2008/6/28

河合優子 ピアノ・リサイタル ショパン・ナショナルエディションによる全曲演奏 Y 6/28  演奏会

ナショナル・エディション譜に基づく、河合優子によるショパンのピアノ曲全曲演奏会も、今回で第6回を数える。それでも、まだ半分に至っていない。今回はショパンが弱冠7歳で書いたという作品から、20代になるかならないかの初期作品が集められた。WN番号の作品が多く、これらは周知のように、生前に出版されなかった作品で、ナショナル・エディションでエキェル派が独自に分類したものにつけられる番号である。これら前半の曲目の完成度は、正しく比類をみないものといって差し支えなく、この種の作品をここまで格調高く演奏できる人は、そうはいない。

対位法の教科書といわれるバッハの「インヴェンション第14番」(BWV.786)につづいて、ショパン7〜11歳の作品といわれる最初期の「ポロネーズ」(WN.1-3)が演奏される。驚くべきことに、WN.1/2 は、6歳で本格的にピアノ教育を受けるようになって間もない頃の作品だが、既に一端の楽曲としての態を成している。近接した音符が並び、大人には弾きにくそうな細かなパッセージがつづくのは、子どもの手の大きさ(小ささ)と関係がありそう。ただし、WN.1 の中間部では7歳児がイメージできるはずもない陰を含んでおり、やはり、只者ではない。両端部分は、モーツァルトの歌劇を思わせる軽妙な遊びごころが伺える。他の2曲もシンプルな書法(?)ながら、十二分に鑑賞に堪える作品であり、河合もまた丁寧な演奏で、幼いショパンの天才性に敬意を表していた。WN.2 は、ベートーベンの「月光」などの淑やかな作品をイメージさせるし、WN.3 は、よりバロックへの親和感を滲ませている。

マズルカはそれぞれ、15−16歳ごろ(WN.7/8)、17歳ごろ(WN.14)、20歳より以前(WN.24-26)、22歳ごろ(WN.25)、24歳ごろ(WN.26)と、ショパンの成長にあわせての演奏であるので、その折々にあり得べきでない特別な才能を示しながら、徐々に作風が固まっていく作曲家の青春が、満遍なく表現される。例えば、WN.14 や WN.25 などは、作品番号付きにも劣らない、どこか聞き覚えのある旋律線を描いている。WN.25 あたりまで来ると、もはや若書きとはいえない。WN.26 では、幼いころの作品と比べると、名技性があるにしてもずっと凝縮して、無理のない書法に洗練されている。最後の一音がひらっと軽く立ち上がって弾きおえたときの、何ともいえない味わいぶかさが印象に残る。

マズルカは、河合にとっての得意分野であろう。思春期のエネルギーを擬するように、マズルカの演奏に入って、河合は俄然、ペースを上げた。鋭く、歯切れのよい打鍵を中心に、右手のルバートなどがショパンらしい特徴を徐々に示しはじめる。

前半の締めは、op.16 のロンド(序奏とロンド)だが、ショパンのロンドは数も少なく、あまり世評は高くない。だが、河合にとっては、共感の深い曲目なのであろう。実に多彩な表情がついて、この日の白眉となる演奏であった。空気を入れすぎて、弾け飛びそうな風船を想像してほしい。鍵盤の外にはみ出ていきそうな外向的なエネルギーと、それが内側に閉じ込められ凝縮していく内政的なエネルギーが、絶妙のバランスで描きこまれた演奏だ。楽曲の長さに比して、なるほど曲想の変化はダイナミックではなく、客席には退屈そうな人もいる。しかし、もうすこしだけ注意ぶかく追っていれば、こんな面白い演奏はないとわかったことだろう。上のようなバランスが少しずつ磨きこまれていくごとに、内側に対しても、外側に対しても、ぎっしりと実が詰まって、最終的に小さな宇宙が生成される。

