2008/2/3

ウィスペルウェイ チェロ・リサイタル ノバホール 2/2  演奏会

チェロのピーター・ウィスペルウェイは今回、東京でバッハの無伴奏ソナタを全曲演奏するなど、意欲的なシリーズを組んで話題を呼んでいるようだ。既に東京などでおこなったコンサートも好評だが、この日は、つくば/ノバホールでのリサイタルである。伴奏者は、アレクサンドル・メルニコフ。この曲目だと、もしかしたら「熱狂の日」のプログラムで、弾いたものがあるのかもしれない。

まずは、ブリテンのソナタ。先日のマーヤ・ボグダノヴィッチの演奏が鮮烈だったが、この日のウィスペルウェイの演奏はあり得ないほどの精確さで、颯爽と駆け抜けた。難曲のはずだが、うますぎて普通の曲に聴こえる。初演はかのロストロポーヴィチということだが、そんな名手と通交していたにしても、ここまでさらっと弾いてくる人が現れるとは、ブリテンの想像だに及ばなかったかもしれない。あまり感動的な演奏とはいえないかもしれないが、その曲がもつ可能性を絞り尽くし、その奥にあるシンプルさを掴みとった演奏として、傾聴に値する。

この日の演奏を通していえることだが、贅肉は少なく、ぐっとこころに染みるところは少ないが、その分、滋養の詰まった演奏がつづき、濃密な時間が流れた。15分休憩と、最後のアンコール演奏まで含めて2時間ちかくの内容だが、あっという間に時間が過ぎていった。もう1回聴いてみたいかというと、ちょっと迷うものもあるのだが、適切な大きさの良いホールで聴けば、また印象も格別であろうか。以前に矢部達哉のリサイタルをここで聴いたこともあるのだが、ノバホールは、弦の独奏では響きがややデッドになるようで、理想的な空間とはいえない。

ベートーベンのチェロ・ソナタ第3番は、作曲者がこの前後、室内楽の分野で高めていくスタイルが典型的に表れているようで、ピアノをダイナモに使いながら、チェロの力強いカンタービレを、またも彼らしく淡々と料理していた。幅広い表現力を引き出した画期的な作品とされる OP.69 を、極限まで煮詰めた形でシンプルに提示した。

この日のリサイタルは、前半は作曲家のもっとも脂の乗りきった時期の作品、後半は一転して、晩年の作品を選んでいる。マルティヌーの「スロヴァキア民謡による変奏曲」は、そのことを聴き手に意識させる力をもつ作品だ。解説を見返してみると、1959年、作曲者が世を去る2ヶ月前に書かれたという。マルティヌーはナチスの迫害を逃れて亡命したが、戦後も政治的な理由から祖国へ戻ることが難しい状況がつづくなか、スイスで歿している。彼がようやく祖国に戻ることができたのは、自らが灰となったあとのことである。

この作品は初めて聴いたのだが、自らの墓碑銘を刻むかのような荘重な出だし(序奏)から、すこしアイロニカルな展開をみせる主題部の面白さ、そして、非常にわかりやすい展開の5つの変奏がつづく。ウィスペルウェイは、ひとつひとつのパーツを丁寧に提示しながら、その部分がどういう意味をもつのか、聴き手に語りかけるような演奏をした。ぐっとイメージを引き延ばして演奏した、3番目の変奏がむしろカラッとした表現で、なんとも印象的である。5つの変奏は、彼の辿ってきた屈折した道のりを示すようで、第1変奏は激しく、雑音に満ちており、第2変奏はやや落ち着いている。第3変奏はある種メランコリックな郷愁を呼び覚まし、第4変奏はモノローグ的。最終変奏では、それでも自らの人生に悔いなしとの、力強いカンタービレが披露される。ブリッジ部分などで印象的なピアノ・パートのメルニコフも、TPOを弁えた表現で味がある。

最後のプロコフィエフは、金木博幸のリサイタルで聴いて印象的だったが、ウィスペルウェイの場合は、まったくエピソードを強調せず、そのストレートな表現を直線的と思わせずに聴かせる点で、誰にも真似のできないものをもっている。前の曲とは対照的に、ここでは何を語るかではなく、音そのものの美しさが強調しすぎるほどに強調されている。唸る低音にビリビリと刺激され、どこまでも研ぎ澄まされた音色に陶然となる。最初の楽章の両端に現れる、遠くから聴こえてくるような弱奏の響き。ここに集められた響きの質や重み、音色のトーンなどに対するこだわりが、全体を支配したといっても過言ではないほどだ。この曲のもつ可能性からすれば、かなりドライなほうに入るのだが、辛口の日本酒のようにきりっと締まった旨味があった。

アンコールに応えて、「1曲だけ」と前置きして、フォーレの「夢のあとに」を演奏した。チェロのハイ・ポジションなど、正しく夢のような柔らかな響きだが、ピアノの潤いに満ちた音色もしなやかで、しんみりと胸に響くものがあった。ナウモフの弟子で、ヴィルサラーゼやシュタイヤーの講習を受けたというメルニコフだが、リヨンで教授をしていた先生譲りで、なんとも豊かな音色の持ち主でもある。響きの伸縮に柔軟性が図抜けており、これでワルツなんか弾いたら堪らないだろうと思う。彼の単独リサイタルも、機会があれば聴いてみたいものだ。


【プログラム】 2008年2月2日

1、ブリテン チェロ・ソナタ
2、ベートーベン チェロ・ソナタ第3番
3、マルティヌー スロヴァキアの民謡による変奏曲
4、プロコフィエフ チェロ・ソナタ

 pf:アレクサンドル・メルニコフ

 於:ノバホール(つくば)
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