑な事務も存在する。法人登録されても、団体にとっていいことばかりではないのだ。エクの場合、現在は自称NPOであるが、近いうちにNPO法人として登録される見込みが立ってきたようだが・・・。

エクの場合、NPO法人としての登録は、寄付金への対策というよりは、これまで代表して誰か一人(多くはチェロの大友氏であろう)が負担して来ざるを得なかった責務を、法人としてクァルテットと、それを支える小さな組織として担っていくことを、目的としているように思われる。つまり、法人格のない任意団体のままでは、代表者の名義を使って契約や資産管理を行わねばならない問題があり、そのような責務を団体として共有し得るようにすることと、これは遠い将来のことであろうが、メンバーが交代したり、エクとしての活動を次世代に承継していこうとするとき、資産の贈与など、煩わしい法律的問題で悩まなくて済むということもあるのであろう。

さて、話がNPO登録にシフトしすぎたが、要するに、彼らはどのような志で活動を行っているのか。それは、入善(富山県)などで行われてきたアウトリーチ活動や、東京を中心におこなわれてきた定期演奏会以外に行われてきた、精力的な地方公演をみることで、はっきりするだろう。エクは単に高いレヴェルで演奏し、聴いてもらうというだけではなく、室内楽の楽しみをなるべく幅広い範囲の人たちに知ってもらい、次の世代の人たちにも伝えていくという使命を、早くから自覚的に行ってきたといえる。定期演奏会も、2006年からは京都、今年からは札幌でのシリーズをはじめ、室内楽ならではのマルチ拠点で活動を組み上げつつある。この5〜6月には、関西と北海道での活動に出かけてきたばかりだ。アウトリーチも、クァルテットならではの身軽さを生かし、コミュニティ・コンサート、若年者を対象とした体験学習やマスタークラスなどを組み合わせ、活動の場を広げつつある。そのきっかけともなった入善では、2001年年から始まった「芸術家滞在型地域活性化事業」の中核を担い、一定の実績を挙げてきた。

そして彼らはむしろ、このような活動にこそ、クァルテットの、それも、日本にあるクァルテットとしての使命があると考えたのだろう。彼らはまだ、功なり名遂げたというには早いのだが、こうした活動に自分たちの人生を捧げようとしている。もちろん、彼らを英雄視するつもりはないが、エクは自分たちが有名になり財を成すということを放棄して、日本の国にもっと室内楽の文化が根づき、そこに住む人たちにとって、音楽が生活の一部になっていくという、そのことだけのために、自分たちの身につけたものを使いたいと望んだ。これは賞賛されるべきだし、まだ、その端緒についたばかりとはいえ、積極的に応援することを私の喜びとして感じる。

その姿勢が、NPO法人登録に表れている。なぜならば、NPOの活動では、既に述べたように、活動による利益を出すことは禁じられていないが、それを構成員に分配することは認められていない。エクの4人は、NPOのコアメンバーとして受ける一定の報酬以外、エクとしての活動から得るものは、少なくとも金銭的には、何ひとつないのだ。考えてみれば、音楽家などというと、社会的なステータスが高そうな気もするけれど、実際のところ、明日をも知れない商売ということになるのではないか。最近、もとは指揮者業にあった男性が、そのイメージを利用して詐欺事件に関わったニュースがあったが、音楽業というのは、しかもクラシック音楽業などというものは、生活の糧としては、決して安定した仕事とはいえない。

エクの活動も、果たしてどこまで続くのか、不安な面もある。だが、とにかくやってみようと決断したのだろう。エクは年間60回もの演奏活動を行っているそうで、ときどき、メンバーが他のアンサンブルに参加していることもあるようだが、基本的には、あまり盛んに副業をやっているわけにはいかない活動形態をとっている。よくある首席/コンマス・クァルテットのように、他に安定した収入が約束されているわけでもない。年間1千円の寄付で、エクを支える個人賛助「エク・フレンズ」と、年間1万円の法人・団体賛助「エク・パートナーズ」がある。フレンズは140名ちかくもいるらしく、ここには私も含まれるが、精神的な支えとしては若干の力があっても、実質的には、まだまだエクを支えるというには不十分だろう。この輪がもっともっと大きく広がってくれることを望んでいる。

もう翌日(7月13日)に迫ってしまったのだが、東京文化会館の小ホールにて、エクの東京での定期演奏会がある。その後、場所を変えて、NPO法人登録による支援体制の変化などについて説明があるそうだ。どうしても行きたがったのだが、ちょっと行けそうもない事情がある。ついてない!
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2008/7/7

第44回 日伊声楽コンコルソ 本選 7/6  演奏会

日伊声楽コンコルソを聴いてきたが、なかなかレヴェルの高い歌の競演で、ちょっとしたリサイタルよりずっと楽しめた。これでたったの1500円というのだから、リーズナブルとしか言いようがない。これまでの活動実績などからみて・・・

