2008/5/24

下野竜也 読響 芸劇マチネー 100回記念ガラ 5/24  演奏会

読売日本交響楽団の「東京芸術劇場マチネーシリーズ」(芸劇マチネー)が、第100回を迎えた記念すべきコンサート。同シリーズのスタートは10年前の同日、5月24日のことだったという。

通常の発想ならば、大曲を演奏して花火を上げようというところだが、企画を任された下野竜也は、まったく別のアイディアを試みた。というのは、最初にドヴォルザークの序曲「謝肉祭」を演奏したあと、オーケストラをいったん分解してパートごとに出演させ、各々がアンサンブルを披露してから、最後にブリテンの「青少年のための管弦楽入門」で、再びオーケストラを組み上げるというものだったからである。いわば、ミニ・ガラ・コンサート。最後は、日テレの古市アナが登場し、聴衆がアンケート箱に入れた質問の一部に答えるという余興のあとに、引き続き古市のナレーション付きで「管弦楽入門」を演奏。TANTOクラシック公開収録のような雰囲気なって、おわった。

パフォーマンスとしては、その楽器に合っているのかどうかわからない選曲もあり、若干の凹凸はあるものの、どの奏者も楽しんで演奏していたと同時に、すこぶる真剣であり、総じて聴き手を楽しませてくれるステージづくりは満足だった。両端のオーケストラ・プログラムは、完成度が高い。特に、ドヴォルザークの「謝肉祭」は、下野の思い入れが伝わる渾身の演奏。全員揃って、オケのみで演奏する唯一のプログラムだけに、力が入っていた。

パートごとの演奏のなかでも、特に素晴らしかったのは、原曲のマンドリン、もしくは、もっとも有名なヴァイオリン版に代わり、コントラバスの独奏によった、モンティの名曲「チャルダッシュ」だ。独奏は首席の星秀樹で、小オーケストラの伴奏がつく。ヴァイオリンはもちろん、チェロよりも深い声で歌われるチャルダッシュは、どこか切ない、孤独な響きになる。名手・星の控えめなパフォーマンスは、堂々としたコンバスの響きに、あったかいこころを添えるかのようだ。後半、ファルセットで歌う部分の妙技には、思わず息を呑む。ヴィスをかけたくなるほどの、素晴らしい演奏だった。

企画立案段階では知らなかったそうだが、平尾貴四男のオーボエ・ソナタ(第1楽章)は、作曲者の孫に当たる首席奏者、辻功の演奏となった。ピアノ伴奏の原曲だが、今回は、ドビュッシーとラヴェルとデュティユーを足して3で割ったような、オーケストラ編曲での演奏。辻の演奏はさすがに愛情に満ちたもので、編曲はともかく、フランス音楽の影響が濃厚な平尾の音楽の特徴を、優雅で上品な音色、うっとりするような空気の柔らかさで表現した。

フルートの一戸敦は、フルート独奏曲の元祖「シランクス(パンの笛)」を、見事な一筆書きの、鮮やかなラインで描きあげた。元LSO首席、LPOコンサートマスターのデヴィッド・ノーラン(vn)は、独奏者として、母国のヴォーン・ウィリアムズの佳品「あげひばり」を、独特のジェントルな音色で、丁寧に演奏。アドリヴとコメディを挟んだ特別編曲で演奏の、ヨーダー「ハスケルのあばれ小僧」は、いつもはティンパニー担当の岡田全弘も加わって、3つのスネア・シンバルが、見事なドラム・ロールを披露した。

いちいち挙げていけばキリがないので割愛するが、転換の余白を使って、下野と首席奏者の対話もあり、盛りだくさんの内容であった。客席も大ウケで、これは下野の作戦勝ちというところか。これは定期に準じるシリ−ズなので、もっと子どもが多ければよかったのが、これを手がかりにして、記念のガラだけではなく、日常のアウトリーチ、もしくは、夏休みその他の特別企画、地方巡業などにも十分に活用できそうな内容だった。

ひとつひとつ取り出して、ほとんどアラの出ないパフォーマンスは、楽団の底力がしっかりしてきたことの証拠である。卒業生の名前を呼ぶ担任の先生さながらに、下野は演奏者全員の氏名をアンチョコなしでコールしていたので、自分の楽団とはいえ、これは大したものだと思った。演奏とは無関係とはいいながら、こういったところにも、様々なオーケストラからの信頼厚い下野の美点が窺われる、という一コマであった。