しまいの部分では、どこか協奏曲第1番(ロンドより2年前に書かれた/次回演奏予定)に似通ったエレメントも現れ、ここまで弾いてきたような作品の集大成的なところで、この作品が不思議な位置を占めていることに気づかせられるのだ。

後半は、独奏ピアノ1台による協奏曲第2番の演奏となる。解説によれば、ショパンのピアノ協奏曲(オケ伴)は自筆譜が残っているものの、ピアノ・パートは紛れもなくショパンの筆跡であるのに、オーケストレーションは明らかに他人の筆跡であるという。大成後ならば、弟子に書かせたものともとられようが、コンチェルトは初期の作品であるから、誰か経験豊富な大人が何らかの理由で、オーケストレーションを補助したものとみるのが妥当なようである。それゆえ河合は、ショパンが本当の意味で思い描いていた協奏曲の形を知るためには、のちにショパン自らによって遺された、1台ピアノによるヴァージョンが重要な資料となるというのである。

そうした意義はともかくとしても、演奏は、非常によく練られたものであった。第1楽章は、どちらかといえばオーソドックスともいえそうな、原曲にちかいイメージである。河合の演奏は余裕のある、構えが堅固でゆったりした演奏であり、安心して聴いていられる。オケ伴にみられるようなデフォルメした感情の発露は、上品に抑えられており、代わって、ソナタ形式の力強さが押し出されている。オケ伴の場合は、管弦楽に渡す場面も独奏ピアノが繋いでいくので、華やかさよりも、表現力の絶えざる緊張が楽曲を締まったものにする。

第2楽章以後は、独特の雰囲気で面白い。ラルゲットは、装飾音におけるヴァリアントの多彩さと、ルバートのスリリングな動きが特徴となるが、オケ伴のセンチメンタルさが排されているにも関わらず、なお内面に凝縮していくロマンティックな表現力が煮出されて、いかにも河合らしい馥郁たる演奏に仕上がっている。即興的な打鍵の鋭さが細々と編みこまれ、少しもだれることなく、薫るような響きが立ち昇る良い演奏だ。中間部分を経て、A部が再現したときに、すっきり透明に濾過された響きのたおさやかは、印象に残る。ここが、コンチェルトにおける白眉の部分を成していた。

アタッカで突っ込んだアレグロ・ヴィヴァーチェは、華々しく燃え上がるオケ伴とは、もっとも遠い部分に当たる。パッセージの華やかさはあるものの、最後まで、ショパンの表現は堂々としていて、女々しい(などといっては差別的といわれるか)見せびらかしなどは皆無だ。コーダに至るまでのしっかりした構築感を経て、ヘ長調のコーダをじっくり弾ききっての終演は、非常に充実したものだった。

なお、調律には、再び瀬川宏の名前が刻まれている。彼女の新しいCDのブックレットによれば、前回のプレリュードの演奏では、ショパンの楽譜から読み取れる長いペダルへの拘りを実現するため、この人の力強いサポートがあったことが語られている。

さて、6回のシリーズを聴いて(うち1回は欠席)きたわけだが、この河合優子というピアニストは、意外に波のある人だというように思えてきた。私は、その波も含めて、この人の演奏を聴きつづけることが、楽しくて仕方がない。今回のリサイタルは、これまでのどの回と比べても遜色ないパフォーマンスで、ほとんど隙がなかった。しかし、絶好調とはいえないときもあった。だが、ひとつだけ言えることは、やりたいことがハッキリしているということだろう。それは人間だから、表現意図がうまく決まらないときもあるが、何をどうやろうとしたかが、何らかの形で聴き手に伝わっているということは重要だ。河合の演奏のコンセプトには紛れがなく、その点だけは、いつも変わることがない。だから私は、このピアニストに多少の問題があるにしても、ことショパン演奏に関しては、常に信頼しているのである。なにより、彼女の演奏を聴いていて、面白いのだ。