 ◎大澤 一彰  ○谷原 めぐみ △小川 里美、小林 沙羅

という事前予測を立てていたが、終わってみれば、この格がものを言ったようなところもあった。だが、聴いてみての印象は、必ずしも、この下品な予想の印どおりではなかった。さて、結果が発表されると、最初の順序づけに戻ってしまう(少しばかり意外な逆転劇があったが)のだから、声楽というものはわからない。一応、審査委員の名前を並べておくと、五十嵐喜芳(委員長)、浅野菜生子、菊地彦典、栗林義信、田島好一、出口正子、直野資、丹羽正明、松本美和子、嶺貞子。

【谷原 めぐみ/ソプラノ】

谷原は、昨年のイタリア声楽コンコルソのシエナ部門にエントリーし、金賞を受ける。二期会でのキャリアが始まりつつある。技術的に甘い面も見受けられるが、ドラマの作り方に秀でており、長く聴いていると徐々に惹き込まれるところがある。歌に臨む集中力が高く、ぐっと表現力が乗ったときの歌の強さは、昨年のコンコルソのときと比べても長足の進歩を遂げたかのような印象を受ける。ただし、歌の切れ目などが粗く、どうしても大味の印象は残る。スケールの大きさと、細部の脆さが同居している。

【岸 七美子/ソプラノ】

この人も昨年のイタリア声楽コンコルソ(ミラノ部門)に出場し、受賞はなかったが、私がもっとも気に入った歌手だったので、よく憶えている。今年の日伊コンコルソでも、あのときと同じ衣裳だが、見違えるような美しい発声を獲得しており、まずは驚きが先に来た。昨年は無理とも感じられたヴェリズモ系の曲目で、独特のしなやか発声をみせて、マスカーニ『イリス』のアリア「私は恐ろしい夢をみた」を、持ち前のしなやかな表現力で丁寧に歌い上げたのが印象的だ。結果として2位に評価されたのは、さらなる驚きだったが、もっと伸びそうな予感がする。

【大澤 一彰/テノール】

大澤はイタリア人らしい発声で、きわめてスケールの大きな歌をうたった。大劇場でも文句なく響き渡る強い声。高音の伸びが素晴らしく、多分、これが素直に評価されての優勝となった。ヴェルディ『連隊の娘』のアリア「友よ、なんと楽しい日!」を歌ったときの輝かしく、スピントの効いた高音の印象が耳に残っているとともに、やや一本調子な感じも否めなかった。曲目的に、ソット・ヴォーチェのような引いた部分が聴けないのも、判断を難しくしている。現時点では、攻撃的で前へ前へとポジションをとる姿勢が瑞々しいが、今後は引くことも憶えないといけない。

【森川 泉/ソプラノ】

森川は、森美代子が優勝した東京音楽コンクールで入選の実績がある。現時点での声の完成度は高い。手足短く、美形とは言えないかもしれないが、ムゼッタの「私が街を歩くと」などを歌っても、声に説得力があるので、いつしか美人であるように見えてくる(失礼!)。メインは、ベッリーニ『カプレッティ家とモンテッキ家』のアリア「ああ、幾たびか」だが、長大な歌でもフォルムが乱れず、しっかりした美声を響かさせる。この人の印象は、私にとっては相当によかったが、いくつかコンクールを聴いてみて、完成度の高い歌い手は伸びしろが少ないとみられる傾向があるのかもしれない・・・とも思える。その分、有無を言わせぬ突破力がないと、選ばれないということになるのか。

【イ・ユンギョン/ソプラノ】

イは、リズム感が悪すぎて話にならない。ヘンデルやヴェルディ歌曲(煙突掃除夫)でみせたコミカルな歌いくちは、彼女の持ち味。それを生かすためにも、より歌のフォルムに対する繊細な感覚がほしい。また、本人としてはリリック・コロラトゥーラの持ち味を意識しているようだが、アジリタはさほど効いているようには思えないので、そこを押し出すのならば、さらなる研鑽が求められる。

【正岡 美津子/ソプラノ】

正岡は既に、市民オペラなどで結構な場数を踏んでいる。発声は審査員の出口正子に似ており、20年前のコンコルソに出れば、もっと良い成績だったかもしれないと思うような、ちょっと懐かしい感じの漂う歌い手だった。豊かな声量のドラマティック・ソプラノで、ヴィブラート・ベースだが、ときに、ぐっと表現が乗るときには声が清らかになるという感じ。日本の中堅にいちばん多いタイプの歌い手ともいえようか。もちろん、これは褒め言葉にはならない。

【渡邊 愛美/ソプラノ】

渡邊は武蔵野音大でマスターまで出ており、世界オペラ歌唱コンクール「新しい声2007」のアジア代表となったこともある。非常に知的に構築され、巧みなドラマの引き出し方が胸に響いた。ドニゼッティ『マリア・ディ・ロアン』のアリア「神よ、ご慈悲を」や、ミミの「あなたの愛の呼ぶ声に」はともども、感情の乗った美しい表現で、私のこころに訴えかけてきた。時折、響きが過多になるのと、そのため、大きな箱になったときには、会場の後方まで声が届くのかが懸念されたのが減点のポイントだったのか。でも、ミミを歌い終えたときは、曲目が曲目だということもあろうが、会場がシンとなっていたよ!

