2008/6/13

在京オーケストラ三題 NJP/読響  クラシック・トピックス

ここのところ、日本のオーケストラの動向が激しくなっているが、東京圏オーケストラにも動きがあった。といっても、2つは留任の報である。ひとつは、新日本フィルがクリスティアン・アルミンクとの3期目の契約をまとめ、2年延長したこと。もうひとつは、読売日響がスタニスラフ・スクロヴァチェフスキとの2年契約を延長し.1年繰り延べたものだ。

アルミンクは定期会員数を増加させ、地元スポンサーの地道な獲得にも成果を挙げており、まず、ビジネスマンとして、意外なほど優れていたことに注目すべきだろう。彼については、バックボーンなどの関係からネガティヴな発言をする人も多かったが、現在、そういうことを強調する人は、現在のオーケストラの状況を理解していないと見なされるだろう。肝心の音楽的成果もまずまずで、1年ごとにテーマを定め、客演ともよくミーティングをして練り込んでいくプログラミングも、愛好家らの関心を惹いた。来シーズンからは、年間テーマこそ廃止されるものの、演奏会ごとにテーマを設けて、掘り下げていくというスタイルに変わるという。

継続的にパートナーシップを結びたい指揮者として、ブリュッヘンやハーディングの名前が挙がっている。いずれもDG系列のレーベルと関係があるのは偶然ではないだろうが、一方、アルミンクが個人的にコネクションを結んだ相手でもあるということは、見逃されるべきではない。ブリュッヘンは、今年の「天地創造」を皮切りに、ハイドンのシリーズを続けていくことが、既にアナウンスされている。アルミンクは古典派、ロマン派なども得意とするが、ヒンデミット、ツェムリンスキー、マーラー、R.シュトラウスのほか、ヴィリやリームなどの現代音楽というところに、本領がありそうなだけに、こうした古典派のしっかり振れる指揮者をパートナーにもつことは、彼自身の成長にも良い影響をもたらすだろう。

スクロヴァチェフスキの契約延長は、もちろんネガティヴな要素ではないが、先行き不透明な印象を与えることも確かではないか。アルブレヒト後の読売日響は、高いレヴェルで平行線をも保っている。弦は国内最強の精度を誇るであろうし、まじめな人間が揃う木管の成長も顕著だ。ただし、アンサンブル精度と、表現力の驚くべき向上に比して、楽団の人気はやや低迷気味である。これは、どうしたことであろうか。人気のあるはずのスクロヴァチェフスキの公演でさえ、芸劇などでは、3F席などにかなりの空席があるようだ。そこの音響はというと、オケを聴く場合、決して悪くはないはずである。コスト・パフォーマンスを考えると、むしろ、リーズナブルとみられる。バックがバックだけに、それは即座に問題とはならない。だが、いつまでも、この状況を安んじて受け容れるべきであろうか。

日本では、巧いということは逆に、思いがけないリスクを生むものだ。それは愛好家らの、N響に対するネガティヴなイメージをみればわかる。しかも不思議なことに、読売日響のイメージは、決してレヴェルの高いオケということにはなっていないようだ。私がみる限り、いま日本で最高のオーケストラは読売日響だと思う。二歩も三歩も抜けている。だが、そうした評価は必ずしも一般的ではない。呼んでいる指揮者のレヴェルは、N響にも引けをとらない。ホーネック、P.ヤルヴィ、ヴァンスカなど、良いところを押さえている。それなのに、楽団のやりたいことが、なぜ聴衆に届いていないのであろうか。

読売日響が、ここでもう一押しすれば、その評価は揺るぎないものになるのに! 例えば、アルミンクやティエリー・フィッシャーのようなやり方が参考になるが、ただ漫然とプログラムをこなしていくのではなく、しっかりした哲学が必要だ。スクロヴァチェフスキは年が年であるし、どうしても保守的にならざるを得ない。いまの楽団は、そのことをある程度、よしとしているところがある。任期延長は、そのことを示してもいるだろう。まあ、楽団のトップは新聞社やグループからの「天下り」みたいなものでもあり、そういうところに期待するのも限界があるが、実に勿体ないと思う。

もうひとつ触れたいのは、この程、秋以降のプログラムを発表した日フィルだ。先日、ジェルメッティの「ドイツ・レクイエム」で600回目の定期を祝った、日フィルの新しい首席指揮者、ラザレフ最初のシーズンは、明らかにコバケン時代からは趣を変えた。このことを中心に、次のエントリーで話題を続けたい。
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2008/6/9

ボロメーオSQ メンデルスゾーン 弦楽八重奏曲  SQW〈フェスタ〉 6/8  演奏会

ボロメーオ・ストリング・クァルテットを「キュレーター」としての、クァルテット・ウィークエンドのフェスタ・シリーズも、最終日を迎えた。私は日曜の2回だけだが、足繁く通った人もいるらしい。この日は、再びクァルテット・エクセルシオをパートナーに演奏した、メンデルスゾーンの弦楽八重奏曲がメインだ。

【シューマンの二面性】

前半は、エクがシューベルト得意の未完成曲、弦楽四重奏曲第12番「四重奏断章」で露払いのあと、ボロメーオ単体としては、このシリーズ最後となるシューマンの弦楽四重奏曲第1番が披露される。前回のバルトークは気に入らなかったが、このシューマンは、均整のとれたお手本のようなパフォーマンス。第1楽章、アンダンテ・エスプレッシーヴォからアレグロへの、切り替えのしなやかさ。第2楽章はチェロのつくる頑強なマーチ風の音楽に乗って、がっしりした重厚な響きが印象に残るが、トリオの優しげな表情も忘れられない。アダージョ楽章は引っ張らず、上品な響きをゆったりと奏でる。

