2008/1/26

新国 新シーズンはパンチに欠けるラインナップ  演奏会

食事の摂り方の好みを話題にする場合、好きなものを最初に食べるか、最後に食べるかで意見がわかれる。だが、真ん中に食べるという選択肢はない。尊敬する人物を10人挙げろといわれた場合、最初の数人はポンポンと挙がり、中盤にかかっては、ああでもないこうでもないとやりだすものの、最後の数人は初めから決めていたようにスンナリと名前が挙がる。とかく、真ん中のほうは数合わせになりやすいものだ。

【オペラ部門】

新国の新シーズンが、正しくそれである。若杉体制3年のうち中間年のラインナップは、あたまと尻尾でアイディアを使いすぎたことで、若杉の言う「オペラ十八番」のうち、そこからあぶれたものを拾い集めるような感じになったのではないか。特にシーズン前半が、「トゥーランドット」「リゴレット」「ドン・ジョヴァンニ」「マダム・バタフライ」「こうもり」と、独墺伊の人気作品ばかりが集まって、これが新しきナショナル・シアターの演目であるとは、世界に向けていかにも情けないばかりだ。ここでの貯金を、後半につぎ込むというわけであろうか。ハーフ・リングの2演目に加え、「マクベス夫人」「チェネレントラ」(豪華キャスト)「修禅寺物語」というラインナップは、決して悪くはないのだけれど・・・。

ただ、その後半戦にしても、いろいろとケチの付けどころはある。まず、ワーグナーの「ラインの黄金」と「ワルキューレ」では、指揮にダン・エッティンガーという選択を、どれだけの人たちが歓迎するであろうか。ベルリンではバレンボイムの留守居役をしっかり務めてはいるし、安定感のある指揮者だとは思う。しかし、それだけで「リング」の長丁場がもつのであろうか? 2作品のヴォータンは、ラシライネン。「ワルキューレ」ジークムントはヴォットリヒ、フンディンクはリドルと、バイロイト常連組はしっかりと歌いきるだろうが、あまり大きなエクスタシーは感じられそうもなくて、やや保守的な印象も与える。加えて、装置製作済みの再演でありながら、今シーズンでは唯一の「ランク1」はS席で26,000円強と高い。また前回の「トーキョーリング」の成功を下支えした管弦楽(N響)が、いつもの東京フィルに変わることもある。前回の指揮者は準・メルクルだから、指揮者とオケが格落ちになるのもマイナス材料だ。

ようやく登場のロシアものには歓迎すべきところだが、「ムツェンスク郡のマクベス夫人」では、寝取られ亭主のジノーヴィ役に内山信吾が当てられているのが問題だろう。わるい歌手ではないのだが、ロシア勢の歌うセルゲイやボリスと並んだときに、彼のもつ声の特徴が十分に生きてくるのかは難しいところではないか。カテリーナ役のステファニー・フリーデは、「西部の娘」の公演で好評を得ての再起用となる。まあ、やってくれることにこそ意義がある公演だが、指揮者に若杉弘というのも、歓迎してよいものかどうかわからない。

前回の来日リサイタルで、ツケを務めたD.サイラスを伴ってカサロヴァが乗り込んでくるチェネレントラは、マニーフィコ役のデ・シモーネも、録音でカサロヴァの相手役を務めたことがあり、あたかもカサロヴァ祭りというところだ。シラグーザがラミーロ役で登場するのは福音だが、私にとってのカサロヴァは、中の上くらいの存在でしかない。サイラスは英国ROHなどで活躍する指揮者だが、あまり芳しい評判は聞かないようだ。

指揮者陣も、やや貧弱な印象を与える。「トゥーランドット」を振るアッレマンディは、二期会にも登場して優れた演奏を聴かせたものだが、好悪わかれるベテランのダニエレ・カッレガーリのあとは、まだ30代前半のコンスタンティン・トリンクス、カルロ・モンタナーロと無名というべき指揮者が続く。無名=才能がないということにはならないが、うまく当たれば儲けものというところで、もうこれは祈るしかない。その後も、アレクサンダー・ジョエル、ダン・エッティンガー、デイヴィッド・サイラスと、大きな期待はかけられない顔ぶれが並んでいる。

演目を国別に分けてみると、独墺4/伊4で8割を占めており、そのほかに日1、露1で、フランス、東欧、英国などの作品はひとつもない。しかも、作曲家の名前を並べてみると、独墺はワーグナー、J.シュトラウスU、モーツァルト、伊はプッチーニ、ヴェルディ、ロッシーニという顔ぶれで、偏っている印象は拭えないだろう。それぞれの時代で中心的な役割を演じた作曲家ばかりが選ばれ、これらの周辺で時代を彩る群像がまったく落とされているのは、すこし残念だ。年間10プログラムだから、できることは限られている。でも、工夫のしようはないわけではない。例えば、「リゴレット」の代わりに「シモン・ボッカネグラ」を置き、「バタフライ」の代わりにマスネ「ウェルテル」でも置いてみたら、さほど方向性を変えないでも、ぐっと引き締まったプログラムになるのではないか。こうもりの代わりに、オッフェンバック「ジェロレスタン大公妃殿下」とか・・・。

歌手陣については、わりと頑張って集めてきたという感じがする。バレエ公演と同じで、歌手さえ集めてしまえば・・・という思惑が、すこし垣間見える感じがするのは、私だけだろうか。それはそうなのだが、ひとつひとつの公演に、もっと拘りがあってもいいと思う。ラード・アタネッリの歌うリゴレットや、ヴィオレッタが素晴らしいというノエミ・ナーデルマン(『こうもり』ロザリンデ役)に期待が寄せられる。予想どおり、日本人キャストの進出が試みられているが、顔ぶれが固定化しており、フレッシュさに欠ける。自国なのだから、もうすこしアンテナを張り巡らしてもいいはずだ。批判を込めて紹介した内山のほか、浜田理恵のリュー、高橋淳のミーメなど、健闘を祈りたいところ。

【バレエ部門】

バレエ部門は、オペラよりはコンセプトがハッキリしている。古典とコンテンポラリーをバランスよく踊っていく方向はぶれず、作品もいわゆるクラシカルな音楽に基づいたものだけでなく、自由な発想がみられる。バーミンガムで勇名を馳せるデイヴィッド・ピントレー振り付けによる、「アラジン」で幕を開けるというのが象徴的だ。

トリプル・ビルの1本として日本初演されるトワイラ・サープのプロダクションを除くと、今年は新製作が1本だけで、これまで作ってきた牧監督改訂によるプロダクションなどを中心に、それらを熟成させる方向で動いているように見える。特に、「ライモンダ」の再演は見てみたい舞台だ。このプロダクションが、2月にはアメリカに渡る。年末恒例の演目は、「シンデレラ」か「ナッツ・クラッカー」だが、来季は「シンデレラ」。アシュトンの古い振付ではあるが、新国を代表するプロダクションといえよう。前回はエマニュエル・プラッソンの指揮で、音楽面の成果が素晴らしかったのだが、お馴染みの顔役とはいえ、予定されるD.ガーフォースではそこまでは望めないかもしれない。音楽面のコンテンツをもつ新国であればこそ、バレエと音楽の親密さを取り戻す努力を願いたいものだ。それが、古典バレエ作品が生まれたときの、本来の姿なのだから。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