次回は、今回と同じく1台ピアノだけによる、ピアノ協奏曲第1番を中心としたプログラムが予定されている。

【プログラム】 2008年6月28日

○バッハ インヴェンション第14番 BWV.786
○ショパン ポロネーズ WN.1-3
○ショパン マズルカ WN.7,8,14,24,25,26,41,45
○ショパン ロンド op.16
○ショパン ピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏)

 於:浜離宮朝日ホール
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2008/6/28

フランスの若き俊英たちが集う小さな祭典 フェスティバル・カルチエ・デテ  期待のコンサート

もう直前だが、なかなか面白い企画を見つけた。フェスティバル・カルチエ・デテというのがそれであるが、要するに、日仏のコンテンポラリー・ミュージックをめぐる祭典だ。小規模の企画で、話題にもなっていないが、出演者、内容ともに期待ができそうだ。

フェスティバルは、正確には27日が初日。メインとなる出演者、アンサンブル・レ・タン・モデルヌは、1993年に設立、「音楽家たちの自主的な企図にもとづいて、現代の音楽作品の意義を重要視」「20世紀以降の主要作品に取り組み」「新作初演を通して、おおくの作曲家との特別な関係をつくりあげ」「作曲家が創造する世界のなかで、(略)詩的な響きと感受性、夢、問いかけ、官能性の感覚に直接訴えかける演奏によって、それぞれの作品の価値をひきだすことを探求している」という。弦楽器のほか、フルート、クラリネット、ハープ、ピアノから成る編成で来日した。指揮者は、アンサンブル・アンテルコンタンポランでアシスタントを務めたこともあるという、ファブリス・ピエール。

メンバーのほとんどは、リヨンなどのコンセルヴァトワール/教育機関に務める教師陣にあるか、ソリスト、室内楽奏者、オケマンとして活躍する。例えば、指揮のピエールは、指揮者であると同時にハーピストとしても知られ、リヨン・コンセルヴァトワールの教授。ハーピストとして来日するソフィー・ベランジェールも、ピエールの教え子ということらしい。録音もある。創立者のミシェル・ラヴィニョル(fl)はリヨン・コンセルヴァトワールの教授にして、権威あるランパル国際コンクールで名誉賞を獲得したという。同じく創立メンバーで、現在の音楽監督であるジャン=ルイ・ベルジェラール(cl)は、やはりリヨン・コンセルヴァトワールの教授であり、「シャン・デュ・モンド、アッダなどのレーベルで録音し、放送されている」という。

これら信頼のおける奏者によって奏でられる演目は、28日はラヴェルを皮切りに、フランスのエルサン、ドゥ・モンテーニュ、ルルーといったフランス側作曲家に加え、野平一郎、1999年の作品が組み合わされる。私が赴く予定の29日は、ドビュッシーを導入に、ドゥ・モンテーニュ、ブロンドーというフランス人作曲家に加え、細川俊夫、マントヴァーニの作品が加わり、日仏伊の3国の作品が舞台にかかる。

この前後には、日本人のトリオによるミヨー、平義久、オネゲル、ロッセ、コダーイによるプログラムが組まれているほか、アンサンブルでも活躍するゲスト・ピアニストのウィレム・ラチュウミアが、やはり山あり谷ありのプラグラムを予定しているほか、27日の公開ワークショップで、演奏者と作曲家が意見を交わすことによって組み上がった作品を、早速、28日の夕方に演奏するという企画が、もうひとつの柱として組まれている。このワークショップには、神本真理、佐藤岳晶の作品が用意されており、森山智宏という作曲家の作品は、フルートとチェロという編成のみが明かされており、タイトルが未定となっている。これが、ワークショップの対象になるのであろう。この公演にも足を運びたいのだが、どうしても都合がつかない。

この企画は、横浜のフランス月間2008に組み込まれている。横浜日仏学院、カルチエ・ミュジコ、そして、アンサンブル・レ・タン・モデルヌ・リヨンの共催となっている。

 カルチエ・ミュジコ HP http://quartiersmusicaux.blog77.fc2.com/
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