【プログラム】 2008年5月24日

1、ドヴォルザーク 序曲「謝肉祭」
2、ヴォーン・ウイリアムズ あげひばり
3、バッハ/中原達彦 ブランデンブルク協奏曲第3番
ヴィオラ10本による演奏(第1楽章)
4、ヴィラ=ロボス ブラジル風バッハ第1番(序奏)
5、モンティ チャルダッシュ(cb版)
6、ヨーダー/野本洋介 ハスケルのあばれ小僧
7、アンダーソン トランペット吹きの休日
8、ウェーバー 狩人の合唱(hrn+orch.)〜歌劇「魔弾の射手」
9、フォーレ 夢のあとに(tr+tb)
10、ドビュッシー シランクス(パンの笛)
11、平尾貴四男/中原達彦 オーボエ・ソナタ(第1楽章)
12、アンダーソン クラリネット・キャンディ
13、ロッシーニ ほら、空が明るくなってきた(ファゴット二重奏)
         〜歌劇「セヴィリアの理髪師」
14、MC(下野+古市幸子)
15、ブリテン 青少年のための管弦楽入門(ナレーション付)

 コンサートマスター:鈴木 理恵子、デヴィッド・ノーラン

 企画/指揮/進行:下野 竜也

 於:東京芸術劇場
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2008/5/22

ヘンリク・シェーファー 広響の首席客演指揮者に  ニュース

すこし情報が遅いのだが、広島交響楽団(首席指揮者・ミュージックアドバイザー:秋山和慶)の首席客演指揮者として、ヘンリク・シェーファーが就くことになった。ヘンリクは、ベルリン・フィルでヴィオラを弾いていたオケマン出身の指揮者。日本へは2003年の広響の演奏会でデビュー。東響へも、重ねて客演。大フィル、札響への登場も果たしている。ルツェルン・フェスティヴァルの日本公演では、なぜかヴィオラ奏者として来日している。

私は、2004年の東響の演奏を聴いているが、そのとき弾いたハイドンの「オックスフォード」とチェロ協奏曲は、いまでも記憶に残っているほど、素晴らしかった。その年の9月に、スダーンが音楽監督に就任するのだから、そのころの東響はまだ、いまのようなノーヴルな響きの少ない演奏スタイルとは遠かった。ただし、モーツァルトやハイドンの繊細な感情を織り込んだ演奏には、定評があった。30代半ばで、映画俳優のような麗人でもあったヘンリクは、そんな東響のよさをさらに高貴に仕上げていく。対向配置、ヴィブラート少なめの響きは、当時としては、まだまだ珍しかったかもしれない(たった4年前というのに!)。しかし、「オックスフォード」の演奏は、緒方光琳の蒔絵を思わせるような、気品の高い豪奢さがあって、東響としても出来の良い演奏だったはずだ。チェロ協奏曲は、ソリストが石坂団十郎ということもあって、これも印象深いものであった。

これまで、広響とのコンビは耳にしたことがないが、これだけ頻繁に呼ばれているということは、やはり、相性のよさがあるのだろう。また、東響への登場は、いずれも秋山時代であることを思うと、氏からの評価がとても高い指揮者ということになるのかもしれない。偶然かもしれないが、スダーン時代になってからは、シェーファーの東響への客演はないからである。至極、ノーブルな響きをつくれる人なので、昨年のショスタコーヴィチで大いに聴かせてくれた、広響のハイテクなサウンドを、表現に有効な機能性として高めてくれるに違いない。

ヘンリク・シェーファーは1968年生まれというから、ようやく40代になろうとするところ。ヴィオラ奏者から転じて、ベルリン・フィルで、アッバードのアシスタントを務めたのが振り出しで、前任者は、ハーディング。彼とはやや差が開いたが、決して実力では劣らない。この5月より着任し、16日に最初の演奏会を振ったようだ。

なお、広響は秋山体制の下、かつて広響でもコンマスを務めていたというエヴァルド・ダネルを、同じく首席客演指揮者に。「広響の出発である広島市民交響楽団の時代から20年にわたり実力を上げる事に奔走され現在の礎を作」ったという功績を称え、かつてのエリーザベト音大の学長、井上一清氏を名誉創立指揮者とした。氏は、指揮者としては既に引退しているらしいので、完全な名誉職である。

ヘンリクのことはたった一度の演奏会の印象だけではあるが、いまでも記憶に留めてあるほどなのだ。今後の活躍に期待したい。
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