第4楽章は、典型的なソナタ形式をはっきり感じさせながらの、構造感のしっかりした演奏。形式が保守的である分、近代映画音楽を先取りするような映像的な叙情性が、一種の新しさを感じさせる。シューベルトの断章では、さらに突き抜けた新しさがあって、まるで現代音楽のような響きもあるなかで、シューマンの新しさというのは見逃しがちかもしれない。だが、この演奏を聴くと、やはりシューマンという作曲家もまた、一歩先を行く音楽家であったことがはっきりとわかる。

だが、ボロメーオのメンバーは、そこにバロック的な要素をそっと偲ばせることも忘れてはいない。これは第2楽章のトリオでも印象づけられており、シューマンの二面性をきれいに描き出している点は、きわめて興味ぶかいものがある。

【相性の良さがここでも顕著に表れた】

さて、メインとなるメンデルスゾーンは、室内楽の王たることを宿命づけられた名品でありながら、クァルテットを丸々2つも用意しなければならないこともあって、作品の価値に見合った扱いは受けられないでいるように思われる。最初にいってしまうと、今回のボロメーオ+エクのオクテットは、今後、なかなか聴くことができないであろう秀演となった。かつては、世界のオーケストラにはなくてはならないと言われた日本人だが、やはり、こうした繊細な表情づけは、欧米人の得意ならざるところではないか。壮麗な曲想の中にも、よく均整のとれた、美しくも気品あるフォルムが印象的な演奏となった。先週も述べたように、1本1本がしっかりと弾ききって、樹木のようにどっしりと屹立するボロメーオと、すっきりした一枚岩の表現で、聴き手の内側にすっと入りこんでくるエクの相性は、すこぶるよかった。

例えば、アンダンテ(第2楽章)では、1本1本の響きを重視するボロメーオの姿勢が、美しい旋律線を引き立てるバックの印象を際立たせることになり、ともすれば、すっと流れていってしまうかもしれないイメージが、瞬間ごとにぐっと迫ってくるような印象を残した。第1ヴァイオリン・ファーストの曲想が、平面的に引き伸ばされていくのではなく、それを支える全体がぐっと立体的にせり上がっているのが、きわめて大きな効果を生んでいる。

【対向配置】

なお、オクテットはチェロの2人を中心に、室内楽では珍しいと思われる対向的な配置を採り、1本ずつが点々と位置を占めた。第1ヴァイオリンのファーストはキッチン。その隣から、タン、元渕、大友とファースト群を形成し、折り返して、キム、吉田、山田、西野という順で並んで、セカンド群が陣取る。これは響きのバランスの問題でもあるが、ボロメーオのメンバーが特に重視するアイ・コンタクトや、ファーストとセカンド両群の奏者でかけあったり、被せあうような場面での対比がしやすいことを睨んでの、優れた「戦術」であろう。その分、楽器ごとの音色の分離がときどき悪くなるが、全体としては、1本1本の主張の伝わりやすさのほうが、かえって印象的に思われる。

それは第1楽章のような優美な部分でいっそう効果的であり、スケルッツォ(第3楽章)のようなしっとりした部分では、若干、ひ弱な印象を与える。もちろん、これは言葉のあやで、スケルッツォが悪かったわけではない。

【フーガの成長が著しい終楽章】

プレスト(第4楽章)は響きの受け渡しが活き活きとしており、そこから発展していくフーガの成長が、実に力強く表現されていた。キッチンが仕掛けると、打てば響くというように、きっちりと反応していく周りの反応力は、この8人の行き着いた到達点の高さを示している。コーダに入ると、どの奏者もきっちりと歌いきり、8人のうち3人しかオトコがいないアンサンブルとは信じられないほどの、芳醇な響きが実をつける。大詰めは西野・山田・吉田がまわり込み、キッチンらの響きを包み込むように襲いかかる中、そこを突き抜けていくファースト群の響きが、颯爽と立ち上がっていったフィナーレは見事だった。

これだけの演奏を聴かせてくれれば、もう楽しくて仕方がないというところだ。長くて、熱心なオヴェーションに、出演者たちの表情も緩む。特に、シリーズを闘い抜いたボロメーオのメンバーたちの充実感は、表情に表れている。産声をあげた企画の、最初のディレクター(キュレーター)に彼らを迎えたことは、TAN(トリトン・アーツ・ネットワーク)のふかい洞察を物語るものだろう。そして、エクのみんなも、日本を代表する若手クァルテットとして、十分すぎるほどの存在をアピールした。

【楽しみな今後のシリーズ】

これが2週間だけで終わってしまうのも、ちょっと残念な気もしてきた。今後は「ガレリア」シリーズに移り、4つのグループが独特の企画をこなしていくのだ。そして、来年6月、今度はカルミナ四重奏団がキュレーターになって、4回のシリーズが予定されている。それはそれで楽しみなのだが、このボロメーオのパフォーマンスも、発展的に繋いでいきたいという想いは、誰もが抱いたのではなかろうか。今回の演奏の模様はCD/DVDになり、クァルテットのHPから買うことができるとはいえ、そういう意味ではないのだ。そうした想いに、どのように応えていくのかは、TANに課された宿題のひとつとなろう。今後の「ガレリア」では、やはりエクの来年1月の企画で、間宮芳生とウェーベルンを取り上げるのが、もっとも興味ぶかい。次のフェスタ・シリーズを含め、SQWの今後が楽しみである。


【プログラム】 2008年6月8日

1、シューベルト 弦楽四重奏曲(断章) D.703  演奏:エク
2、シューマン 弦楽四重奏曲第1番  演奏:ボロメーオ
3、メンデルスゾーン 弦楽八重奏曲  演奏:ボロメーオ+エク

 於:第一生命ホール
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