【渡邉 公威/テノール】

渡邉は一昨年、日本声楽コンクールで2位となったほか、国際的なコンクールでも受賞歴が豊富だ。同じテノールの大澤が優勝したわけだが、私としては、渡邉のほうを評価したい。大澤ほど突き抜けた声量はないが、楽譜に忠実で、知的な歌唱が光った。とりわけネモリーノの名アリア「人知れぬ涙」の、感情だけに流されないフォルムの美しさは耳を惹いた。非常に独特な発声だが、それを突き破る方法も獲得しており、大澤と比べて高音が詰まる弱点こそあるが、尻を叩いてやれば、どんどん良いパフォーマンスを出してくれそうな気配があり、伸びしろも大きい。奇しくも大澤と同じ「友よ、何という楽しい日!」のアリアを歌ったが、声の音色は彼よりもはるかに豊富で、聴きごたえがあった。

【小林 郁絵/ソプラノ】

小林は、イタリアの歌のコンクールでは、すこし場違いな感じのはんなりした歌い手だった。ここがフランス歌曲のコンクールであったら、さらに高い評価を得られたであろうに。最近、チッコリーニ(pf)が協奏曲の録音を出した知られざる作曲家、ピツェッティの歌曲「牧人たち」をうたったが、イタリアでは異彩を放つ濃厚な表現力をもった、この人の作品を存分に楽しませてくれたことは印象ぶかい。歌曲賞=岡部多喜子賞の受賞は納得だ。アリアはやや大人しすぎて、やはりイタリアの表現としては繊細すぎたのか。

【小川 里美/ソプラノ】

新国研修所の修了生、また、ミス・ユニヴァース日本代表ともなった経歴が、よく知られている。声楽家である以上に、ミス・ユニヴァースとしても鍛えられたであろう(ちょうど前々日の金スマで、ミス・ユニヴァース候補生の特集をやっていた)身体の支えが、ピカイチだった。ソット・ヴォーチェの美しさも、この日の歌い手のなかでは特筆に値する。この人が、第3位となった。ただし、私の印象は悪いほうから数えたほうが早い。上に書いたようなパーツの素晴らしさを、うまく歌として組み上げられていないように思ったからだ。リズムの処理やフレージング、声の膨らまし方、感情表現のセンスの悪さが際立っており、長く聴いていて疲れるところがある。

【小林 沙羅/ソプラノ】

小林はHPをもっているけれど、スケジュール欄をみると、大野和士との共演をはじめ、いろいろと仕事が来ているらしい。この日のコンコルソでは、なぜか少なかったリリック・コロラトゥーラのきっちりした歌い手。本場のイタリアでは、ここまで出来て、ようやく当たり前のレヴェルなのかもしれない。ベッリーニの2曲のアリアを軽々と歌っていたが、その余裕を、さらに手のつけられない表現力へと結びつけていくことはできないものか。やや楽天的すぎて、聴き手に感動を与えることは出来ていなかった。

私だけが審査員だとすると・・・

 1位 渡邉 公威  2位 森川 泉  3位 渡邊 愛美

となるところだが、もちろん、プロたちの耳は別なので、既に述べたような結果となる。傾向は感じられないので、単純に各々の価値観に基づいた得点を足すと、このようになったとしか言えない。身も蓋もない言い方だが、ある意味、運がよかったとも言える。横一線の高いレヴェルの争いであり、誰にでも可能性があったのではないか。最後に、順位をまとめると、次のようになる。

 優 勝  大澤 一彰

 2 位  岸 七美子

 3 位  小川 里美

 歌曲賞  小林 郁絵

ただ、最後に出てきた昨年の覇者、廣田美穂の歌と比べると、やや差があったかもしれない。よっぽど、昨年の8月から比べると、この廣田自体が、相当の進化を遂げているのも確かであるが。藤原での主役デビューが近いのも頷ける。彼女の将来にも期待したい。表彰式では、五十嵐委員長がテノールの優勝は久しぶりだ、前回は誰だったか・・・と仰っていたが、自分のところの若手看板テノールのことを忘れているとは。それも、ほんの4年前だというのに!

なお、参考までに書いておくと、ここに出場したメンバーでHP、もしくはブログをもつ人は、私の知る限り、谷原、渡邉(公)、小川、小林(沙)の4人である。

 於:東京文化会館(小ホール)
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